デーブ・キャスパー
| 大好きだったQBケン・ステイブラーが頼りにしたTE、それがデーブ・キャスパーだった。キャスパーもRAIDERSがスーパーボウルで初めて勝った1976年のシーズンに大ブレイクしたTEで、この年から5年間連続してオールプロに選ばれている。 彼はチームメイトがつけた「ゴースト」というニックネームで親しまれた。当時は週に一回程度のNFL番組しかなかったが、ゴースト・キャスパーと言えば、「オーバーショルダー・キャッチ」という記憶が今でも残っている。ケン・ステイブラーから投げられたパスは、キャスパーの頭越しに飛んだ。そしてそのパスをキャスパーは見事にキャッチした。その印象がずっと残っているのだ。
結局、このパスの成功によりFGでRAIDERSは31-31の同点に追いつき、最後はオーバータイムでキャスパーがTDパスを受け勝っている。私はこのシーンを、後に買った「RAIDERS 無法集団の素顔」というビデオで何回も観た。ひょっとすると、「ゴースト・キャスパー」=「オーバー・ショルダー・キャッチ」という記憶は、1976年当時ではなく、このビデオを何度も観たことによるのかもしれない。 キャスパーについては、パスキャッチの上手いTEという印象が強かったが、TD誌1977年11月号とAFM誌1979年1月号に載った彼の記事を読むと、キャスパーのブロック力は定評があったと書いてある。彼は、RAIDERSのTEに要求されるのはブロック力だということを認識し、「ブロックを完璧にしてやる」と、74年にRAIDERSに入ってから76年シーズンにスターターとなるまで、炎天下の下で来る日も来る日もブロックの練習をしていたという。 当時のRAIDERSは左のGにジーン・アップショー、Tにアート・シェルが居て、左サイドへのランプレイが多く、TEも左につくことがほとんどだった。左サイドにランプレイを集中してゲインを重ね、相手の守備が反応した所で、右サイドWRビレトニコフへのパス。そしてさらにその裏をかいたTEキャスパーへのポストパターンというのが当時のRAIDERSのパターンだったと言う。 キャスパーは、TEとしてスターターを勝ち取るためにはまずブロック力だと自分で分かっていて、3年間ずっとブロックの練習に徹したのだろう。もっとも、ノートルダム大3年の時、彼のポジションはOTで、オールアメリカン候補にもなったというくらいだから、もともとブロック力もあったには違いないが。そして、ひたすらランプレイを出すために努力したことが、結果としてパスキャッチ回数の増加にもつながった訳だ。 ラインを強化してパワーランを出し、そこに相手が反応してきた所でボムを決める。当時のRAIDERSの戦い方は、アル・デイビスの哲学そのものだ。2004シーズン、RAIDERSはOTロバート・ギャラリー、Cジェーク・グローブという素晴らしいラインをドラフトで指名した。パワーランの復活こそがRAIDERSオフェンスの復活につながる。アル・デイビスはそう考えて疑わないのだろう。 2004.5.8 |