ケン・ステイブラー

 1970年代、OAKLAND RAIDERSは毎年プレーオフに出場するような強豪で、1977年1月9日にパサディナ市のローズ・ボウルで行われた第11回SuperBowlでMINNESOTA VIKINGSを32-14で破り、念願の初優勝を遂げた。

 当時日本では現在の様に生中継は無く、新聞で結果が報道される程度であり、翌月に発行されるタッチダウン誌のみが情報源だった。特に1976年からフットボールを始めた私にとっては、タッチダウン誌から得たフットボールに関する全ての情報が新しいものだった。

 そんな色々な情報の中、RAIDERSのチームカラーは強烈なものだった。当時のRAIDERSは、他のチームでは個性が強すぎてどうしようもない職人の様な選手が集まり、シルバー&ブラックのチームカラーにあのダーティなイメージのチームロゴ(妻は「変な親父が笑っているだけ」と言っているが)のもと、76年は13勝1敗とメチャクチャ強かった。フットボールを始めたその年に、私はすっかりRAIDERSにはまってしまった。

 以来、RAIDERSファンの私にとって特に印象に残っている選手が、写真のケン・ステイブラーだ。ケン・ステイブラーは当時として珍しいサウスポーのQBで、豪腕と言う感じはしないのだが、「ミスター・スネーク」というニックネームのとおり、DFのプレッシャーに対して、スクランブルをかけ、右に左の走りながら、パスを投げていた。

 ケン・ステイブラーはとにかくカッコ良かった。どこか優男っぽく、口ひげを蓄え、ヘルメットから金髪をなびかせながら、サイドスロー気味のフォームからパスを投げまくっていた。ヘルメットのフェイスガードは十字のマスクの上半分を切り取ったもので、当時の私も真似て、同じようなフェイスガードをつけていた。

 CSのGAORAのNFL中継で、関学OBで大のRAIDERSファンの濱田さんが解説をしているが、彼も私と同年代であり、この頃の、とんでもなく強いRAIDERSを見てはまってしまった人ではないかと思う。今のRAIDERSは何処か大人しくなり、当時を知るファンにとっては寂しい限りで、古くからのRAIDERSファンは、あの、ジョン・マデンがいた頃の、強いRAIDERSのことを今でも夢見ているに違いない。

 そして、ダーティで強いRAIDERSが復活することをファンの誰もが願っている。

2000.2.20

 1981年10月号のTD誌を見ていたら、懐かしい記事を見つけた。80年のシーズンにダン・パストリーニとのトレードでヒューストンへいったQBケン・ステイブラーが引退したという記事だった。この記事の中には、ステイブラーが打ち立てた数々の記録のことが書いてあった。

 そして、記事はこう結んでいる。「テレビ画面で見た、左肩を少し落としうつ向きかげんの姿は、なかなかセクシーだった。セクシーな男がNFLから1人消えた」

 ケン・ステイブラーがトレードされた時には大きなショックを受けたのを覚えている。彼はRaidersのQBのまま引退して欲しかった。記事のとおり、何となく憂いのあるステイブラーは私にとっては、ジョー・ネイマスよりもジョー・モンタナよりも素敵なQBだった。

2000.12.2