鉄道・旅行のページ
006 「みちのくフリーきっぷ」で行く北東北 (3)

0. 出かけるまで
1. 急行はまなす〜十和田観光電鉄線
2. 古牧温泉・八戸・盛岡
3. 山田線・岩泉線
4. 釜石
5. 釜石→田沢湖(新花巻駅,新幹線「こまち」)
6. 田沢湖畔・玉川温泉
7. 角館(かくのだて)
8. 秋田内陸縦貫鉄道,日本海3号
9. 弘前・弘南鉄道
10. 青森,そして帰還


5. 釜石→田沢湖(新花巻駅,新幹線「こまち」)
釜石駅のホームは駅舎よりも高い位置にあるので1965年完成という年季の入った地下道を通って2番線へ.花巻行きのワンマン列車はキハ100系の2両編成だった.日曜の雨の早朝ということもあって乗客は私のほかはわずかに1人.5時55分,列車は静かに釜石を出発した.

 

花巻と釜石を結ぶJR釜石線は「銀河ドリームライン釜石線」という愛称がつけられているものの,おそらく地元でもこの路線を「銀河ドリームライン」などと呼ぶ人はまずいないだろう.東北には「はまなすベイライン大湊線」だとか「十和田八幡平四季彩ライン」(花輪線)だとか,どうも愛称のつけ方が地元向きでないというか,浮き足立っているというか….JR北海道の場合,札沼線を「学園都市線」と呼ぶのは路線名が実態とかけ離れてしまっているからだし,根室本線釧路-根室間の「花咲線」もこの区間への直通列車がないことを考えると納得いくのだけれどね….

その銀河ドリームラインの名前の由来は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』から.賢治の生まれ育ったのが花巻であるだけでなく,『銀河鉄道の夜』は釜石線の前身の岩手軽便鉄道がモデルと考えられていることにちなんでいる.そのため釜石線と山田線の釜石-浪板海岸の駅には賢治が多用したエスペラント語による愛称がつけられている.ちなみに釜石は「ラ オツェアーノ(大洋)」.

釜石線の峠越えは陸中大橋から足ヶ瀬にかけての仙人峠越えで,急勾配に対応するために線路をΩ字状に敷いたのが特徴的.下から見上げると自分自身の路線が見えるのが面白いのだけれど,天気が悪くて残念.

遠野は柳田國男の『遠野物語』で知られる街で,河童など民話で知られている.たしかに,車窓から田畑や野山を見ていると『まんが日本昔話』の世界に引き込まれたような気分になる.綾織(あやおり)なんていう美しい響きの駅名は遠野市のなかの旧・綾織村に由来している.雨は峠を越えたところでおさまってきていて,内陸へ向かうにつれて天気が良くなってきた.



車内は部活と思われる高校生が乗ってきて少しずつ活気が出てきた.そんななか地元のオジサンらしきひとが高校生と話をしていた.どうやら今日は高校野球の地区大会の試合があるらしい.前日に雨で試合が成立せず,今日に延期になったらしい.「でも今日だって,ちょうど!試合始まる頃には雨だろうさ.」と嘆いていた.それでもJRを使ってはるばる観戦に行くのだから熱心だと思う.

7時47分,終点の2駅前の新花巻で下車.新幹線への乗り継ぎ駅であるものの,降りたのは私だけ.この駅は1985年に新幹線の駅が新設されたときに高架の下に作った駅で,新幹線の駅へは道路を地下通路を使って渡っていかなければならないのでまるで別の駅のよう.



新幹線駅のほうは大きく,格の違いを感じるものの開駅当時からあまり手が加えられていないようでずいぶんくたびれた印象を受けた.駅前広場には賢治ゆかりの地だけあって,『セロ弾きのゴーシュ』をモチーフにしたモニュメントがあって,セロ(チェロ)と思しき音色が聴こえていた.

台風の影響で東北新幹線のダイヤはさぞかし乱れているだろう,そう考えて駅の案内板を見るも目だった遅れは出ていない様子.台風の進路がかなり太平洋側だったこともあって,まだ鉄道に影響は出ていないようだった.事前に「こまち」の指定券をとっていたので気をもんでいたけれどこれで一安心.その列車は盛岡発9時24分の「こまち1号」なのでこの駅からフリーきっぷを使って9時04分発の「やまびこ41号」に乗れば楽に乗り換えられるのだけれど,釜石線を2駅間だけ乗り残すのは悔しいので在来線で盛岡まで行く8時35分の快速「はまゆり2号」に乗る.

快速はまゆり2号はキハ100系と同系統の塗装が施されたキハ110系3両で,うち最後尾は指定席車.先頭車はNHK連続テレビ小説『どんど晴れ』(2007年度上半期)のラッピング車両.物語の舞台が岩手で,題名も岩手弁にちなんでいることから地元ではあちこちにポスターが貼られて歓迎ムードが感じられた.8時42分,定刻どおり花巻に到着すると進行方向を変えるためなどで6分停車.盛岡までノンストップなのが良いのか,街行きの装いの人が大勢のってきた.私のボックス席の向かいにはギャルっぽい2人組が乗ってきた.これでまたカメラが取り出せなくなってしまった.

自由席の混雑とは対照的に指定席はガラガラ.花巻から乗った年配の男性グループは空席を見つけておそらく何も考えずに指定席に座ったようだったけれど,しっかり車掌に指定席料金を徴収されていた.列車はまさに「飛ばす」という形容詞がぴったりなほど快調に東北本線を突っ走って9時16分,盛岡駅に到着.

盛岡駅の在来線ホームは昨日チェック済みなので足早に新幹線ホームへ.盛岡駅のホームは1年ぶり.「はやて」で東京を目指していて,この駅で「こまち」と連結するはずがこまちが遅れて併結しなかった時以来.今回は前回とは逆にここで解結して「はやて」と「こまち」に分かれるわけで,定刻どおり9時22分に到着した「はやて・こまち1号」は10号車と11号車のあいだで連結が解かれる.このシーンは一般の旅行客にも人気がある様子.わずか2分の停車で解結を済ませ,9時24分,「こまち1号」は秋田へ向かって発車.私はのんきに解結シーンを撮っていたので16号車が遠いことがわかってダッシュで乗り込みむ.



「こまち」は新幹線とはいえ2列-2列の構成で,線路も在来線を標準軌に変えただけなので新幹線という感じはしなくて,普通に特急列車に乗っている感じ.最高速度も130km/hしか出てないし.しかも発車早々,隣駅の大釜で運転停車.上りの「こまち8号」とすれ違った.

車内のアナウンスは旅行客向きで,「あいにくの雨でご覧になることはできませんが」と前置きしながら岩手山や小岩井農場などを案内していた.車窓の景色には恵まれないまま,33分間の「こまち」初乗車は終了.9時57分,田沢湖駅到着.

田沢湖駅はガラス張りの新しい駅舎だった.それでも秋田新幹線の開業の際に建てられたものだから10年になることは後で知ったのだけれど,私の眼にはせいぜいまだ2,3年しか経っていないように見えた.幸い風は少し強いけれど雨はまだ降ってきていなかった.岩手から秋田へ県を越えることで,また少し台風から遠ざかったのかもしれない.それでも空は暗く,いつ降りだしてもおかしくない様子だった.



6. 田沢湖畔・玉川温泉
田沢湖駅からは鉄道にはしばし離れてバスでの移動となる.出発前にある程度時間は調べてあるものの,見知らぬ土地でのバス乗車は乗り場を間違えやすいので慎重に行きたい.駅の中にバスの案内所・乗車券販売所があり,私と同様に先ほどの「こまち」でやってきたと思われる旅行客があれこれ聞いていた.私の乗ろうとするバスの発車まで時間があと数分に迫っていてやきもきするも乗車券は買えて,問題なく乗車.乗ったのは10時12分発の羽後交通の田沢湖駅発乳頭温泉行きバス.目的地の玉川温泉へ行くバスもこの駅前から出るものの,まだ時間があるのでそれまで田沢湖畔で過ごすことにした.

 

バスのなかで観光客が「温泉の偽装が云々」という話をしていたので思い出したのは2004年の長野県白骨(しらほね)温泉の入浴剤使用事件.あのとき使われてたのは「草津の湯」の入浴剤だったけれど,乳白色の湯という点では乳頭温泉も全国ベスト3に入るほど有名.あの入浴剤の白い色の湯が天然に湧いてきているとなれば客はじゃんじゃん来るんだろうな,と思う.だけど天然であるがゆえ,白骨温泉の場合は数軒で色が薄くなってきてしまったため,客が減ることを恐れての「犯行」だったんだよなあ.今回の旅では乳頭に行こうか玉川に行こうか,できれば両方行きたいと思いながらも乳頭温泉のほうを断念.バスは10数分で田沢湖畔に到着.

バス停は遊覧船のチケット売り場のそばに着き,一緒に降りた10人近くの客のうちいくらかは遊覧船に乗るようだった.私のここでの持ち時間は1時間15分あり,遊覧船の所要時間は40分だけれど次の遊覧船の時刻は11時ちょうどでバスの時間にタッチで間に合わない.というところまできっちりネットで調べてあったので私は遊覧船に乗る予定はなかったものの,その事務所のなかの年配のオジサンがオモテへ出てきていて,「本日,遊覧船の運航は台風の影響で次の11時の便をもって打ち切りになります」というような旨の案内をしていた.



田沢湖は水深が423メートルと日本一深い湖だけれど,もちろん湖面を眺めただけではそんなことを感じ取ることはできなかった.ただ,湖畔の雰囲気も含めて,田沢湖に次いで深い北海道の支笏(しこつ)湖に似た印象を受けた.田沢湖には戦前までクニマスというヒメマス(チップ)に似た陸封型のサケの仲間がいたものの,玉川の水を田沢湖に流すように変えたところ水のpHが酸性化して絶滅してしまったということだ.その玉川の源となっているのが玉川温泉で,そこではpH1.2という塩酸並みの水が大量に噴出している.私はこれからそれを見にいこうとしている.

湖畔のみやげ物屋は団体旅行向けという感じで広々としている.秋田蕗と比内鶏の見学コーナーがあって,どちらも初めて実物を見た.秋田蕗は江戸時代に広く知られるようになった高さ2メートルほどのフキで,もちろん食用.道民としては足寄の螺湾(ラワン)蕗の3メートルにもおよぶ高さのインパクトを知っているので「まあ,普通のフキよりは大きいかな」くらいの印象だった,ごめんなさい.でも秋田蕗のほうが由緒はあるわけで.

比内鶏は名古屋コーチン,薩摩軍鶏(シャモ)と並んで日本三大地鶏と称される地鶏で,秋田の郷土料理きりたんぽ鍋といえば比内鶏のスープがなければ始まらないわけで.ちょうど1週間前に卵が孵ったところで,比内鶏のヒヨコを見ることができた.



みやげ物屋の中のテレビでは台風情報が流されていて,台風の影響で東京-名古屋間の新幹線が運転見合わせになっていることを知った.少し早いけれど朝食も兼ねて食堂で比内鶏の親子丼を食べた.バス停には定刻11時31分から4分遅れて羽後交通の八幡平頂上行きがやってきた.

バスの乗客は13人で,そのほとんどが2人旅.見たところ温泉目当てと登山目当てがはっきり分かれてみてとれた.バスはひたすら山奥へ向けて国道341号を登っていく.途中,玉川ダムに関して玉川毒水の中和施設だとか,ダム建設で村が沈んだことなどがバスの自動放送によって流れていく.これは観光バスのような演出でなかなか良かったのだけれど,帰り道でも同じ案内を聞かされることになるのを何とかできないものかなあ.

玉川温泉は国道からだとかなり谷を降りた場所にあるものの,バスは狭い道を降りて宿の前に止まってくれる.しかしバス1台でほぼいっぱいになってしまう細い道の脇には自家用車用の駐車場へ入ろうと並んでいる車が止まっており,しかも急な坂でカーブもきつい.センチメートル刻みのドライビングテクニックで少しずつ降りてゆくので,乗っているだけのこっちまで息がつまる思い.

幸い天気はふもとよりも良く,風も強くなく,日が差していた.温泉の前に,まずは源泉付近の遊歩道を見学することにした.ここ玉川温泉の源泉は温泉だけでなくガスも噴出していて,地熱による天然の岩盤浴ができる.また,ここの岩石は「北投石(ほくとうせき)」と呼ばれるラジウムを含むものであることから,その放射能がカラダに良いと多くの人に信じられている.その情報源の大半は怪しげであたかも素晴らしいものであるかのようにわざと誤認させるものが多いので,私としては注意を喚起したいところである.



(左)地熱により植物の生えていない源泉付近.(中)遊歩道脇の岩盤浴用のあずまや.あずまやは人がびっしりで,入りきれない人々がそれ以外の場所にも陣取って岩盤浴している.(右)硫黄で黄色くなっているところに噴出孔があって,ガスが噴き出ている.



岩盤浴の際に横たわる際にはゴザがあると良いらしく,主に湯治が目的で来ている宿泊客のために宿にはマイゴザ置き場が用意してあるほど.これは,硫黄のニオイがゴザに移ってしまうので客室への持込を禁じているためのようだった.玉川温泉の毎分9,000リットルものお湯は単一の源泉から自噴している.これは単一の源泉としては湧出量日本一.温度も98℃とグラグラ沸きたった湯がボコボコ湧いている様は非常にエネルギッシュで,ついじっと見つめていたくなる.流れ出るお湯でできる川は沈殿した硫黄のレモンイエローとエメラルドグリーンの水で,なにやら現実離れしたような色合いにも見えてくる.

いよいよ大浴場に入る.中も客でいっぱい.浴槽の種類も多く,「源泉50%」だとかそれぞれの浴槽に書かれている.なにせ強酸性の玉川の湯は身体にかなりの負荷がかかるので,ゆっくり浸かるにはうすめないとならないほどなのだ.湯船に浸かるとすぐに肌がピリピリしてきた.傷口なんかあったら絶対長湯できないと思う.打たせ湯はピリピリ感が少なくて良かった.箱湯という1人用湿式サウナみたいなものは首だけを箱から出して座った姿勢で全身の蒸気浴ができる.浴室内には飲料用の湯もあり,そのままで飲むと歯が溶けるとか,1日の適量は何十ミリリットルで何倍に薄めて飲むべしだとか,たくさん注意事項があった.そのため小さい紙コップで源泉をとり,水道水で薄めて飲んでみる.…まるでレモンだ.飲んで美味しいものではないけれど,とにかくここのお湯が間違いなく強い酸性であることを思い知らされた.最後に「源泉100%」という最もデンジャラスな浴槽に浸かると,確かに明らかに50%のときよりお湯が凶悪な気がする.しかもうかつにもタオルで顔を拭いてしまったせいで,眉毛のあたりがヒリヒリしてつらい.1分持ったかというくらいの短さで出てしまった.

私の温泉の流儀としては温泉の効果を持続させるために最後はシャワーで温泉を洗い流さないようにしているのだけれど,玉川温泉ではそれは禁忌(脱衣場に書いてある).よく洗い流して風呂から上がったものの,右目のまぶたのあたりが赤くなってしまっていてひりひりしていた.温泉で負傷するなんて,初めての経験だった….

こんなにも「痛い」温泉なのに,ここでの湯治の予約は何ヶ月も先までいっぱいであるという風評も嘘ではなさそうなほど人でごったがえしている.それは,この温泉が「癌に効く」と評判だからだ.何冊も本が書かれ,がん患者のメッカのような場所になっている.岩盤浴は放射線,湯はホルミシス効果で相乗効果があると言う者もいるようだ.そして数多くの「宣告された余命よりも長生きできました」という体験談….余命を聞かされると自分の生きられる現時点での最大限の値だと思い込む人がいるけれど,あれはあくまで平均値だし,医者だって自分の経験の範囲で答えているにすぎないわけで,宣告された余命よりも長く生きられる人はたくさんいるのだけれどね.今のところ温泉施設自体は全うな商売をしているようだけれど,この風評を利用した高額な商品を勧める詐欺には十分注意が必要だと思う.

温泉からあがってもまだ帰りのバスが来るまでに1時間以上あったのでホテルのロビーで明日の計画を具体的に検討.さらに,目的のバスの前に花輪駅行きのバスが来ることがわかったのでこれをうまく使えないかあれこれ検討してみたものの,今日のチェックイン時間に間に合わなくなってしまうので結局断念.ロビーではNHKがウィンブルドン総集編を流していて,それがなぜか印象に残っている.

15時54分,先ほど来るときに乗ったバスが終点から折り返してきた便に乗車.来た道をひたすら戻る.天気はふもとのほうが悪く,あともう少しで田沢湖駅というところでとうとう雨が降り出した.17時16分,田沢湖駅前終点で下車.

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2007-09-17 5章初稿
2007-10-21 5章修正
2007-10-21 6章初稿