季刊午前23号作品抜粋
小説「赤色」 天谷千香子
絶望でもなく虚無でもなく、深い意味合いもなくただ生きてそこに在るだけの、それでいて自分の存在に気がついて欲しい受け身の欲望、梨の種のような・・・土をかけてやればあるいはひ弱な芽がでそうな目、そこに寄り添う同種の私を想像すると気持ちが萎えていった。
小説「夢子」 香月真理子
もしも、何度も肌を重ね合い、毎日一緒に過ごしていたのなら、かえってその不在にはっきりと気づくことができただろうに・・・。この何か月かの間、中途半端に距離を置いてしまっていた俺は、おそらくこの先、曖昧な思い出にばかり苦しめられ続けてゆくのだろう。
小説「悪筆和尚ー承天寺異聞」 脇川郁也
どれだけ画数の多い字であっても、点と線によってのみ作られること。そしてそれらは、一寸でも離れていれば接しているとはいえないし、一尺も離れると、間隔が開きすぎて互いに不安になる母と幼子が歩くさまに似ているなど分かりやすい話であった。