20号作品抜粋

 巻頭言「何をめざすのかー20号発刊にあたって」 潮田征一郎

     本号を発行するにあって私があらためて自身に問うたことは

     原点とは何かということであった。

 小説 「ナマズの反乱」 西田宣子

     子供のころ、海や川に泳ぎに行くと、水の中から出るのが嫌だ

     った。浮力を利用してぷかりと海水に浮き、波に揺られながら

     何時間でも青い空を見ていた。私は魚の生まれ変わりかもしれ

     ないなどと何度も本気で思ったものだ。

     私は悲しみの信号を送った。わが子を食らって、どうする!

 小説 「桜から」 欅わたる

     雨の音を聴き、夕日の輝きに胸躍らせ、都会を吹く風に季節

     の移ろいを感じながら私は、静とさくらのお陰で、看護の原

     点に立ち戻る以上の、苛酷で貴重な経験を生きていたといっ

     ていい。

 小説 「宝の子」 片岡永

     熱い子供の体を抱いて、前と同じ店に入った。自動扉が開い

     たとたん、金属の玉が擦れあって流れる波のような音と、パ

     チンコ台から出る電子音と、大当たりが来ると景気付けに鳴

     るファンファーレの音と、煙草臭い冷気とが入り交じって全

     身を包み込んだ。

 小説 「冬帝」 樋口大成

     L工業高等専門学校(L高専)は空気の綺麗な高台にあり、

     南側は遙かにL市街の林立するビル群や家屋が見下ろせ、北

     側には遠くに三つの山が並んでいる。そして西側には花咲川

     が流れている。

 小説 「五月のふたり」 天谷千香子

     リビングのソファで背中を丸めビール缶を抱え込んで、典子

     はそのうち、ソファが小舟だったらと思いはじめていた。い

     つのまにか舫いがほどけて、舟がゆっくり沖へと流され、感

     じ始める解き放たれた思い、突き抜けた空に向かってため息

     をはく。

     いつも押さえ込んでいる自分の内部の、得体の知れないもの

     に突き動かされ脅かされる。戦うものを自分が抱え込んでい

     るのだ。繋がれたロープを切ってみたいと典子はしきりに思

     いながら、目蓋が重くなり意識が薄らいでいる。

     又、今年旅に出よう。予定の秋が待ち遠しい。

     旅先で感じる生きて在るという感覚も、病が癒えていく折の

     濃密な喜びも、江津はひとり抱え込んでいたかった。

    

 エッセイ 「パンソリに魅せられて」 岸本みか

     庶民の音楽であるパンソリの発生は十七世紀中期に巫歌から

     派生した語り物に遡り、パンが場、ソリが唱で、どこでも場

     を設定すれば歌い出せる大道芸である。

 詩  「スウィング・バイ」 吉貝甚蔵

     置かれたのは言葉か

     ぶるるん

 詩  「柳川」 橋本明

     僕はいま確かにどこかへ流れているのだが

     まだ微笑むことさえ知らぬお前にも

     すぐに なす術もなく流れはじめる日々が訪れるのだ

     僕はやはり どこかへ流れていたいのだ

 シリーズ 「MY FAVORITE THEATER さびしんぼう」 香月真理子

     「『さびしんぼう』は見た?あれはいいよ。もし見ていない

     なら、ぜひぜひ見てね」

      以来私は、慌ただしい毎日に疲れると、レンタルビデオ屋

     に足を運び、『さびしんぼう』を連れ帰るようになった。

 企画 「1200字特集」 同人中25人の1200字作品    

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