「この男と一緒にいれば、いっぱい泣けるかもしれない。人間らしい
感情を取り戻して、甲斐くんの住む汚れなき世界へ再びたち帰るため
に、私を根底から揺さぶってくれそうなこの男にあえて溺れてみると
いうシナリオは、自分の人生をより劇的に演出するために、この頃か
ら私の中にあったような気がする。」
「客はクリーニングに出す服のポケットを、案外調べないものらしい。
ポケットをまさぐる作業は面倒だが、さまざまな忘れ物が入っていて、
指先に何か触れると当たりくじでも引いたような気になった。」
「物が増える度に何かを失っている。それはいつからか気付いていた
ことだった。自分の居場所がだんだん狭まり、埋めるつもりの空洞は
広まるばかりで、空気さえ濁っていくようだった。」
男は頭の中にしまい込んでいた古い地図を辿るようにして歩いている
うち、いつしか「なぎさ屋」のすぐ手前に来ている事に気付き、思わず
喉から声を発していた。果たして二十年前の姿そのままの民宿「なぎさ
屋」が男の目の前に現れたのである。
忌中の文字が下がっている家のまえで ぼん
やり立っていると 多くの人がぼくに会釈を
していった 誰を失ったわけでもないのに
ぼくも会釈を返したのだった 照らし出され
た満開の桜を横目に見ながら 悲しみに満た
される振りだけをしたのだ 忙しく出入りす
る喪服の女だけが ぼくをやさしく無視した
超えて」 安河内律子
あなたの奪われた自由と引き替えに
私の手指には凍り付く軋みが与えられた
顔にかかる髪を掻き上げることすらできなくなった
あの日のあなたを思うたびに
私の手指はぎしぎしと硬く弾け散りそうになる
ーだが、これも私だけの傷
奈落の淵
とどろく瀑布ばかりが 心を襲った
呪詛しつつ ろうそくを 小暗い
洞に 灯した者あってー
九十歳を過ぎるまで生きていた祖母がいつも口ぐせのように言っていた
のが、「うちのご先祖は西村左近という侍で、本家には先祖を祭った祠が
ある」という言葉だった。
my favorite theatre「家族ゲーム」 高木政範
これほどまでに私がこの映画に惹かれた理由はただ一つ、登場人物のセ
リフの面白さである。「家族ゲーム」以上に非凡で、見ている者の意表を
突いたセリフを、私は今まで聞いたことがない。