次のコラムをと考えて浮かんできたのはRBボー・ジャクソンだ。ボー・ジャクソンは知ってのとおりMLBとNFLで活躍し、両方でオールスターゲームに出場した唯一の選手だ。確かMLBのオールスターゲームでは一番バッターで打席に入り、先頭打者ホームランを記録している。同じ両刀使いだったディオン・サンダースとは野球のほうで格が違った。

 ボーはMLBではKC・ロイヤルズに所属していたが、野球シーズンが終わってフットボールシーズンになると、ライバルのレイダースに所属していた。KCファンはフットボールシーズンになるとライバルチームに行き活躍するボーのことをなんとも複雑な気持ちで見守っていた様だ。何かの記事でフットボールはプレイしないで欲しいというような記事を読んだ覚えがある。

 そんなボーのレイダースでの活躍とスーパー制覇を願っていたファンにとって、あの90年シーズン、AFCディビジョナル・プレイオフでのシンシナティ・ベンガルズとの対戦は悪夢だった。スポーツや勝負の世界に「れば」と「たら」禁物と言う。それでも「あのケガさえ無かったら」と今でも思ってしまう。

 ボーの受けたタックルはそう大したタックルではなかったという記憶があった。早速物置のビデオの中からこの試合を探し出した。試合は1991年1月13日LAコロシアムで行われた。そして、問題の場面は後半早々にやってきた。

 前半を7−3とリードした後半最初のRaidersオフェンスシリーズ。自陣23ydからの2nd down 10、QBシュレーダーからピッチを受けたジャクソンは、ブロッカーを上手く利用しながら右サイドライン沿いに抜けたところを、後ろから必死に追いかけてきたベンガルズのLBウォーカーにタックルされた。

 普通にタックルされただけに見えたが、ボーは起き上がってこない。しばらくして、ボーは自分で立ちあがったものの、このプレイを最後にベンチに下がり戦況を見つめた。試合はこの後RBアレンの活躍などで20−10とRaidersがシンシナティを振り切った。

 ボーはベンチに下がった後もビッコを引きながらひとりで歩いており、そう大したことはないのかと思っていた。試合後のインタビューで、「ケガの具合はどうだ」とO.Jシンプソンに聞かれ(インタビューアーがO.Jシンプソンというのが懐かしい)、「大したことはない」と答え、次のバッファロー戦への抱負を語っていた。臀部の関節の負傷だと言っていたが、まさかこの負傷がそのまま引退につながるとは思わなかった。

 問題の場面を何度も観なおしたが、後方からのタックルで、ごく普通のプレイだった。ちょっと臀部の関節引っ張られたかなという感じはしたが、どう見ても引退に追い込まれるような負傷を負うプレイではなかった。しかしながら、残念なことに、このプレイによりボーはフットボール界から引退し、その後野球では復帰したが、往年の力は無かった。

 レイダースを見初めて25年。映像を見るようになってからは約20年近く経つが、今まで見た中でボー・ジャクソンはレイダース史上最高のRBではなかったかと思っている。MLB終了後、中盤からレイダースに参加していたが、引退したシーズンは途中からの参加にも関わらず、125キャリーで698ydを稼ぎチームのリーディングラッシャーになっている(ちなみに、マーカス・アレンは682yd)。

 ジャクソンの凄さは大きな体に似合わぬスピードだった。走っているフォームからは速さを感じない。何となく普通に走っているように見えるのだが、追ってくるディフェンダーとの距離がどんどん離れていくシーンを何回か観た。

 ボーの速さを最初に実感したのは、1987年11月30日にキングドームで行われたシアトル戦だったと記憶している。この試合の何Qだったか、自陣20ヤード付近から左のオフタックル付近を抜けたボーはグングンと加速し、サイドライン際を快走。一気にエンドゾーンまで走りきった。このシーンが私の脳裏に焼き付いている。走るフォームは全然速そうではない。しかし、ディフェンダーは離されていく。このイメージがボー・ジャクソンのイメージになっている。

 もうひとつの凄さは当たりの強さだった。アレンが柔なら、ジャクソンは剛という感じだった。ホールを抜けたボーはディフェンダーをなぎ倒し、引きずりながらゲインしていく。ボーを止めるにはスクリーメージ付近でコンタクトをしなければ難しい。スクリーメージを抜けてしまったボーを倒すのはソロタックル一発では無理だった。

 1987年から1990年までの僅か4年の、それもMLBが終わってからの短い選手生命だった。あの頃、レイダースは間違い無くマーカス・アレンからボージャクソンにエースの座が変ろうとしていた。そして、強力なランプレーを基本にQBシュレーダーを育て、スーパーを狙っていた。

 それが、ボーの突然の引退。あまりに突然の引退にレイダースはチームを立て直す暇も無く、バランスの崩れたチームになっていった気がしてならない。ビデオを観ていて、QBのシュレーダーがこのシーズン良い成績を残せたのは、彼が前のシーズンよりも上手くなったと言うよりも、ランプレイが充実し、オフェンスラインも完璧にプロテクトしてくれる中で、彼に大きなプレッシャーが掛からなかったからだと感じた。

 結局、次のシーズン、シュレーダーの成績が悪くなったのも、ランニングゲームの不調によるところが大きい。偉大なRBは並のQBを優秀なQBに育てる。そんなことを感じた。

 翌週、厳寒のバッファローで行われたチャンピオンシップで、ボー抜きのレイダースは51-3と大敗した。今考えてみると、この大敗が90年代のレイダースの前途を予言していた様にも思える。90年代はボーの引退とともに攻撃の核を失ったレイダースの冬の時代だった。

2001.4.29