杉 真理子の詩

 

 この地上

 

大きな川の畔に座って

夕陽を見ていた

それはゆっくりと

たとえば

わたしたちの

最後の一日のように

ためらいがちに落ちていった

 

長い時間が流れ

川が流れ

わたしたちも

やはり流れていた

 

次第に見えなくなる

風景の中で

別れを告げるものたちの

気配だけが満ちて

ときおり

忘れ物を思い出すかのように

わたしたちは

それぞれの深みに降りた

 

明るみを残す

川面が揺れ

魚や鳥や草や花や

眠りにつくものたちの

かすかな焦燥の匂いを運んで

風が渡る

 

形を失うことは

そんなに

恐いことではない

地に伏し 溶けて

浸透してゆく

わたしの中のあなたも

あなたの中のわたしも

どこまでも

希薄になっていける

 

そうやって

だれかれの区別なく

溶け合うことが

わたしたちの

終わり方であり

新しい始まりへの序奏

 

消えてゆく光の向こうから

一番星が現れ

やがて

悠久の夜の川を

星たちが流れる

    

  (季刊午前18号掲載)

 

 映画見た?

 

剥離する表層の花ふぶき

崩壊する世界なんて

不思議じゃないし

という夢の中

急に出てくるんだもの

多少は驚きます

何してた 元気

 

たまには至近距離

細く青い一枚の葉っぱ

葉脈の行く末まで

しっかり見てよ

世界はそこにある

っていう映画

見た?

 

光という光を吸い込み

どこまでも膨らむ暗がりの

頭蓋の下にも風は流れ

少しずつ

世界は移動する

っていう映画

見た?

ふわふわゆらゆら

世界を覆う網にもかからず

素通り出来る方法教えます

ついでに

新しき連帯はうるわしい

っていう映画

見た?

 

消えた街の映画館で

初な少年のように

発光するくせ

めくらめっぽう

走り出すくせ

まだ治らない?

 

未完のストーリーなら

続けてみることもできる

夢の中なら

探したり探さなかったり

忘れたり思い出したり

とりとめのない墜落でもいい

 

何してた 元気

声だけがリアリズム

目を閉じて

とつぜん消えてもいい

世界の消滅なんて

不思議じゃないし

  (季刊午前19号)

時雨まで

  もう秋だよ
  蝶
  風に乗って
  大きく方向を変えてみても
  それで
  変わるわけではない
  空の深い青

  空のリンリから
  ほど遠い場所にいて
  青いリンリをかたり
  足を止めた季節

  どこに置いてきたのか
  なにを置いてきたのか
  いまだにわからないままに
  ダッピだとか
  ヘンタイだとか
  繰り返し

  それでもなお
  うすい影のようなものを背負って
  暮れていく光りの中
  音もなく
  浮遊している

  鱗粉は
  やはり美しい毒だったね
  蝶
  死んでみなければ
  なにもわからないなんて
  とてもリンリ的

  秋のリンリは
  照る山紅葉かススキが原か
  もうしばらく
  浮遊しよう か
  時雨れまで

    (季刊午前22号)

 さがしもの

どこに行ったのやら
あれっきり

いまさら
言えないよ
失くしたなんて
言えない
知らないなんて
言えない
忘れたなんて
言えない
言えないことばかりだから

どうやって探せばいいんだろう
訪ねて行く場所
なんかも ない
呼びかける名前
なんかも ない

壁ばかりの街で
夕暮れになると
ひとつだけ
ピンクに染まるところがあって
ちょっと気になるけれど

もうすぐ暗くなる
誰もいなくなる
バス亭も
公衆電話も
人たちも
影ばかり大きくなって
影ばかり増えて
誰もいない街

ビルというビルの中
窓という窓の中
ポケットというポケットの中で
激しく
ベルが鳴っている

呼んでいるのは
あなたですか

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