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006 「みちのくフリーきっぷ」で行く北東北 (1)

0. 出かけるまで
1. 急行はまなす〜十和田観光電鉄線
2. 古牧温泉・八戸・盛岡
3. 山田線・岩泉線
4. 釜石
5. 釜石→田沢湖(新花巻,新幹線「こまち」)
6. 田沢湖畔・玉川温泉
7. 角館(かくのだて)
8. 秋田内陸縦貫鉄道,日本海3号
9. 弘前・弘南鉄道
10. 青森,そして帰還


0. 出かけるまで
2007年の「海の日」が7月16日であり,そのため土曜を含めた3連休は7月14日から始まるということを意識したのは,もう7月に入ってのことだった.私はてっきりもう1週遅いものだと認識していた.

今年5月に北海道のJR線に完乗したのを機に,次なる望みは徐々に勢力を広げていくことだった私は,次に行くのは東北と決めていた.そしてそのときは「みちのくフリーきっぷ」を使えばかなり自由に東北がまわれるようだと下調べはしていた.

それからは家に帰ってきてから時刻表や鉄道関係のホームページ,さらには温泉地情報といったものを読みふける楽しい時間を過ごし,出発1週間前の7月7日,旭川駅の旅行センターできっぷを手配した.

日程の決定までのいきさつはざっとこんな感じだった.連休を少しでも長く使いたいので,行きは札幌-青森間を急行「はまなす」を使うこと,帰りは月曜の夜に家にたどりつくことを条件とすると,東北での滞在は土曜の朝5時半から月曜の夕方5時半までということになった.その約60時間で,ほぼ手付かずの北東北を自由にまわることができる.どこへ行くか?は多くの選択肢があるなかから,次の6つが候補にあがった.
  • 岩泉線
  • 十和田観光電鉄線
  • 弘南鉄道(大鰐線・弘南線)
  • 竜飛岬
  • 下北半島(むつ湾フェリー,JRバス東北下北線)
  • 温泉めぐり
そしてなるべく多くJR線に乗ること,暗くなってからだと景色が見えないので移動は明るいうちにすることなどを念頭に組み合わせていったところ,下北半島があまりに接続が悪く断念.さらに岩泉線は終点岩泉までがたった3往復しかなく,最後の1本だと夜になってしまうことを考えるとパターンは少ないようだった.それに岩手まで行ってから弘前へも行くと竜飛岬での時間が捻出できなかった.盛岡から弘前への経路には秋田内陸縦貫鉄道が組み込めることがわかったので角館を宿泊地とすると,温泉めぐりの候補地には乳頭温泉や玉川温泉が浮上してきた.どちらも有名な温泉であるものの,玉川温泉はその強酸性のお湯と湧出量が際立っているとのことで,実際に足を運んでみたくなった.山奥にあるためかなり時間はとられるものの,私にはそれだけの価値があるような気がした.

出発日が近づくにつれ,梅雨前線が気になりだした.しかしさらに想定外だったのは台風4号の出現だった.7月としては史上最強の勢力でやってきた台風が,鹿児島近くにまで接近していた.山奥を走る岩泉線や山田線は運休もあるかもしれない,臨機応変に動けるようにしておかなくてはと覚悟しての出発となった.家を出るときに,家にあったビニール傘を持って,私は金曜日夜,旭川駅20時00分発のスーパーホワイトアロー32号に乗り込んだ….

1. 急行はまなす〜十和田観光電鉄線
旭川からの特急で指定席をとったのは初めてだった.「みちのくフリーきっぷ」では往復の特急の指定券がフリー区間での4回まで発行できる指定券とは別にとることができる.旭川からの特急は自由席が主で,座席も良く,始発駅なので座れないことは滅多にないので旭川から指定席に乗ることは稀だった.それでも最近は旭山動物園など観光が好調で平日でも旅行客でひしめきあっていることが少なくない.私の乗った列車でも指定席uシートは始発からほぼすべてが埋まっていた.隣の席は台湾からと思われる20代の青年がプレイステーションポータブルで遊んでいた.私は砂川を過ぎた頃には睡魔に襲われ,うとうとしているうちに白石駅を通過していた.21時20分,定刻どおりに列車は札幌駅の2番ホームに到着した.昼間の新千歳空港直通のスーパーホワイトアローは6番ホームに着くのに対して,札幌どまりは1-3番ホームに到着する列車が多い.

この旭川発着のみちのくフリーきっぷは札幌駅で途中下車することができないので,改札には向かわずホームをのんびりと散策した.札幌駅はよく利用するけれど,今回の旅のように「単なる乗換駅」というようなことは私にとっては珍しいことだった.のんびり列車を降り,5番ホームへ移動した.まずは急行「はまなす」の自由席の混み具合を見ておきたかったからだ.今日は北海道&東日本パス(北東パス)の夏の使用期間の初日で,なおかつ金曜の夜ということもあり混雑しているだろうと思ったからだ.発車30分前でも自由席車のプレートの前にはそれぞれ20人近くが列をなしていたのでやはりいつもより混みそうな感じだった.急行「はまなす」の入線時間は21時38分.はまなすは通常7両編成,多客期には最大12両で運転されるが,今日は9両だった.私は5号車のドリームカーの席をとることができていた.



函館←                                     札幌・青森→
1 増1 2 3 4 5 6 7 8
B(14系) B(24系) B(24系) 指カーペット 指ドリームカー 指ドリームカー

一人旅で気になるのは隣の席の人間であるけれど,幸い隣は同世代と思われる礼儀の正しい青年で,最初に「よろしくお願いします」と挨拶して頂けた.安心して席に着いた.それにしても車内が暑い.たまたま目の前に温度計があり,「26.8℃」というデジタルの数字が目に飛び込んできた.通路はさんで隣のしっかりした体格の20代の青年は車掌が通りかかったときに暑いことを訴えていた.

22時00分,札幌駅を定時に発車した急行「はまなす」は22時11分に新札幌着いてさらに若干の客を乗せて千歳線を南下する.検札にきたのは千歳駅に到着する前の22時30分だった.私の座っていたそばは扉で区切られた談話スペースになっていて,新札幌からは酔った中年のサラリーマン2人がそこに座っていた.車掌とのやりとりを聞くに,前の普通列車に乗り遅れたので乗り込んできたらしい.車掌はしっかり急行券を売り,到着時刻を案内していた.彼らは一区間だけ乗って南千歳で降りていった.

苫小牧を23時04分に発車し,車掌の消灯案内の放送があったのち23時12分にドリームカーの照明が減灯された.そうすると椅子をリクライニングさせてもよさそうな雰囲気になるので仮眠モードへ.暖房はさすがに札幌発車後すぐに消されたようだったが,まだ25℃はあった.通路はさんで隣の青年は暑さにたまりかねて談話室へ逃げ込んでいた.私も暑さと気分の高まりで寝付けずにいたところ,スーツケースをひきずった若い女性が背後から通っていった.その女性が隣の空いている席をうらめしそうに見つつもさらに前の車両へ移動しようとしていたところを,談話スペースの青年は呼び止めてなにやら話しはじめた.どうやら自由席はいっぱいでなんとか座席を探そうとやってきたものの,席が見つからなかったようだ.一方,青年のほうは自分の優しさをアピールするチャンスと思ったのか,自分は暑いからもうその席には座らないから,よかったら使ってくださいという提案をしているようだった.始めは女性も遠慮していたがあまりに男がしつこくすすめるので結局座席に座らせてもらっていた.それでもその女性はしばらく居心地悪そうにしており,30分ほど経って「もういいです」と言いにいったものの結局断りきれなかったのか,その青年との世間話になってた様子だった.私は仮眠していたのでその後の経過はみていないけれど,2時43分函館到着の数分前になって車掌の放送が入って目を覚ますと2人とも降りる準備をしていた.室温は23℃台にまで下がっていた.

函館では17分間の停車がある.全車両禁煙車になった「はまなす」にとっては唯一の喫煙タイムであり,ホームの喫煙コーナーは大賑わいだった.函館では3分の1か半分ほどの客が降りた.こんな真夜中に大変だなあと思う.また,10名程度であるが函館からの客もいた.函館では海峡線専用のED79機関車につなぎ替え,進行方向も逆になる.真夜中なので乗客は座席の向きを変えることはしない.3時00分,函館発車.ひきつづき仮眠をとる.今回はわりとうまく寝付けたほうで,5時ちょうどくらいに青函トンネルを抜けて最初の運転停車と思われるところで目が覚めた.5時11分に蟹田で運転停車した後に車掌の放送がはいり,乗り換え案内などがなされた.5時35分,青森駅4番ホームに到着した.台風4号は本州直撃コースではなく,やや南の海沿いを通る予報だった.当面は台風ではなく梅雨前線によって雨がもたらされることになるかもしれなかったが,青森は曇り空にも朝焼けの光が射していた.



青森駅で降りた「はまなす」の乗客のうち,ここ青森駅で旅が終わる人間は少ないようで,改札へ向かう人の数よりも列車に乗り継ぐ人のほうがおおいくらいのホームの賑わいだった.立ち食いソバ屋の前は幾重にもひとだかりができていて,とても乗り換え時間内にさばききれるのかわからないくらいの大盛況だった.私は1番ホームの八戸行き特急「つがる2号」の自由席に乗り換えた.乗車率は50%くらい.つがるの車両は1999年にデビューした130km/h運転が可能なE751系.この列車や「白鳥」「スーパー白鳥」は八戸での東北新幹線との乗り換えを考慮したダイヤで運転されており,号数は2号,4号と順に振られるのではなく,接続している新幹線「はやて」の号数に対応している.

5時52分青森駅発車.特急「つがる」の青森-八戸間の停車駅は浅虫温泉,野辺地,三沢であり,浅虫温泉には停車しないものもある.つがる2号は浅虫温泉は通過する.野辺地の手前,6時12分に検札.通路はさんで隣のおじさんは八戸までの切符を持っているようだが特急券はなく,車掌から特急券を買っていた.しかし八戸までの特急料金が高いのが堪えるのか「野辺地までだといくらだ?」と聞いている.野辺地までの特急券は安いことを聞くと今度は「(八戸行きの)鈍行は(この列車の後かなり)待つのか」と聞いている.車掌は鈍行を普通列車のことかと確認したうえで,「野辺地からは3分で八戸行きがあります」と丁寧に案内.すると3分という時間に不安を感じたのであろう,今度は「橋はわたるのか?」と聞き返す.このやりとりを聞きながら私は時刻表を調べていると確かに野辺地から八戸行きの普通列車がこの「つがる2号」の後を追うように出ていることがわかる.しかし時刻表では主要駅以外のホームについてのことはわからなかった.「降りて向かいのホームから出ます」さすがはつがるに乗務している車掌だけあってきちんと把握していた.ほどなくして6時17分,列車は野辺地駅に着き,おじさんは降りていった.

野辺地からも若干の乗客があった.隣の普通列車で行っても八戸まで20分しか違わない7時08分なのに特急の利用者があるのはこの特急が接続する東北新幹線「はやて2号」の発車時刻が6時55分だからだろう.青森-八戸間では始発の新幹線に間に合うにはこの特急に乗るほかないようだった.

天気のほうは野辺地あたりから霧雨になっていた.6時34分,三沢駅で特急「つがる2号」を降りる.ここから十和田観光電鉄に乗り換えるが,乗換えが7分しかない.初めての地なので足早に駅から出る.JR三沢駅は立派な橋上駅だった.調べてみたところ昭和61年の完成らしい.正面口を出て左手に立派なJRの駅舎と対照的な老朽化した十和田観光電鉄(十鉄(とうてつ))三沢駅がある.その駅舎の堂々たる年季の入りに感動しながらもここを見るのは戻ってきてからと券売機で十和田市駅までの往復を買い,駅員さんに入鋏して貰う.銀色の2両の車両はもとは東急の7700系として活躍していたもので,2002年に譲渡されて十鉄の「新型車両」となったものだ.オールロングシートの車内には土曜日であるものの地元の高校生がすでに乗り込んでいて,皆静かに座っている.携帯プレーヤーで音楽を聴きながら一眠りにつくもの,参考書に目を通すものなどさまざまだったが,乗っている人数の割りに皆とてもおとなしく,行儀良く乗っていることが印象に残った.

6時41分,電車は静かに三沢駅を出発した.まずは十鉄とも関係の深かった杉本行雄により開発された古牧温泉の敷地内を通ってから電車は東北本線が通らなかった十和田市を連絡するように走っていく.最初の停車駅は大曲というけれど,花火大会が有名な秋田の大曲ではない.次の柳沢はふりがなは「やなぎさわ」だけれどテープによる自動放送では「やなぎざわ」と言っていたような気がする.その次の七百(しちひゃく)がこの路線唯一の交換駅で,十和田市駅からの電車とすれ違った.

この線には「三農高前」「北里大学前」「工業高校前」と短い距離ながらも学校関連の駅が3つもあるため高校生が途中でどっと降りるのを想像していたものの,どの駅でも乗降客はほとんどいないまま7時08分,終点の十和田市駅に到着した.



列車で終着駅に降り立ってそのままトンボ帰りするのは失礼なことだと思うのだけれど,今回は早朝という時間のまずさもあってこのまま折り返し7時18分の電車で引き返すことにした.その10分のあいだに駅を駆け足で観てまわる.ショッピングモールとつながった駅ということで「東北の駅100選」にも選ばれているが,そのショッピングモールの中核をなしていた「とうてつ」という十和田観光電鉄がダイエーのフランチャイズで経営していた店は2007年3月いっぱいで閉鎖されてしまっていた.駅の構造上,ホームは道路をはさんだ川沿いにあり,改札は建物の2階にあって道路の上を渡る連絡通路を通らないとホームに行けないようになっていた.改札のすぐ下はバスターミナルとなっていて,電車を降りた生徒達がバス待ちの列をなしていた.それらを観るのが精一杯で,駆け足でホームへ戻り電車に飛び乗る.今度はさっきとは別の制服やジャージ姿の高校生が多数乗っていた.7時18分,十和田市駅を発車して今度は三沢駅を目指す.この高校生は今度こそ工業高校か農高の生徒だと思っていたけれど,結局1,2名しか降りなかった.そばにいた高校生の藍色のジャージを見ると「Misawa CH」の文字が入っていたから,三沢市の高校の生徒なのだろう.後で調べたら藍色のジャージが三沢商業高校(CHはcommercial highschoolの略)で,その次に多かった黄緑色のジャージは三沢高校のものだった.それにしても三沢の生徒が十和田の高校へ通い,十和田の生徒が三沢の高校へ通っているということはこのへんは学区が同じなのだろう.7時45分,三沢駅に到着.さきほど撮りきれなかった駅舎と電車と線路の写真を取った.なお,JR三沢駅からは三沢の米軍基地まで専用線が引かれ,石油輸送が行われていたのだが,2006年に廃止になっていた.しかし駅周辺図には鉄道の線が残っていたので訪れたときには気付かなかった.



2.古牧温泉・八戸・盛岡


三沢駅といえば先述したとおり古牧温泉がすぐそばにある.夜行列車での疲れと汗を流すべく,JR三沢駅から徒歩5分ほどの近さにある「古牧元湯」へ向かった.今回はスーツケースではなく肩掛けのカバンひとつに着替えなどを詰め込んでカバンははちきれんばかりだけれど,しっかりタオル類も携行している.古牧温泉は観光客向けであるけれど,そのなかで元湯は地元の利用に配慮されている.入浴料は元湯だけだと300円,全館に入館するためには500円とのこと.古牧温泉は広い敷地の散策が良いらしいのだが,あいにくの天気なので元湯だけにした.元湯にはホテルの宿泊客も入浴できるので混雑するかと思いきや,午前8時台ということもあって宿泊らしい客は見当たらなかった.それどころか入浴中は私一人だけという時間が結構長くあって気兼ねなく湯につかることができた.湯はほぼ透明で肌がつるつるになる泉質だった.温泉からあがり,ひげを剃るなど身だしなみを整えてからしばし休憩.それにしても温泉のドライヤーってのは勢いがないのが多いと思う.

十鉄の車窓からこの元湯が見えていたということは,元湯の窓から十鉄の車両を見ることができるということに気付き,時刻表を調べてみるとまもなく8時51分の電車があった.そこで元湯の通路の窓から線路を見つめていると電車をみることができた.カーブも多く,多少上り坂になっていることもあり,電車はゆっくりしたスピードで消えていった.

それから三沢駅に戻り,再び東北本線を南下する.次の列車は9時13分発の八戸行きだった.その9分後には大湊からくる快速「しもきた」が着くのでそれに乗ることも考えたものの,まだ東北本線で普通列車に乗っていないこともあったので,先発の電車に乗った.列車は701系盛岡色(紫帯)電車の4両編成で,ロングシートということもあり都会の列車に乗っている感じで味気なかった.味気のなさに,思わずうとうとしてしまう.気付いたら八戸駅で扉があいたところだったので慌てて降りたらビニール傘を忘れてきてしまった.9時34分,八戸駅5番ホームに到着.

八戸駅は新幹線ホームが地平にあり,幅の広い橋上駅で在来線と新幹線が横並びしている.以前この駅で「はやて」に乗り換えたときは八戸駅周辺があまりに何もないことに驚いたが,八戸市の中心は八戸線の本八戸(ほんはちのへ)駅周辺だということを出発前に知った.Google Earthは便利なソフトだけれど,場合によっては現地へ降り立ったときの感動を減じてしまう場合もあるから使い方には注意が必要だと思う.



八戸駅は2002年の新幹線延伸によって新しくなっただけあってコンコースは天井も高く,垢抜けた印象であった.コンコースでは物産品売りが盛んに行われていて,行き交う人も多かった.物産品売り場のコーナーからは繰り返し「せんべーい,じる!(じるじる←反響)」という奇天烈な歌詞が戦隊モノのテーマ曲に似たリズムにのせて聴こえてきている.そのインパクトたるや絶大で,その場を離れても思わず口ずさんでしまったほどだった.みちのく郷土料理の「せんべい汁」をアピールする曲であるのはすぐにわかったが,あとから調べたところによるとこれは「好きだDear! 八戸せんべい汁」というトリオ★ザ★ポンチョスという3人組が歌うご当地ソングであった.2006年9月21日にはCDも発売になっているとのこと.

駅前に出てみると旅行客には気軽に入りやすいであろう「八戸魚河岸食堂」というテナント群や,魚介類を扱うみやげ物屋などがあった.ウニがシーズンということで瓶詰めになったものがたくさん売られていた.同じウニの産地でも北海道では塩水ウニを瓶詰めしているのはあまりみかけない.地域差なのだろうか.

そのウニの魅力に負けて,駅弁を購入.次の車内で食べることにする.八戸駅の新幹線口のほうはかなり混雑していた.連休と言うことで臨時列車も出ているようだった.私は在来線の改札から入り,青い森鉄道の列車が出る3番ホームへ.これから盛岡までは旧東北本線を南下する.新幹線の延伸に伴い八戸と盛岡の間の青森県部分は「青い森鉄道」,岩手県部分は「IGRいわて銀河鉄道」と,2つの第3セクター会社に譲渡された.今回乗る車両には「青い森鉄道」の文字が入っているもののJR東日本から譲渡されたもので,帯の色は青色だった.今回使っているみちのくフリーきっぷはこのまま乗ることができるが,青春18きっぷでは別途運賃が必要になるので注意が必要だ.ワンマン運転で,運賃表は青い森鉄道とIGRの駅が連続していた.ロングシートだったのは予想外で,駅弁を食べるのには向いていなかったものの,乗客は少ないので構わず食べることにした.10時10分,盛岡行き普通列車発車.



いちご煮めし」(1,100円)は青森県の郷土料理いちご煮を釜飯風にアレンジしたもので,アワビ,サザエ,ツブなどの魚介のダシによる炊き込みご飯と蒸しウニのとりあわせがいい.それにしてもロングシートは車窓を眺める楽しみを減弱させてしまう.青い森鉄道とIGRの境界駅である目時(めとき)駅が境界駅なのにもかかわらず複線の上にホームがあるだけのシンプルな駅で,何の案内も出ていないことに驚きつつ岩手県に突入.二戸で乗務員が交代になった.しばらくは空いていた車内も好摩(こうま)あたりから盛岡へ向かうと思われる若者が各駅ごとに乗ってくるようになった.かなりの数の立ち客を出しながらも,11時56分に盛岡駅の0番ホームに到着した.IGRいわて銀河鉄道は盛岡駅の0番と1番ホームを専用ホームとして,改札も独立しているものの,一部の列車は東北本線と直通している関係で,JR東日本のホームを使用することもあるようだ.



盛岡では街を歩く時間まではないものの,昼食を取る時間はあった.さっき駅弁食べたばかりではあるが,盛岡でじゃじゃ麺を食べることは計画段階から決まっていたことなのだ.じゃじゃ麺は日本で一般的に食べられているジャージャー麺とは別物で,盛岡の「白龍(パイロン)」という店の店主が戦時中に本場で食べた味を再現したもの.麺がうどんに近いことがほかのジャージャー麺より「原型」に近いものとなっている.今回立ち寄った店は盛岡駅ビルに入る商業施設「フェザン」の地下めんこい横丁に入っている「小吃店(ショウスウテン)フェザン店」.まさに昼時で入ろうとしたときは座席がいっぱいになっていたが,私が端のカウンター席に座ってからは空き始めた.迷わずじゃじゃ麺を頼むと「ゆで時間が10分ほどかかるが,いいか」とがっしりした体格の店員に確かめられる.駅のそばだから,急ぎの客もいるだろうとの配慮だろう.待っている間に隣の席は空き,かわりに年配の旅行客4人が入ってきた.男1人女3人であり,これから小岩井農場へ向かうようだった.男性がこれから車の運転をするらしかった.前にも盛岡に旅行に来た事があるらしかったがじゃじゃ麺については知らなかったらしく,「前に来たときはなかったよねえ」と女性が言っている.男性は「最近名物になったんじゃないか」と知ったかぶっていたが,じゃじゃ麺は戦後直後からずっとある.旅先で下手な発言はしないにこしたことないと思う.ただ私もその傾向はあるので,気をつけなければと思った.さらに男性は他の女性と比べるとおなかが空いているらしく,サイドメニューの餃子を注文しないかと提案していた.しかし会話を聞いているとその前に女性が「じゃじゃ麺食べきれるかしら」などと心配していたので,この男性はちょっと空気読めてないな,と思った.案の定,その男性は奥さんとおぼしき女性からやんわりとたしなめられていた.



そうしているうちにじゃじゃ麺がやってきた.デジカメとケータイでそれぞれ写真を撮ってから,味噌を麺にからめてゆく.酢,ラー油,おろしニンニク,おろしショウガで好みの味に整える.私は酢は苦手なので酢を入れずラー油多めとし,ショウガも添えてある分ものを全量を一緒にじゃじゃ味噌とともに混ぜる.個人的にはこういうものはなるべく混ぜないようにして食べるのが好きなのだが,ガイドブックによると豪快に混ぜたほうが良いとのことだったのでひたすら混ぜる.そして一口食べてみる.釜揚げうどんの味噌味というようなショウガの効いた風味が口の中に広がる.これはおいしいと思った.麺は生麺パスタに近く,きしめんよりも厚かった.決して上品な味ではないけれど,病みつきになる味だった.

さらにじゃじゃ麺のお楽しみは,食べ終わった後のスープにある.じゃじゃ麺屋のテーブルには前述の調味料のほかに,生卵が数個置いてある.じゃじゃ麺を食べ終わると,その皿に生卵を割り入れ,箸でかき混ぜる.そして「チータン」と言って皿を差し出すのだ.そうすると皿にじゃじゃ麺の茹で汁を入れてくれる.これがじゃじゃ麺のシメにいただく「チータンタン」である.入るのは茹で汁だけなので,味は皿に残った調味料によるものになる.足りなければテーブルの調味料を足すことが出来る.じゃじゃ味噌もテーブル上にあるので好みの味にしていただく.こうして食べると皿がきれいになるし,無駄もないのだろう.そもそもじゃじゃ麺のこってりとした味のあとの,このスープのあっさりさが絶妙なのだ.チータンのための追加料金は80円で,ほとんど卵の値段だけというのもうれしい.私は大満足で店を後にした.

まだ山田線の列車までは30分近くあったので,駅のみやげ物屋で妹のためにご当地キティのストラップを買う.それからJR盛岡駅の在来線ホームである2-9番線の様子を見てから,山田線の発着する2番ホームへ向かった.

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