性格は変えられるか

 私は心理学者でも、心理学を専門に勉強したこともないので、「性格」という言葉は国語辞典によって定義します。

性格  …  その人に特有の性質
性質  … うまれつき
天性
ものごとを他のものごとと区別する、そのものごと固有のもの 

   私たちは性格というと生まれつき具わっているもので、変えることのできないものという意識が強いと言えます。 変えられないという意識が強いからこそ、性格を変えることがますます難しくなってしまうのです。 性格とは両親から遺伝的に受け継いだ性質をいい、それはある程度物理的に制約されていることなので、性格を変えるということは難しいことです。 しかし今の脳に関する最新科学では、性格や思考の方法を物理的にも変えることができることが明らかになってきています。 遺伝子そのもの組み合わせは変えられなくても、思考が流れる回路を変えることによって、思考そのものが影響を受けるそうです。 同じようなことを繰り返していれば、それが思考回路になっていくということです。 思考の流れ道が変わるということです。 山の中に「けものみち」が作られることと似ています。 これはNHKのスペシャル番組で放映されていたことです。 

  「けものみち」とは、山の中を歩いていると人一人がやっと通れるような自然にできた道がありますが、その道を言います。 最初は動物が通っていたのですが、なんども同じところを通れば雑草が踏みつけられてそれが自然の道になり、だれもがそこを通るようになってしまうことです。 「けものみち」は人工的に作られたものではなくて、自然にできあがった道なのです。 そしてみんながその道を通ることによって、ますます道として利用されるようになったのです。 作ろうとしてできあがった道ではなくて、自然にできてしまった道なのです。 このことは脳の思考回路についてもいえると、現代の最先端科学は言っています。

  性格が変わるとは、どんなことなのでしょうか。 それは、

いままで嫌いだった人やものが、そんなに嫌いでなくなること
いままで嫌々ながらしていたことが、それほど抵抗なくできること
人前ではあがってしまってなにも言えなかった人が、話せるようになること
自分の考えを言えなかった人が、自分の考えを言えるようになること
相手の言うなりになっていた人が、自分の考えで生きられるようになること
恣意的にやっていたことが、自然にできるようになること
後片づけができなかった人が、後かたづけができること
人見知りをする人が、あまり人見知りをしなくなること
過去のことでくよくよしている人が、過去をあまり引きずらなくなること
その場しのぎをしていた人が、そのときそのときでけりをつれられるようになること

  書き出すときりがなくなってしまうのでこの辺で止めますが、要するにいままではできなかったこと、嫌いだったことがそんなに抵抗なくできるようになること、そんなに嫌いでなくなること(好きになることは難しいと思います)です。  

  根本的に自分を変えることは難しいことには違いありませんが、いままではいやいやながらしていたことが、そんなに意識しなくてもできるようにはなれると思います。 なんでも練習すれば、ある程度は上手になれることと同じではないでしょうか。 なにかあったときに、気がついたときには従来と同じ考え方をしてしまっていたら、それを乗り越えることが性格が変わることだと思います。 いままでは乗り越えられなかったことを、乗り越えられれば性格が変わったということです。 

  性格を変えるために重要なことは、一度や二度の繰り返しではなく日常生活の中であきらめないで繰り返すことなのです。 性格は変えようとして簡単に変わるものではなく、短期間で変われるものでもないと思います。 毎日のささいなことの繰り返しこそが必要だと言えます。 繰り返しがいつしか自分を変えてくれるのです。 性格は、変えようと努力して変えることは大変難しいことだと思います。 性格は変えようとして変わるのではなく、結果として変わるものではないでしょうか。 言葉を変えれば、性格を変えるという近道を進むのではなく、日常生活のささいなことを大切にすることによって自然に変わっていくものだと確信します。 私の場合は、そうだったと思います。

  論理的には矛盾だらけですが性格を変えようと意識しすぎるから、なかなか変えられなくて挫折し、そして無力感に襲われ、自分を信じられなくなり、内向的になり、自分で自分を責めたり社会を逆恨みしてしまうのではないでしょうか。 人の中には性格を変えようと決心して変えられた人もいるでしょうが、それはむしろ例外だと思います。 なにか特別の体験をして一瞬に性格の変わった人もいると聞いたこともありますが、それも例外でしょう。 多くの場合、毎日のささいなことの積み重ねこそが性格を変えてくれるものと思います。

  自分で自分を責め続けている人は、繰り返しになりますが次のことを考えてみて欲しいと思います。

自分の性格を変えようと決心した
なかなか変えられなくて挫折した
自信をなくした、無力感に陥った
自分や自分以外の人間を信じられなくなった
内向的、消極的になった
性格は変えられないと思い込んでしまった
性格を変えることを諦めた

こんなことの繰り返しになってはいませんか。

  「急がば回れ」といいます。 正面から責めるのだけが、最良の方法でもありません。 ときと場合によっては、責め方を変えることも必要なのです。 「將を射んと欲すれば、まず馬を射よ」とも「急がば回れ」とも言うように、回り道をすることが確実なこともあるのです。

  うわべの行動だけでも変われれば、それが自信になり自分を変えていけると思います。 ただし、長続きすればの話ですが。 繰り返して言いますが、無理に自分の性格を変えようとするから変えられないのだと思います。 その理由は上記のことの繰り返しが、性格を変えられなくしているのではないでしょうか。 日常のささいなことの繰り返しが、自分でも気がつかないうちに性格を変えてくれるのだと思います。
 あまりにも私の独断と偏見に過ぎるでしょうか。 現実はもっと複雑なはずですが、複雑なことも分解して考える必要があると思います。 毎日のささいなことをなおざりにしなければ、性格は変わっていくものと思います。 人生において、一大事だけが重要な意味を持つものでもないと思います。 ささいなことも、積もり積もれば重大なことになりうるのではないでしょうか。 

  性格を変えようと意識すればするほど、いままでの自分に嘘をついたり、むりをすることになる可能性が高くなります。 本当の自分に嘘をつくことは自信をなくしたり、自分を信じられなくなります。 そして性格は変わらないものだとなってしまいす。  

  この意味でも弱い自分を克服するには、自分が傷つくことは避けられないのです。

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