いつでもがんばれるのなら、なぜいまがんばらないののか

  私たちは問題にぶつかると、次のようなことを考えることがあると思います。

できることならしないで済ませたい
面倒なことはしたくない
自分のためにならないことはしたくない
自分が損をすることはしたくない
自分の得にならないことはしたくない
こんなことは自分のすることではない (なぜ自分だけがしなければならないのだ)
いつでもできるから、後回しにしたい

  ここでは最後の「いつでもできるから、後回しにしたい」について取り上げてみます。 人間の習性のひとつに、問題は「先送りして、できることならしないで済ませたい」、「あるいはだれかに代わってしてもらいたい」ということがあげられます。 これは人間の本性からして当然のこととも言え、ある程度は容認しないと息が詰まってしまいそうになるでしょう。 こういういい加減さも必要ですが、見逃してはならない問題を含んでいると思います。 

  すべてを規則通りに、いますぐにしないと気が済まないという人もおりますが、これでは人生にもっとも必要な心のゆとりが持てなくなってしまいます。 (このことについてはあとで触れます。)  ときと場合によっては、いい加減さやあいまいなことも必要となりますが、そのようなことはものごとをよく知っているひとのする事であって、基本も知らないような人がいい加減なことや曖昧なことをしたり、言ったりしてはいけません。

  いつでもできるということは、いますぐにでもできるということです。 いま手がけていることが終われば、その次には着手することができるということです。 しかし、しなければならないときが来ると何かと理由をつけて、先延ばしする事も多いものです。 いつでもできるはずのことが、いつまで経っても終わらないのです。 人生に明確な目標のない人ほど、先延ばしするものです。 時間がある人ほど、何かと理由をつけてなにもしないのです。 「退屈とは人生に目標のない人の言葉だ」と言った人がおりましたが、まさにその通りだと思います。 この言葉からすれば、人生の目標がしっかりと定まっている人には「退屈」ということはないことになります。 まったくもって耳の痛い言葉ですね。 こんな言葉を考えたのは、一体だれでしょうね。 私でないことだけは、確かなのですが。

  なにもしたくないから、いつでもできるのだという理由をつけて自分を偽り、なにもしないで済まそうとするのです。 自分自身に嘘をついても何も感じない人なのです。 私はなにも感じなかったわけではなかったと思っていますが、そうして現実をごまかしてきた一人です。 だからいくら遊んでも、心の底から楽しむことができなかったのだと思えるようになりました。 普通であれば、良心の呵責や責任感に耐えかねて行動を起こすのですが、先送りすることによって現実から逃げ切れると思ってなにもしなかったのです。 要するに自分に甘かったのです。 そのつけは年をとってから必ず回ってきます。 必ずです。 どんな形でつけが回ってくるか、人それぞれですが。  

  やる気がないのであれば、はじめから引き受けなければいいのです。 だれかに頼まれると「ノー」と言えない人に、このようなタイプの人が多いのもうなずけます。 断ることによって自分は冷たい人間だ、能力のない人間だ、思いやりのない人間だと相手に思われるのが怖いのです。 思いやりのある人は、自分のできないことを引き受けたりはしません。 相手にどう思われようとできないことははっきりと理由を言って断ることが、相手のためであり、つまるところ自分のためなのです。 頼まれたことは何でも引き受けるのが親切でもなければ、相手のためでもありません。 関係者全員が困ることになります。 ましてや相手の自分に対する評価を気にするなら、自分の意志をはっきり伝えることが自分の評価を高めることになるのです。 嘘ではありません。 本当です。 嘘だと思うなら、勇気を出して試してみてください。 きっと理解してもらえるはずです。

  「急ぎの用件は忙しい人に頼め」と言う格言があります。 忙しく動いている人は、時間の貴重さや使い方をよく知ってる人であり、物事の優先順位も心得ているし、自分にできることとできないことの区別も知っており、引き受けたことは責任を持ってしてくれるし、自分にできないことは相手のために引き受けもしないのです。 このような人が相手の依頼を断っても、その人の評価が下がることはまずありません。

  暇な人に頼んだことは、やってもらえないと思って間違いはないでしょう。 なぜならその人は断ることが恐ろしくて、断るに断れないで引き受けたのであって、はじめからやる気があって引き受けたのではないのです。 逆に言えば、周囲の人はその人がなにもしてくれないことを知っているからなにも頼まないのです。 なにも頼まれないから、暇なのです。 このような人が依頼を引き受けても、やってもらえないと周囲から思われるし、引き受けても、断っても評価は下がるのです。 なぜなら引き受けてもやらないことが多いし、断れば断ったで「あいつは自分のことしか考えていない」となるからです。 なにしろ暇なのに依頼を断るのですから、利己的だと言われるのは当然なのです。

  いつでもできることは、今しなければできないのです。 だからできもしないことを引き受けてはならないのです。 先延ばしを得意とするひとに何かを依頼するときは、なにもしてもらえないと言うことを肝に銘じておいた方がいいて゜しょう。 明日があると思って先延ばしすると、明日になるとそのときが今であり、やっぱり先延ばしするのです。 私はいまだにこの問題で悩んでいます。

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