ドン・マコウスキー
NHK-BSでNFLを観始めた1989年。久し振りにみるNFLのゲームの全てを観ようと、放送するカードは全て観た。そんな中でグリーンベイ・パッカーズのQBが目に付いた。ヘルメットから金髪をなびかせ、まるでロッド・スチュアートのような選手がフィールドを走り回っている。私が大学でフットボールを始めた1976年当時、グリーンベイはかつての面影もなく下位に低迷していた。スーパーボウルT,Uを制したチームだということは知っていたが、毎年のように負け越していた70年代中盤から80年代にかけては過去のチームだった。 そのチームに粋のいいQBがいる。タイミングパスを小気味良く決めたかと思えばロングパスを投げる。そして、走路が開けば思い切って走る。まるでカレッジの選手のようにグランドを走る姿は、当時新鮮に映った記憶がある。今もう一度当時のビデオを引っ張り出して観ても、その粋の良さはファーブに優るものがある。 1989年、グリーンベイは10勝6敗でNFC-CENTRALの2位。最終戦の結果如何によってはワイルドカード進出の可能性もあったが、残念ながらあと一歩のところでプレイオフ進出を逃した。しかし、前年度4勝12敗から、一気に10勝6敗にまで躍進したグリーンベイの活躍は当時話題になった。 この年の躍進は前年度9TDパス(11INT)から27TDパス(20INT)と、急成長のマコウスキーの成長なしにはあり得なかった。3点以内の勝ちゲームが6試合もあったこともあってか、マコウスキーは「マジック・マコウスキー」と呼ばれていた。 この活躍から翌年のグリーンベイは期待されたが、5勝5敗の時点でマコウスキーが肩を痛め、彼がフィールドを去ってからは終盤6連敗を喫し、またもや負け越しシーズンに転落した。 その後TVの中継でもあまりマコウスキーの活躍を観ることはなく、次にグリーンベイが躍進を遂げた1992年に、QBはファーブに代わっていた。1992年9月20日、ホームでのシンシナティ戦で足に怪我をしたマコウスキーは、ファーブにエースの座を譲ったのだ。 記録を見てもマコウスキーのピークは1989年で、その後インディアナポリス、デトロイトと渡り歩いたが、大した活躍もなく終わってしまった。彼は良く走り良く投げたが、そのクォーターバッキングは怪我をしそうでハラハラするものだった。そして、怪我が最後は致命傷になってしまった。 ファーブはその後、怪我をしても連続試合出場を続けた。マコウスキーの怪我をチャンスにエースの座を得たファーブにとって、怪我でエースの座から去って行ったマコウスキーの姿は、きっとまぶたに焼き付いていたからに違いない。 マジック・マコウスキー、彼の粋のいいクォーターバッキングをもう少し観たかった。 2004.2.5 |