ヴィンス・パペール

1976年、一人のWRがイーグルスに入団した。彼の名前はヴィンス・パペール。カレッジフットボールの経験も無く、30歳でプロ・フットボールの選手になった。この写真と、彼の名前を聞いてピンと来る古くからのフットボールファンも多いと思う。彼の経歴はざっと以下のとおりだ。

 パペールはフィラデルフィアの近くの小さな町に生まれた。彼の運動能力は優れていたが、体が小さく、高校に入学したての頃は陸上競技をしていた。高校3年の時やっと165センチ、66キロになりフットボールのチームに入ると、一シーズンの最多パスレシーブ校内記録を樹立し、全リーグのベストメンバーにまで選ばれた。

 フィラデルフィアに育ったパペールはイーグルスの選手になることが夢だった。しかし体の小さい彼にカレッジフットボールのコーチたちは興味を示さず、彼は陸上競技の奨学金をもらい、フットボール部の無い小さなカレッジに進んだ。

 彼は陸上競技で素晴らしい成績をおさめた後高校の先生になり、陸上競技を教えながらも、自ら十種競技のトレーニングに励みながら4年間を過ごした。大学時代にフットボールをするのに十分な大きさになっていた彼はフットボールへの夢を捨てきれず、石ころだらけのグラウンドで週末に行われていたほとんど喧嘩のようなタッチフットボールリーグに参加した。

 ここで3年間過ごした彼は1973年にセミプロチームと契約した。彼は、本格的にフットボールをプレーするのは高校3年の時以来8年ぶりだったが、リーグでパスレシーブトップの成績を収めた。
 そして翌年、彼はWFLのフィラデルフィア・ベルの入団テストに受かり、28歳でプロ・フットボールの選手となった。その後WFLは1975年に消滅し、76年の春、パペールはイーグルスの入団テストを受けた。彼はここで認められ、夏のトレーニングキャンプ、プレ・シーズンゲームを経て、76年のシーズンに30歳で晴れてイーグルスの一員となった。当時のイーグルスにはエースレシーバーが2人おり、76年のシーズン、彼はキッキングゲームで主に活躍した。

 ここまでは、TDの古い記事の抜粋である。その後数年間をイーグルスで過ごした彼の主な記録はわからない。しかし、この76年のシーズン、パペールがNFLの選手になったことは大きな話題になった。

 1975年、同じフィラデルフィアを舞台に公開された映画「ロッキー」はアカデミー賞を受賞した。映画「ロッキー」では30歳の取るに足らないボクサーが世界戦を戦い、一躍ヒーローになった。そして翌年、パペールは30歳で苦労の末イーグルスのプレーヤーになった。まさに、「ロッキー」と同じ舞台で、同じようなヒーローが誕生した訳だ。

 今、22年前のパペールの記事(タッチダウン78年2,3月号)をもう一度読みなおして、改めて胸が熱くなった。アメリカのプロスポーツを見ていて感じるのは(これはスポーツだけではないが)、本当にみんなが夢を持って生きており、その夢の実現に向かって生きているということ。そして、アメリカには、夢を実現できる土壌があるということ。

 NFLの選手を経験しなくてもNFLのコーチ、監督になることもできるし、車椅子に乗っていても、理論だけでキッカーのコーチになることができる。要は実力が有るか無いかであり、過去の名声とかそういったことは判断基準にはならないところが良い。あの、モンタナだって、引退後解説者になったが、解説があまり上手くなく、すぐに下ろされてしまった(選手としてどうだったかが評価されるどこかの国の監督や解説者とは大違いだ)。

 アメリカには銃の問題や麻薬の問題など色々な問題も抱えている。しかし、こういったアメリカン・ドリームの記事を読むと本当に感動する。NFLの世界も決して奇麗事だけでないことは判っている、それでもアメリカという国にあこがれてしまう。

 アメリカには夢がある。

2000.5.14