第1話
「新たなる闘い」
「まったく、あいつらは…」
ぶつぶつと口から漏らしながら、彼は競歩とも早走りともつかない歩き方で、家路の途に就いていた。
彼の名は北沢…う〜む…下の名はまだ…
「わるかったなっ!!」
誰に言うでもなく、北沢くんは叫んでいた。
その怒りの矛先を、丁度目に止まった「進入禁止・自転車を除く」の標識の支柱に、ローキックでぶつける。
げしっ!
僅かに折れ曲がった標識を見て、少しは満足したのか、彼はまた歩きはじめた。
説明しなければなるまい…
今日は高校1学期の終業式も間近に迫ったある日…彼は、美琴と一緒に「楽しい下校のひととき(笑)」を楽しむつもりだったのだが、
終業式の後、彼が美琴に声を掛ける前に、鈴希と雪彦が美琴を拉致(笑)して、「100メートル9秒というオリンピック級のスピード」で帰ってしまったのである。
すぐにその跡を追ったのだが、既に影も形も無かったのであった…当然、彼は相当ヘコんでいた。
「…俺を置いていくなっての!!」
まだ言ってるし…未練がましいぞ、北沢くんっ!
そして彼は、悶々とした気分を変えるべく、駅前アーケードへと歩を向けたのだった。
彼は、手始めにマ○ク(関西ではマ○ドか…)に寄り、ジャンクフードで腹を満たした。
次に、腹ごなしにキャ○ットハ○スに入る。迷わずガンコンを手に取り、「必殺の0.1秒」の早業で「アキュラシー100%・ノーミスクリア」し、ギャラリーを沸かせる。
彼がガンシューティング物に執着する理由は、推して測るべし。
参考までに、彼はゲーム中にこんな台詞を叫び続けていたと言う…。
「負けねぇ…負けねぇっ!! 俺は高原なんかに負けやしねぇっ!!」
「ゼロの領域」なら、ノーミスでクリア出来るだろうが、神経がボロボロになるぞ、北沢くん…。
溜まったストレスを程々に解消し、「ゾ○ダー化を免れた」彼は、今度こそ家路に就く。
歩みを進める度に、駅前の喧騒が次第に消えてゆく。そして住宅街に入り、夕暮れと静寂の中、彼は更に歩を進める。
しばらくすると、普段通学で見慣れている公園が見えてきた。
北沢くんが小学生の頃、美琴がゴーレムから助けてくれた、あの公園…
「……」
「……」
まだ数人子供がいるらしく、よく聞き取れないが声が聞こえてくる。早く帰れよと内心思いながら、彼は公園を通り過ぎようとしていた。しかし…。
「テメエ見てるとムカツクんだよっ!」
「いや…痛い…やめて…」
「いいぞ!やっちまえっ!」
その声が耳に入り、彼の足がピタリと止まる。彼の脳裏に、小学生の頃、美琴にしていたおぞましい行為がフラッシュバックする。
彼は無我夢中で、その声のする公園へと駆け出していた!
すぐにそれとおぼしき小学生の人垣を見つけると、手にした学校指定革鞄(8キロ鉄板入り・腕力鍛錬仕様)を振りかぶる。
「やめろおおおおっっ!」
首謀格のクソガキを本能的に察知した彼は、ブンと遠心力をピーク値にまで高めたそのカバンを、そのクソガキに狙いをつけて投げつけた。
ドカッ!!
「ぐえっ!」
見事にカバンが命中し、クソガキがぶっ倒れる。
まわりではやし立てていた三人の取り巻きが一瞬ひるんだが、流石は小学生モラトリアム、徒党を組んでいる時は俄然強気な態度をとる。
「何だよ!ヤルのか?コラッ!!」
これである…。 俺が現役の頃はもう少しマシだったかも…と、ちょっと感慨に耽ってしまう北沢くんであった。
「痛ってーな!警察呼ぶぞ!コラッ!」
カバンの直撃を受け、こん倒していたボスガキが目を覚まし、精一杯の威嚇をする。
しかし、その道のプロ(笑)である北沢くんは、眉ひとつ動かすことなく、その言葉に対処した。
「ほう…じゃあ呼んでもらおうか…」
その台詞に、ガキどもがたじろぐ。 最後の切り札(笑)が通用しないと見るや、クソガキどもは実力行使に打って出た。
「クソッダラァァウォッ!」
クソガキ四人の同時かつ多面的な攻撃をヒラヒラとかわし、彼は容赦なく、拳をクソガキどもの急所へと次々に打ち込む…。
ドカッ!バキッ!ベキッ!ボキッ!…
コマ数にして3コマ(笑)で、クソガキどもは地に突っ伏していた。
「まだだ!苛められた者の苦しみはこんなモンじゃ…」
がしっ…
ノル・アドレナリンが煮えたぎった北沢くんの腕に、華奢な腕がすがりついた。
「もういいんです…もう…やめて…下さい…」
「あ…」
北沢くんは、自分の腕にすがりついてすすり泣く声の主を見た。ついさっきまで、クソガキどもに苛められていた女の子である。
彼は、クソガキどもを成敗する事に集中していて、その存在をすっかり忘れていた。
よく見ると、整った顔立ちと、おさげに丸メガネの…そう、小学生の時の美琴とどことなく似た、清楚な雰囲気を持った女の子であった。
「いや…君が…そう言うんだったら…でもな…」
「はい…」
澄んだ声で素直に返事する女の子に、北沢くんは明らかに照れていた。 その姿が、否が応にも美琴とダブって見える。
「嫌なら嫌だって…ハッキリ言ったほうが…」
ドゴォンッ!!
女の子を諭す北沢くんの声を遮って、耳を劈く爆発音が駅前方面から響き渡った。
「何だっ!?」
夕陽も暮れかけた薄暗い空を、爆発による炎が赤々と焦がす。
ドンッ!ドンッ!!ドンッ!!!
次第に爆発が近づいてくる。その正体を見極めんと、北沢くんは闇と炎の狭間へと目を凝らした。
ドドンッ!
次の爆発光の中に、彼と女の子は飛び交う四つの人影を見つけた。
黒いフードを被り、黒いマントを羽織った小さな人影…そして、彼がよく知っている三つの人影…。
「あ…」
「あいつらっ!」
そう、魔女っ娘戦隊パステリオンである。彼女たちは今、新たなる敵と闘っていたのだ。
そして、敵であろう小さな人影が、北沢くんたちの上空に静止する。そして、なにやら呪文らしき言葉を唱え始めた。
その人影の足元に、六亡星の円周に呪文を描いた、典型的な魔方陣が浮かび上がる。
「お兄ちゃん!」
女の子が北沢くんにすがりつく。 彼の腕に、未知の恐怖に怯える彼女の震えが伝わってきた。
「大丈夫だよ…正義の味方は負けやしない!」
彼は、女の子の頭にポンと手の平を置いた。
「は…はい…」
彼の言葉に少しは落ち着いたのか、女の子の震えが少しばかり和らいだ。
…下手に動けば、あいつらの闘いの邪魔になる…。
そう思った北沢くんは、きっとその闘いを見守り続けた。
敵と距離を取って、鈴希たちパステリオン三人は公園外の路上へと着地する。
「ブルー!イエロー!力を貸して!」と鈴希。
「まさか…あの技を使うつもり!?」と雪彦。
「危険よ!すーちゃん!」と美琴。
「でも…アイツを倒すには…それしか無いっ!!」
鈴希の決意は固かった。彼女の性格を熟知している美琴と雪彦は、やむなく彼女の言葉に同意する。
「分かったわ…すーちゃん!」
美琴がマジックアイテムを取り出す。
「無茶しちゃダメだからね!」
雪彦もクサナギ・ブレードを構える。
二人のマジックアイテムが、それぞれ黄色と青の魔力の光を帯び、その光が最も強く輝いた瞬間、鈴希は空高くジャンプした。
「力を一つに!」
雪彦が、高めた魔力を鈴希へ打ち出す。
「魔力を一つに!」
美琴も同じく、魔力を鈴希へ打ち出す。
「心を一つに!」
跳躍中の鈴希の胸のエンブレムが真紅に輝き、両腕を胸の前で交差させる。
「ヘルッ!」
鈴希が右腕を開き、手の平で雪彦の魔力を受け取る。
「アンド…」
次いで、左腕を開き…
「ヘブンッ!」
左の手の平で美琴の魔力を受け取り、二人の魔力で両手が光り輝く。 胸のエンブレムがさらに光を増し、鈴希は空中で静止した。
「ギム・ギル・ガン・ゴォウ・グ・ゴォウ!」
呪文と共に、鈴希が両手を組もうとする。両手の間に、二つの魔力がまるで放電するかのようにほとばしる。
「ふゥんっ!!」
両手が組み合わさり、鈴希の身体が光に包まれる。 同時に、一つになった三人の魔力の光が鈴希の身体から放出され、その光の渦は、敵の人影を呑み込んでその身体を拘束した。
「はああああっ!!」
叫びと共に、鈴希の背中に光の翼が現れ、さらに…
「たあああああっ!!」
翼が光り輝き、鈴希は組んだ両手を突き出して、敵に向かって急降下するように突進する。
「せりゃああああっ!!!」
三つの魔力を合わせた渾身の必殺技が、まさに敵の身体にブチ当たった、その瞬間…
…ニヤリ…
被ったフードの奥で、敵の口が僅かに笑ったのである。
「…っ!!」
鈴希がそれに気がついた瞬間、敵と鈴希の間に物凄い閃光がほとばしった。
「伏せろ!」
その様子を見て異変を感じ、北沢くんが女の子に覆い被さるようにして、その身を地に伏せた。
ドゴオォォォンッ!!!
閃光、そして爆発…その爆風が、北沢くんたちを容赦なく襲う。 爆風が止み、彼はその身体を静かに起こす。
「怪我は…ないか!?」
「はっ…はい…」
その身を案じる彼に、耳まで顔を真っ赤にした女の子が答える。 いまだに女の子を押し倒した格好になっていることに気づいた北沢くんは、身体を素早く女の子から引き剥がした。
ドサッ!
いつの間にやらラブラブモードになっていた二人に、水が差される。 何かが近くの茂みに落ちた事に気づいた北沢くんたちは、それを確認しようと近づいた。
「!?」
「天寺っ!!」
彼らの目の前に、気を失い、変身の解けた鈴希が横たわっていた。大した外傷は見当たらなかったが、身に着けていた制服はボロボロであった。 その横に、小学生位の男の子が、同じくぼろ雑巾のような姿で気を失っている。
「あ…」
女の子の声に、北沢くんはその視線の先に目をやる。
鈴希の手からこぼれ落ちる赤の宝珠。 しかし、その色は限りなく黒く濁っていた。
バキッ!!ピキピキッ!!
その嫌な音と共に宝珠の一部が砕け散った。
多次元SS潜水艦へ戻ります。