テクニックだけ(あるいはテクニック重視)で、生きようとするからよけい苦しくなる

 生きることに生き甲斐を見いだせない人が増えています。 現代社会では、その傾向が顕著だと思います。 その理由は様々のことがあるでしょうが、ここで問題とすることではありません。  ここでは「生きることはテクニックか」ということを考えてみたいと思います。 確かに生きることにテクニックが必要なことは認めますが、人生のすべてがテクニックで乗り越えることができるでしょうか。 生きるためのテクニックは必要不可欠ですが、テクニックだけでは生きていくことができないと思うのです。 テクニックは言葉を変えれば知識であり、理屈であり、理性を基本として生きるということだと思います。

  また生きるテクニックとは、本当の自分を偽ってでも現実と妥協することと言っても過言ではないと思います。 本当の自分を偽った生き方をすることは、人間を精神的に疲労させて心を病んでしまう人も少なくないのです。 いい意味で自分を偽るテクニックを知らないと、生きることが苦しくなります。 理想は本当の自分の生き方とテクニックが一致していることですが、それは現実的には無理でしょう。 次善の策として上手に妥協する方法をしておくことは、生きることを楽にしてくれるはずです。

  知識や理性を基本とすることがいけないのではなく、それらを重視し過ぎることが問題だと思います。 なぜなら、いままでに何度も書いてきたように生きることの根幹は、人間の感情にあると思うからです。 テクニックで生きようとすると、なにをするにしてもいちいち考えなければならず、考えることは心が安まることがなくなります。 周囲の人のことも気にするようになってしまいます。 考えて行動するということは、その場の状況をその都度判断して最良の方法をとろうとすることでもあり、そのためには周囲の人のことを気にせざるを得なくなるからです。 自分を偽らざるを得なくなることもあります。

  この意味で、本当の自分ではなくテクニックで生きようとすると苦しくなっていくのです。 本心で生きていれば、それがどんな生き方であっても心を病むことはないはずです。 極端な話、傍目にはとんでもない生き方であっても、その生き方を当人が心の底から納得していれば、それはそれで当人にとってはしあわせなのです。 いいか悪いかの判断をしているわけではありません。 念のために申し添えておきます。 善し悪しは別の観点から考えることだと思います。

  これに対して自分の信じて、本当の自分を表現するような生き方をしていれば、いちいち考える必要はなく自分の心に従った行動ができるので、結果を気にすることもあまりなく、周囲のことを気にすることも少なくなるからです。 なによりも大切なことは本当の自分を表現することです。 損得とは関係なく自分にすなおに生きることです。 とはいうものの、そのような生き方をするには現実は過酷すぎます。 自分にすなおに生きていれば不安はなくならないまでも、ずっと少なくなるのです。 不安がなければ、人生は楽しくなります。 そのためにはテクニックだけで生きようとしてはならないのです。 テクニックと本当の自分の生き方を、どのように調整するかが大切だと思うのです。 このことは人生すべてに言えることだと言えます。

  テクニックを重視して生きることは、自分に自信を持てないことの裏返しかも知れません。 自信がないから周囲のことを気にしなければならないのですから。 人生の修羅場においてはテクニックは通用しません。 修羅場で通用するものは、その人の人格そのものだけです。 修羅場ではにせもの、うわべだけのもの、はったりは通用しないのです。 その通用しないものを通用させようとするから、生きることがつらく、苦しくなるのではないでしょうか。

  現代社会のように生きる知恵が不足しているときこそ、本当の自分を表現して生きることが求められていると思います。 世の中はテクニックだけでは生きていけないことがあるのです。 人生の大切なときにおいては、本物しか通用しないのです。 頭だけで考えても乗り切れないことがいっぱいあるのです。  知恵が不足している人が多くなってきているから、テクニックで簡単にだまされる人も多くなっているのだと思います。 知恵が不足しているから人間の不安を悪用して、とんでもない宗教や詐欺行為が簡単に通用するのだと思います。 

  悪徳商法をしている連中は人間の弱さを知り尽くした百戦錬磨の悪人たちです。 普通の人が常識で立ち向かっても簡単に騙されるのが落ちでしょう。 そんな連中の話は聞かないことです。 聞かざるを得ない場合は、聞いてもはっきり断ることです。 はっきり断れなければどんなによい条件を提示されても、その場で印鑑を押さないことです。 生半可な知識でだけ生きていこうとするから、つらい人生になるのではないでしょうか。 抽象的で分かりにくかったかも知れませんが、このように思います。

  うわべだけの生き方は虚しいと思います。 そしてなによりも疲れ果ててしまいます。 そのとき、その場はつらくても本当の自分を表現して生きていくことが、後悔のない生き方になると信じて疑いません。

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