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薬剤師と薬学のページ
002 昭和12年「北海道薬学講演会誌(第4号)」

はじめに
上の写真は旭川の古書店の郷土本コーナーで見つけて購入した1937(昭和12)年に北海道薬剤師会学術部が編集した北海道薬学講演会誌第4号の表紙です.普段古書には興味のない私がこの雑誌に魅かれたのは70年前の医学のレベルはどのくらいのものだったのか,薬剤師がどんな研究を発表していたのかが当時の形のまま伝わってくることでした.
昭和12年というのは日本では前年に「二・二六事件」があり軍部の支配力は増してはいましたがまだ戦時体制下ではなく,文化としては職業野球(プロ野球)の草創期であり,大相撲では双葉山が現在でも破られていない69連勝への記録を伸ばしている年でありました.映画界ではチャーリー・チャップリンがたびたび来日していて,『モダン・タイムス』などの作品もこの頃日本で上映されています(昭和13年).このときは3年後に東京でオリンピックが開催されることも決まっており,日本がまだ世界から孤立していなかった時代です.
しかしながら,昭和12年7月7日に盧溝橋事件(日本では当時「支那事変」と呼んでいた)によって日中戦争が始まったことをうけて,そんな平和な時代に幕が下ろされ始めました.その影響は国民生活だけでなくこの学術雑誌の中にも見ることができます.
また,この雑誌をホームページで紹介しようと思った理由のひとつは,巻末や巻頭に掲載されている薬品会社の広告でした.こういう学術雑誌では広告収入が発行のための柱であり多くの広告が載っているのですが,その会社は現代に続く歴史ある企業のものが多くあります.しかしその広告に登場する薬品名をいくつかネットで検索したものの,ほとんど検索語として存在していないことがわかりました.大衆市販薬であれば広告やパッケージなどを収集・研究しているひとも幾分はいるのではないかと思うのですが,医療用の薬となると専門性が高く資料が少ないのかもしれません.せっかくの資料なので少しでも多くの人の目に触れるようにしておくのが大事と思い,この記事を企画しました.
なお,この雑誌について北海道内の主な図書館に対して検索を行ったところ,収蔵しているのは北海道大学本館書庫のみでした.書庫は学部生でも立ち入りが制限される厳重ゾーンで,一般の方は利用証を取得した上で,カウンターで閲覧の請求が必要です.

カラー広告「エルボン・チバ」
まずはこの冊子に3ページだけあるカラーページから紹介してゆきたいと思います.

増血作用ある結核性解熱剤
エルボン・チバ

この「チバ」とは日本語の「千葉」のことだと思いきや,由来は全く別のところにありました.

この広告を出していたのは「瑞西(スイスと読む)バーゼル化学工業会社」の日本学術部(1913年創立).この会社は,現在のノバルティス・ファーマ株式会社の前身です.ノバルティスは1996年にチバガイギーとサンドが合併して出来た比較的新しい会社名なので,ご存知の人も多いのでは.

バーゼル化学工業会社(1884年誕生)という会社名の略称が「CIBA」です.

本文
「根原的解熱剤たるエルボンの白血球増加作用の顕著なるは既に周知の事に属す.然るに輓近*1又エルボンは顕著の赤血球及血色素*2増加作用をも併有するを立証されたり.(鈴木信義博士・加藤正由学士 好生館医事研究雑誌第42巻所載)現今一般に使用せらるゝ対症的解熱剤の血毒作用を呈し貧血を誘発せしむるに反し,エルボンの此の特筆大書すべき増血作用は其の根原的解熱作用と相俟って益々エルボンの治療的効果の優秀なるを再認識せらるゝに至れり」

*1 ばんきん:最近
*2 血色素:ヘモグロビン

本文中に出てくる「血毒作用」というのは血液に対する毒性のことと思われますが,現在ではほとんど使用されない表現です.代表的な解熱鎮痛薬にスルピリンをはじめとするピリン系がありますが,その副作用に造血障害があります.このエルボンはそういった副作用が少なく,造血作用があるので結核性の発熱に良いというのがこの宣伝の主旨だと思われます.また,「増血作用」と謳っていますが,現在はほぼ同音同義語ともいうべき「血作用」という表現のほうが用いられます.当時,結核は死につながる代表的な疾病であったということも,この広告を読み解く上では頭に入れておきたい事項です.また,現在の広告のような成分名の記載はありませんでした.

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