第二話
「敗北…そして」
「おい、天寺!しっかりしろっ!おいっ!」
膝を着き、鈴希を抱き上げた北沢くんが、彼女の身を揺さぶる。 幸いにも息があり、内心ホっとする。
「すーちゃん!すーちゃ〜〜んっ!」
墜落した鈴希を探し、美琴と雪彦の二人が、公園に入ってきた。二人とも天身が解け、元の制服姿に戻っている。
「美琴!ユキ!こっちだ!」
二人を見つけた北沢くんが叫ぶ。気づいた二人が、北沢くんの元に急いで駆け寄る。
「北沢くん!」
美琴が、鈴希を抱きかかえた北沢くんを見る。
「すーちゃん!よかったーっ!」
鈴希の無事を確認し、雪彦が安堵の息を漏らす。
「全然良くねえっ!あれを見ろ!」
北沢くんが、その視線を砕けた宝珠へと向けた。
「…っ!」
「なに…これ…」
それを見て、驚きを隠せない美琴と雪彦。たまらず美琴が、その砕けた宝珠のそばに駆け寄る。
「それって、『変身』する時に使うヤツだろ?それがこんなになっちまったって事は…」
鈴希を雪彦に預けて、北沢くんが美琴に問う。
「たぶん二度と…パステリオンには…」
涙を浮かべ、砕けた宝珠と四散したそのカケラを拾い集めながら、美琴が答えた。
「この子は?」
鈴希をおぶった雪彦が、気絶した男の子を見て北沢くんに問いかける。
「わからねえ…鈴希と一緒に落ちてきたみたいだ…どうする?」
その時の状況を、かいつまんで説明する北沢くん。女の子が、その男の子の様子を心配そうに見ていた。
「どうするも何も、放っておく訳にはいかないでしょ…」
美琴が宝珠をハンカチに包んでポケットにしまい、気絶して横たわる男の子の身体を起こして、その背中に背負う。
「美琴…おまえ…」
甘さを指摘しようとした北沢くんは、寸での所でその言葉を飲み込んだ。
「ところで北沢、さっきから気になってたんだけど…」
ニヤけた顔をした雪彦が、北沢くんに問う。
「なんだよ。」
ぶっきらぼうに、それに応える北沢くん。
「その女の子、誰?」
「へ?」
北沢くんは、自分のシャツの端を掴んで、じっと自分の顔を見ている女の子に気づく。身長差も手伝い、女の子は、北沢くんに丁度上目使いをする格好になっていた。端から見れば、ラブラブに見えても仕方が無い。
「そーか…やっぱりアンタはロリ…」
「うるせえ!お…おれはこの子が苛められている所に偶然通りかかって…」
「そう…でも、そのいじめっこは何処にいるのかしらねぇ?」
茶々を入れながら周りを見渡す雪彦。北沢くんも、ノシたはずのクソガキ共を視線で探す。しかし…
「あのガキ共、いつの間に…」
そう、クソガキ共は既に逃亡した後だった。流石は小学生モラトリアム、引き際と逃げ足だけは見事である。
「それじゃ北沢くん、私たちすーちゃんを家まで送るから…」
「その子をちゃんと送るのよ!」
鈴希と男の子をそれぞれ背負った雪彦と美琴が、その場を去る。少し離れて、ふと雪彦が立ち止まり、
「とち狂って襲うんじゃないわよっ!」
と北沢を冷やかす。北沢くんは顔を真っ赤にして、
「するか!お前と一緒にすんなっ!」
と反撃した。
今度こそ本当に二人が立ち去る。その姿が、段々と闇に溶けていった。それを心配そうな表情で見送る北沢くん。
「あの…」
女の子が北沢くんに話しかける。
不安げな顔をする彼女に北沢くんは、自分のシャツを掴んでいた手をそっと握った。
「大丈夫…ちゃんと送るから…」
女の子の手が、北沢くんの手をぎゅっと握り返し、
「はい…」
と澄んだ声を返す。その顔は、わずかに微笑んでいた。
「あ…えーっと…お家はどこなのかな?」
あからさまに、思いっきり照れる北沢くん。やはりロリ属性なのか?
「えーと…」
北沢くんと女の子はお互いの手を握り締めたまま、ゆっくりとした歩調で公園を後にする。彼らが闇に溶け込む刹那、女の子が、その身を北沢くんにもたれるようにして寄り添う姿が、ちらと見えた。
「ユキちゃん…おばさまに何て話そうか…」
「そうね…」
口調も重く…歩調も重く…そして何よりも…
角を曲がり、見慣れた町並みが見えてきた。二人の視界に、鈴希の家が目に入る。その玄関や居間からは、鈴希の帰りを待つ明かりが煌煌と燈っていた。
ピンポ〜ン…
雪彦が呼び鈴を押す。程なくして、
「は〜いっ!」
パタパタとスリッパの音が玄関へと近づいてくる。そして、鈴希の母、天寺鈴美が玄関のドアを開いた。
「あら、雪彦くん、月夜さん!みんな待ってたのよ!さ!上がって上がって!」
「あ…あの…」
「みんなって…」
鈴美に促され、その言葉の意味が呑み込めないまま、雪彦と美琴が家へ上がる。勿論、鈴希たちを背負ったまま…
そのまま居間へと通された二人は、思わず声を上げた。
「お母様!?」
「お母さん!?」
雪彦と美琴の目の前に、二人の母親、裾野王姫と月夜碧がちゃぶ台を囲んで座っていた。
王姫がお茶をズズッと啜ると、
「そんなに意外だったか?雪彦…」
と、雪彦を一瞥した。
「みんな見てたのよ、今日の闘い…」
碧が湯呑みを置きながら、美琴を見る。
「そして…これからの事を考えねばならんな…」
太く、自信に満ちた声が、二人の背後から響く。その聞き覚えのある声に、二人は振り向いた。
「伯父さま!」
「久しぶりだな、二人とも…」
美琴が『伯父さま』と呼ぶ人間は唯一人…そう、あの『発明おじさん』が、二人の目の前に立っていたのだった。
多次元SS潜水艦へ戻ります。