世界創作講座・実践篇
−−−ゼノスケープへの道
『架空世界研究所』も創設一周年が過ぎた。当サイトを訪れてくださった皆さんに改めてお礼を申上げます。これからもよろしくお願いします。
さて、かねがね気になっていたことがある。架空世界の研究を掲げながら、まだ世界創作についての研究成果を報告できていないことだ。あえて言い訳するならば、開設早々に架空世界の構築を受注してしまい、研究がおろそかになっていた次第。トップページでも紹介している『輪廻戦記ゼノスケープ』がそれだ。
そこで本作を例にとり、架空世界構築のノウハウについてのあれこれを書き綴っていこうと思う。とりとめもないメモになりそうだが、まとめるのは後日ということで、できるだけ毎日書いていこうと思う。
第一夜 架空世界の二類型
小生がこれまで構築に携わってきた架空世界は、大きく二つに分けられる。
1.現実世界とは無縁の異世界:『ローズ・トゥ・ロード』のユルセルーム、『サテライト・ジェネシス』の第三惑星系など
2.現実世界に重なる異世界:『蓬莱学園の冒険!!』、『鋼鉄の虹』、『白狼伝 マジカル・スーパー・チャイナ』など
ファンタジーに例えるなら、前者がハイ・ファンタジー、後者がロウ・ファンタジーということになる。
どちらも想像力によって作られた異世界であるが、共通することが一つある。それは人間の社会が存在することだ。少なくとも、人間的な知性が主人公となる世界であることは間違いない。
理由は言うまでもない。架空世界は物語られるためにあり、物語は人間のためにあるからだ。およそ人間の思考の理解を絶する、置き換えられない思考や価値観を持つ知性体の社会は(SFの思考実験としては楽しいが)、感情移入のしようもないし、だいいちこれでは商売にならない。
従って構築されるのは「現実とは異なる環境下の人間社会」または「異物によって読み替えられた現実の人間社会」となるはずだ。
異世界における人間社会という、ハイ・ファンタジー的な世界設定については「ユルセルーム学会」でその方法の一端を開示してある。
どの異世界にも核となる(売りになる)イメージが存在する。それは神話であったり、魔法であったり、生態系やテクノロジーだったりする。そこに習い覚えた歴史学はじめ社会科学の方法論を当て嵌めて、ディテールを考察していくのだ。
もちろん時代背景や文明により、人間の価値観は大きく異なる。乳児死亡率が半数に達し、平均寿命が四十歳にしかならないようなところでは、現代人の思考や価値観は説得力を持たないだろう。それでも、人間には種として共通の欲求があり、行動パターンがある。従って偏差を考慮に入れながら、その世界なりの社会や経済を練り上げていけばよい。
この辺は本格的に論じると大変なことになるので、それこそ後日のためにとっておこう。
ゼノスケープは現代を舞台にした転生者のドラマだ。つまり「読み替えられた現実世界」の方に属する。こちらでは核となるイメージ「転生者」によって、いかに現実世界を読み替えていくことが作業の中心になる。
そこでどう読み替えていくかだが…それはまた明晩ということで。
第二夜 世界のセメダイン
ハイ・ファンタジーとロウ・ファンタジーの作品世界は、異なる方法論によって作品世界を構築していることは前回述べた通りだ。
ユルセルームのようなハイ・ファンタジー世界では、歴史学や文化人類学の目で異世界を読み解くことで、新たなディテールが発見される。その作品世界ならではの地肌を比較論的に浮かび上がらせ、深みと厚みのあるレリーフを作り上げるのだ。
このディテールは世界の様相というだけではない。えてして類型的なキャラクターを個別化し、彼等の動機づけや倫理観に背景を与え、その世界ならではの存在感を持たせることができるのだ。
さて『輪廻戦記ゼノスケープ』の場合、舞台となるのは現代日本、社会のディテールや人間の持つ価値観は、我々のそれである。
こういう作品世界の構築は、ちょうどハイ・ファンタジー的世界とは裏返しの構造をしている。実在の世界を、コアとなるコンセプトによって読み直すことになる。「異なる視界=ゼノスケープ」というわけだ。
ハイ・ファンタジー世界のディテールが、具象的かつ常識的な論考によってペダンティックに「ディテールを積み重ね」るのに対して、こちらは妄想的ですらある。コンセプトに沿って世界を強引に読み替え、現実世界の事象を引っ張り込み、「ディテールをくっつけていく」のだ。従って世界の構築者は、コンセプトに沿った「秘密の法則」を見つけ出し、「秘密の陰謀」を作り出すことになる。
さあ、これでアプローチが決まった。この瞬間から頭脳と気力をフルチューンし、バリバリ毒電波を飛ばす作業が始まる。
『輪廻戦記ゼノスケープ』のテーマは「転生者」だ。古代の邪神やら超能力やらと同様、ヤングアダルト系小説やコミックの定番とも言えるシチュエーションである。
もっとも転生者の扱いは作品により非常に幅がある。ようはそれだけ表現者が器に盛りやすい「定番」なのだろう。だが不特定多数のプレイヤーを前提としたテーブルトークRPGの場合、それらの幅を最大限に受容しつつ、オリジナルとしての「深み」を持たなくてはならない(「深み」とはマスターが独自のシナリオを作れるフックとしての、という意味である)。
「幅」に関して言えば「超古代文明」と「霊的神秘主義」という、最大公約数的なお約束を前提とした(異論があるなら二つとも欠いた転生物を上げてごらんなさい)。ただし超古代文明がムーやらアトランティスではありがちだし、それ以外の謎の大陸を使えなくなってしまうので、もうちょっと年代を下げて起源を白亜紀に設定した。……わかってますわかってます、人間なんかいませんよね。でも恐竜がいたから、それでいいんです。
もう一つの作品の味付けとして、ゼノスケープや超古代の遺産を包括的に説明する軸に「地脈エネルギー」をもってきた(地脈と転生の関連性には一応の説明をつけているが、それについては ゴニョゴニョゴニョ)。
さて、この辺の話は転生と超古代史という時間線の話、いわば世界の縦軸である。横軸としてはPCを巻き込んだ抗争の構図だ。それがPCの敵「光の使徒」というわけなのである。
第三夜 裏返す冒険
ゲームというものは、ルールにより洗練された闘争の一形式だ。そして人間が生命を賭して身を投じる闘争が「冒険」である。
異世界を舞台とするゲームの場合、敵が明確に決められていないことが多い。それは異なる環境で生きることそのものが冒険だからだ。キャラクターは世界そのものに対して闘争していくのであり、用意されたモンスターはその環境の一環である。従って、キャラクターの個性や行動に応じて、小はこそ泥から大は魔神まで、多様な敵を設定することができる。
これが現代社会、とりわけ日本が舞台だとこうはいかない。キャラクターが冒険に乗り出すための、強烈な動機づけが必要になってくる。キャラクターが命がけの闘争をせざるをえない敵の存在だ。
『魔獣の絆』の場合では、キャラクター自身が人間とは異なる魔物であり、基本的に現実社会と相容れない存在とすることで、この問題を解決している。人間たち、あるいは同類がそのまま敵となるのだ。
さて『ゼノスケープ』のキャラクターは常人とは異なるが、世界に敵対しているわけではない。事件に遭遇しさえしなければ、平々凡々と生きていくことができるはずだ。ところがそうはいかないのは、この世界全体がくるりと敵対的な異世界に引っくり返るという性質を持っているからなのだ。その結果、キャラクターはあっという間に異常空間(ゼノスケープ)やドリームに呑み込まれ、生き残るためもがくことになる。
このスイッチの機能を果たすのが「光の使徒」たちである。彼らはキャラクターに対する、世界の悪意そのものなのだ。
「光の使徒」たちは、『ゼノスケープ』の妄想的世界の申し子だ。それらは超古代文明とか、サイキック現象とかいうゴタクに絡めて登場する、たちの悪い妄想を具現化したものと言ってよい。
作品世界の基本軸にあるのは、前回も触れた「超古代文明」と「霊的神秘主義」というベーシックな幻想だ。これはあくまで最大公約数的なものである。ところが「転生者」一つとっても、マスターやプレイヤーの連想する作品は様々なものがあるはずだし、期待する物語にも様々なパターンがあるだろう。この辺の温度差は微妙なものがあり、どれか特定の転生物に絞り切ることは難しい。
そこで「光の使徒」は、妄想の方向性に応じて複数の集団を用意することにした。彼等はその方向性に応じて強烈な個性を持っている。ゼノスケープに視点を置けば、この作品は「光の使徒」の結社ぶんの小世界を内包する、多元異世界ファンタジーと言ってもよいだろう。マスターは自分の語りたいドラマの色合いに応じて、都合のいい結社を登場させればよいのだ。
そこで、今度はどういう結社を用意するかという選別と、それを基本設定とどう交叉させるかという話になる。
第四夜 ようこそ秘密結社
公式サイトの公開から一週間、TRPG.NETにゼノスケープ雑談所が設置され、2chでネタにされるなどそろそろ反応が出始めている。有り難いことです。感謝感謝。
ところでそのxenoscape.netだが、一部でアクセスできないらしい。なぜかというとCyber Patrolから「有害指定」を受けているからだ。
どーゆーことかわからんが、そーなると佐々木亮先生のイラストが18禁指定扱いになったり、文部省の審議会から「青少年に悪しき感化を与えるバーチャル・リアリティ」として指弾されたりして。するとスタッフもユーザーも地下に潜って、こっそりセッションするようになるんだ、うん。それもこれも「光の使徒」が手を回したからに違いない。
……などと毒電波を受信してる場合じゃないな。
話を戻す(いきなり司馬遼太郎調)。
『ゼノスケープ』がオカルトや神秘思想をネタにした世界であることは既に述べた。
「自分とは何なのか」という哲学的探求が神秘主義の源にある。しかしそれは時として、ひどく安直な妄想を生み出しやすい。
『ゼノスケープ』はこうした俗流オカルトを茶化している面がある。「輪廻転生」という観念を実体として前提にした瞬間、その思想性は逆転し、ことは現実のパワーの獲得と優位の独占という、極めて俗な問題と化してしまうからだ。だから、神秘主義的な観念形態を実体とする「光の使徒」たちは、現実にある神秘思想ではなく、オカルトに関わる妄想を具現化した存在と言えるだろう。彼らの本質は、ファッションとしてのオカルトにねづいたキッチュな権力意志の発現なのだ。だから彼らは現実を越えた彼岸を求めるのではなく、現実を自分たちの幻想にくるめようとする。
だから彼らの幻想の拡張を撃砕し、現実に回帰することがPCの目的と言えるだろう。
このような枠組みからすれば「光の使徒」の性格づけは明らかになってくる。彼らは基本的に、極めてベタな「秘密結社」である。社会の表に隠れ、権力を操りながら支配を目指し、そのための道具を独占しようとする。
「光の使徒」はそれぞれ、東洋魔術や錬金術、吸血鬼伝説やおなじみ黒服の皆さんといった風に、この手の話にありがちな、いかがわしい集団である。また彼らの暗躍は、それこそいかにもといった都市伝説の形で現れるだろう。設定者としては、彼らの奇妙さを強調するため、源初的なイメージに半分ほどひねりを加えてみた。具体的にはここで書かないが、結社関係のキャラクターを見ていただければ、その辺の機微が理解してもらえるのではと期待している。
もちろん「光の使徒」は、PCが明確にイメージできる「敵」として容易されたものだ。基本の設定がベタなだけに、登場させる結社や敵の強弱を調整すれば、ストーリー傾向をコントロールすることができる。学園不思議物もできるし、魔法少女も、秘境冒険物も、ハルマゲドンもできる。そうそう、変身ヒーロー物や巨大ロボット物も。
また藤浪氏のデザインしたシステムは、敵を「光の使徒」だけに限定しないパフォーマンスを持っている。敵を全くの個人としたり、オリジナルの秘密結社を登場させることもできる。それだけの手腕を持つマスターならば、「光の使徒」は作例のヒントと考えてもらってよい。
もちろんPCに関わる組織は敵だけではない。次回はPCの味方について触れてみよう。
第五夜 油断ならない味方
現代を舞台にした『ゼノスケープ』では、キャラクターが冒険に乗り出す立場について、それなりに考えておく必要がある。
高度に組織化された文明社会なのだからして、酒場に行けば仕事が待っている、といった類のものではないし、かといって毎度毎度、前世の因縁(というか電波というか)に呼ばれて事件の場に赴くというのでは、はたから見て気色悪いだろう。
やはり導入方法として一番容易なのは、PCが特定の組織に属している場合だろう。
『ゼノスケープ』ではこのために、「夜明けの戦士」を名乗る転生者の対抗組織が設定されている。PCはこの組織に雇われたエージェントとして、強大な秘密結社と戦うことができる。「夜明けの戦士」はそれなりに資金力と装備を持っているので、世界をまたにかけたアドベンチャーに適しているだろう。ただしPCたちは組織のエージェントなので、上層部から命じられた任務を遂行するという、ちょっと窮屈な立場に置かれる。
しかもこの組織ときたら「光の使徒」と同様に秘密主義なのだ。ひょっとしたらこの組織自体、「光の使徒」の下部組織かもしれないのだ。この辺を突っつくとXファイル的なサスペンスに引っ張ることができるだろう。
こういう窮屈なプレイが嫌ならば、フリーの立場でプレイしてもよい。こういう時には日常生活に起きるささいな事件をきっかけに、キャラクターの職業とからめるとよい。放課後に起きる怪事件に挑む学園生徒ってのは便利な定番だし、職業を生かして超自然現象を取材する三流ライターとか、猟奇犯罪を追う転生刑事とか、雇われた家の陰謀と戦う超家政婦とか、いろいろ設定できる。
もちろん敵は世界規模の秘密結社なので、そこを強調すればヒロイックなシチュエーションも可能だろう。
こうしたフリーな立場でも、やはり協力者がいると心強い。そういう時に役に立つのが『Xネット』だ。ボランティアの情報提供者によるネットワークで、困った時には連絡員や情報屋として(彼らの時間が空いてれば)手助けしてくれる。ただし特殊能力のない一般市民だからして、実際の戦闘の手助けにはならない。彼らから見ればPCは、超能力を持つヒーローなのだ。「Xネット」から助けを求められるというヒキに向いている。そうそう、彼らのアドレスはこちらだそうだ。
こういう風にあれこれ書くとかえって悩むかもしれない。結社はいくつもあるし、キャラクターの立場はフレキシブルだとすれば、縛りがあるのか無いのか、一体どっちだという声が聞こえてきそうだ。
だが設定担当としては「それは貴方次第です」と答えておこう。
世界背景や秘密結社、モンスターやアイテムは、いかにもという定番を少々ひねり、ちょいちょいと毒を効かしたものになっている。それはウェットなメロドラマからシニカルなコメディまで、マスターが味付けできるようにするためのものだ。その中から好きなパーツを組み合わせて、やりたいストーリーをやってくれればよいのである。
いんたあみっしょん お仕事いっぱい、前世もいっぱい
オフィシャルサイトの方でも載っていたが、昨日『ゼノスケープ』をプレイした。マスターは藤浪智之氏、プレイヤーは海法紀光、司史生、百木幸七郎の各氏。
ルールブックに載せたシナリオの確認を兼ねたプレイだったので詳細は省くが、作ったPCときたら……
- 翼の生えた凶悪猫(海法)
- 遠い目をした鉄拳老人(司史生)
- 白く透き通った肌の太った学者(百木)
……という状態。
この面子は、繊細な少年とか夢見がちな少女とか、定番キャラをなぜやらんのだ。
「わしはのう、超古代の生まれ変わりなじゃよ、ずずずず(と縁側で茶を啜る)」
「は、この光景は!…(アイズ暴走)オー皆サン、ソレガシィハァ、おらんだノどくとるデェス!」
「フギャー、パタパタパタ(羽音)」
こういう末期的状態でそれらしく話が転がるのだから、よくできたシステムではないか。
さて、今回のプレイを通して確認できたことがある。
このゲームでは40種類ある職業から、任意の職業をプレイヤーが選ぶことができる。職業は「サラリーマン」「警官」といったものから「老人」「子供」果ては「猫」「カラス」「アンドロイド」まである。
昨日話したストーリーの方向性だが、一旦マスターが方向性を決めたら、職業リストのどれかをプレイヤーに推奨することで、割合簡単に誘導することができるのだ。学園放課後物をやりたければ学生や教師、超古代伝奇物をやりたければ学者やジャーナリスト、といった具合に。
そういうオーソドックスなものが嫌なら、もっと極端なシチュエーションも可能だ。PC全員を「軍人」にして特殊転生部隊のミリタリーアクションとか、医療関連職業を選んでじっくりサイコ・ホラーをプレイすることもできる。他にも任侠物(任侠・水商売・ボディガード)とか、動物ドラマ(猫・犬・カラス)とか…一体誰がやるんだ、そんなの。
ともかく「職業」による方向づけを行うなら、シナリオで方向性を心配しすぎる必要はなくなる。基本プロットはそのまま、職業と敵の結社を変えるだけで、様々な雰囲気にストーリーが展開していくだろう。
同様のことは「アイズ」にも言える。PCの前世の人格である「アイズ」も、様々なデフォルトデータが用意されている。これを組み合わせれば、かなり明確な方向性を無理なく打ち出すことができるはずだ。
もちろん職業もアイズも完全フリーにしておいて、プレイヤーたち自身に方向性を形作らせていくことも可能だ。
『ゼノスケープ』のルールシステムは、そのぐらいの柔軟性を持っているのだ
第六夜 ゲームという名の儀式
JGCウエストに出張ってきました。
関西に行くのは十年ぶりでしたが、小生は本業があるため日曜日に日帰りとなりました。
入場したのは正午で、宿泊参加のゼノスケスタッフは既にセッションの途中。そそくさと挨拶をすませた後、打ち合わせた通りフリースペース卓でマスターをしました。もっとも、時間の都合でやれたのは導入シナリオだけで、デュアルレイヤーシナリオまではやれませんでした。残念、『遥かなる橋;人磨呂のラストバタリオン』を用意してたのに。まあ、この辺はいずれサイトにアップしようっと。
これまではもっぱらテストプレイヤーだったのだが、こうしてマスターしてみると、また違った観点から『ゼノスケープ』のデザインが見えてくる。それはシナリオの組み方である。
『ゼノスケープ』は公式サイトでも紹介されているが、カラフルなスケープカードを使用する。導入部分を受けてPCが行うアドベンチャーの中核部分(ミドルゲームと呼ばれる)は、このカードを並べてマップを作り、その上をPCたちが動いていくわけだ。
従って『ゼノスケープ』のアドベンチャーは、カードを選んで配列を決めるのがシナリオ設計となる。またカードの上で展開されるアクションは、キャラクターがチェスを摸しているように、ゲーム的である。
その一方、これとは全く異なるセッション形態が同時に進行する。PCがかつての前世を想起する「ドリーミング・トゥルー」だ。ここではマップも判定システムもほとんど使わず、大半が対話によって進行する。しかもこちらは「ドリーム」であるため、ストーリーの矛盾はあまり問題ではない。
普通のRPGならば、ゲーム性とストーリー性が互いに衝突したり、システムを重くしたりする。しかしこのゲームでは、現実と幻想という形でそれを分離し、両様のセッションを可能にしている。
また「アイズ(前世の自分)」を導入したことでセッションは「前世を演じるキャラクター」というメタ的な構造を持つようになった。そのためだろうか『ゼノスケープ』は、いわゆるキャラクターロールを演出する類のルールが無いにもかかわらず、ロールプレイの方向性を明確に示すことが可能になっている。
小生はこの辺の割りきりかたが、なかなかスタイリッシュではないかと気に入っている。
このスケープカードとメタ的なセッション構造は、作品世界によくマッチしたものと言えるだろう。
カードによって表現されているのは「光の使徒」が生み出した異界(ゼノスケープ)である。ということは、魔術儀式のための空間なのである。
オカルトに詳しい方からご存知だろうが、魔術儀式とはたいていの場合「本気のごっこ遊び」である。儀式空間は参加者の理解する世界を模している。その中で行われる儀式は、世界がいかなる仕組みでなりたっているかを示す象徴である。そして、その空間の中で象徴的行為を行うことで、ひいては世界それ自体を操作しようというのが呪術の原理だ。
このような呪術儀式はやがて演劇を生み出すことになった。古代ギリシアの仮面劇にしても、我が国の御神楽にしても、それらは神に奉献される供儀であると同時に、宇宙の秩序を摸したシミュレーションだったはずだ。それは当初の呪術性を失いながらも、なお現代まで「人間の生きる世界について人々に開示するもの」という当初の本質を失ってはいない。
もうおわかりだろう。RPGのセッションとは、このようなイニシエーションが世俗化された、極限の姿に他ならないのだ。
『ゼノスケープ』において、世界がスケープカードの配列として示されるのは、それが「光の使徒」の解釈した(或いはしようとしている)宇宙秩序の象徴だからだ。カードを飛び移りながらチェスの駒たちが進める戦いは、それ自体が魔術儀式なのだ。
儀式であるがゆえ、彼らの行動は様式化される。それがこのゲームのルール的な側面だ。だが世界を真の意味で動かすには、定型化されないインスピレーションによって、組み上げられた儀式の様式を覆し組み直すという創造的行為が必要になる。それが「ドリーミング・トゥルー」だ。
だがしかし、チェスの駒たちの儀式は誰のためのものなのか? この闘争を供されるのは、いかなる存在なのか?
おそらくそれが『ゼノスケープ』最大の「秘儀」であるはずなのだが、小生はそれを開示できないし、するつもりもない。「大いなる秘密の真実」は言葉ではなく、行為それ自体のうちに顕示されるべきなのだ。それが儀礼というものの本質なのである。
ユーザーの皆さんは、それぞれの儀式の中で、それぞれの真実を発見していただきたい。
第七夜 儀式を準備する
『輪廻戦記ゼノスケープ』がいよいよ発売された。既に手をとった方からコメントも出てきているようだ。中には手厳しいご意見もあるようだが、これまでの経験に照らすと、賛否両論出てくるのはクリエイターとしては手応えが感じられてあり難いものである。滑り出しとしては、まずまずよい感触ではないかと思っている。
そんな訳で今回は、これから『ゼノスケープ』をマスターしようという方に、世界観を踏まえたシナリオ作成の一例をコメントさせていただくとしよう。
前回述べたようにゼノスケープ・カードを用いるミドル・ゲームは、闘争の儀式を暗示している。魔術的儀式はたいてい「死と再生」をモチーフとするが、それはほの暗い子宮…つまり地下への潜入と帰還、という形をとることが多い。テセウスが迷宮に侵入しミノタウロスを倒したという神話は、こうした宗教儀式が源流と言われる。……なんのことはない。最も神話の純粋形を再現しているのは『D&D』というわけだ。
そこで『ゼノスケープ』だが、組み合わせたスケープ・カードがダンジョンであることは、RPGをやりこんだ方ならすぐ気づくだろう。ミドル・ゲームはゼノスケープという異界への侵入と脱出、という「死と再生」の儀式なのだ。
死をくぐり抜けた英雄は、報償を手に現世へ帰還する(もちろん生還するから英雄なわけで、そこんとこ間違えるとあっさり死体になるわけだ)。
その報償は強力なレリックかもしれないし、重要な役割を担うNPCかもしれない。とにかく「光の使徒」は、それを独占したり、それを用いてゼノスケープ現象を引起こすことになる。従ってPCが果たすべき使命は通常「奪取」「救出」「打倒」「阻止」のどれかということになるだろう。あるいは、それ自体が「光の使徒」による罠だと「生還」それ自体が目的になるわけだが。
使命と報償のタイプが決まれば、シナリオの核になるイメージも固まるはずだ。そこで今度は儀式の場を設計する。目標到達地点のカードを一枚選び、続けてスケープ・カードを並べていく。このあたりで「光の使徒」を決めれば、PCの前に立ちはだかる敵も決まる。
普通はこのあたりで、今回のゼノスケープの雰囲気を考えることになる。どんな非日常を見せたらプレイヤーが驚き、面白がるだろうか。電柱がぐにょぐにょ怪物になるのか、ありもしない過去の亡霊が出現するのか。
もしもデュアルレイヤー・シナリオにするなら、この異界に絡めた形でアイズとドリーミング・トゥルーの概要が決まってくるだろう。ついでに言っとくと、必ずデュアルレイヤー・シナリオをやらなきゃならない訳じゃないし、アイズが有名人でなけりゃならない訳でもない。悩みすぎるとハマるので、ここらの設定はむしろ無節操かつ能天気に構えた方がいい。あれこれ悩んで時間を空費するぐらいなら、モノレイヤー・シナリオに割り切ってしまうことをお勧めする。
こうしてミドル・ゲームを設計したら、儀式の導入部分であるオープニングを準備する。PCと報償(レリックやNPC)の間の接点、予兆となる現象を考えておく。導入は登場する「光の使徒」や異界、ドリーミング・トゥルーの設定でおのずと決まってくるはずだ。
『ゼノスケープ』のシナリオは、こういう手順で大体デザインできるだろう。こういうのはごく一般的なRPGのシナリオ作成法かもしれないが、「儀式」と言う視点で割り切ってきると、意外に考えがまとまりやすいんじゃなかろうか。
そのうちダイスを振ってプロットをでっちあげる「シナリオ作成チャート」も公表したいのだが、それはまたいずれということで。
第八夜 使徒たちの舞台
『輪廻戦記ゼノスケープ』のセッションが持つ儀式的構造については既に述べた。そこでこれを『ゼノスケープ』の背景世界にひきつけて考えてみよう。
ゼノスケープ現象は「光の使徒」によって引き起こされる。彼らはゼノスケープを招来し、世界を彼らの信奉する「過去」で覆いつくそうとする。スケープカードによって現わされるゼノスケープ空間はそのための儀式空間なのだ。
そのため呪術的装置である儀式は「光の使徒」が獲得しようとする世界の構造を摸したものとなる。レリックを核として過去の歴史的・神話的情景…それは転生者の体験するドリーミング・トゥルーでもある…を人為的に作り上げ、その物語を演じるのだ。
この儀式は歴史的・神話的事象の単純な再演ではない。彼らはそれを自分たちに都合の良い形に演じ直すことで、過去に挫折した試みを成功させようとするだろう。
だが「光の使徒」は過去の記憶に完全に埋没しているがゆえに、物語を変革することは容易ではない。どんなに局部的なゼノスケープ現象を発生させても、それだけでは彼らの目的に合致するような儀式にはならない。過去と現実の狭間に生きる転生者にこそ、その変革の力があるのだ。
「光の使徒」が転生者を捜索する理由の一つは、この転生者の力を求めてのことである。彼らはゼノスケープの中に転生者を誘いこみ、彼らにある役割を演じさせる。もちろん「光の使徒」の目論む儀式のためには、転生者は儀式の生贄として死なねばなるまいが、使徒たちが敗れる可能性も大きい。それは彼らにとっても大きな賭けなのである。
このように「光の使徒」の儀式を理解するならば、シナリオの構造は明確になるだろう。「光の使徒」が現実世界を操作したりレリックを発見・回収するには、ゼノスケープ現象が必要になる。そこで彼らは操作の性質やレリックの由来に応じて、神話・伝説から脚本を練る。彼らは局部的なゼノスケープ現象を発生させ、ミーレスを配置して舞台を整え、転生者を呼び込むのだ。そのためのソースはある意味で陳腐なものである。シンプルな楽曲をいかに編曲するかが彼らの業なのだ。もちろんそれは、狂気と流血に彩られた悪夢の神話なのだが。
番外編 ぜのすけMTS
先週末、せいきち氏の主宰する「杉並Fローズの会」によるゼノスケープ・コンベンションにマスターとして参加してきた。今回は面白いコンセプトのセッションを行ったのでご紹介しよう。
マルチテーブルセッション(MTS)というものをご存知だろうか? これは複数のテーブルを緩やかにリンクさせたセッションである。各テーブルで行われるシナリオの手がかりが他のテーブルにも散らばっていて、プレイヤーは複数のテーブルを移動しながら情報交換していく形式のものだ。
今回のセッションでは『ゼノスケープ』ならではの仕掛けが用意された。セッションは4卓で行われたのだが、それぞれ異なる時代(超古代、戦後時代、大正時代、現代)を舞台としている。ちなみに超古代についてはスタッフの都合で藤浪氏がデザインした「ファー・ローズ・トゥ・ロード」を使用した。異なるシステムを連結させるという、なかなか破天荒な企てである。
時代ごとに専用の職業リストが用意され、プレイヤーはその時代らしいキャラクターを作成する。さらに(ここが今回のキモなのだが)そのキャラクターの能力値の一部を引き写したアイズを作成する。
各卓で行われるセッションには共通の敵が登場する(倒されては転生しているわけだ)が、敵を本当に倒すための手がかりは他の時代にある。プレイヤーは「ドリーミング・トゥルー」が発生すると、自分のキャラシートを卓に残した置いたままアイズシートを持って他の時代に行ってもらうのだ。行き先の時代では、アイズがその卓のPCに話しかけると途端に「ドリーミング・トゥルー」になる。こうして情報を入手し、入り乱れた伏線を解き明かしてから、自分の時代に帰還してクライマックスに突入する訳だ。
最初はちゃんとシステムが機能するか不安だったが、プレイしてみるとこれが実に楽しい。いきなりやって来た超古代の霊が全然知らないことを質問してPCを悩ませたり、重要な手がかりを教えてくれる。それもテーブルに座ってる一人にだけ接触したりするから、他のPCから見るとそのキャラが突然、目に見えない何かとブツブツ会話しているような状態になる。
なにしろ他の時代のシナリオの詳細までは把握していないから、その卓のマスターにとっても「そりゃ一体何のことだ?」と狐につままれた状態になったりする。
そのうちプレイヤー間で話をつけ、「背後霊」となってその時代にとどまるアイズも出てくる。さらには玉突き状態になって現代人があれよあれよと超古代に連れてかれたり、絶対絶命のPCが「背後霊」の助力でパワーアップし、ボスキャラを強力な秘術で吹っとばしたりする。
それぞれのプレイヤーさんはキャラロールどころか「情報が欲しい」「カードが足りない」と、実にゲーム的な行動をするのだが、それが転生超能力物の「お約束」を再現する結果になっているのだから面白いではないか。これぞロールプレイである。
幾多の時代を飛び越えて同時多面進行するこのMTS、ゼノスケープに相応しいダイナミックな試みである。皆さんのサークルでも挑戦してみてはいかがだろうか。
番外編その2 SF大会
幕張の日本SF大会の企画「アナログゲームを遊ぼう」でマスターをしてきました。
ゼノスケープ公式サイトにも触れられていますが、行ってみますと会場のと真ん中にモノリスが。2001年なんだなあ。
ところでなぜか速水螺旋人先生がソ連国旗を持ち込んでいる。そこで悪ノリした面々で、インターナショナルを歌いながらモノリスの前で翻してみたりする。しかしソ連が21世紀に無くなってるなんて、SFにも無かった未来だよなあ。
今回準備していたシナリオは、やっぱりこのモノリスがネタだったりします。ところが開始時間やプレイヤーさんの都合などで、急遽スタートブックの導入シナリオ「目覚めよと呼ぶ声あり」をやることに。でもってPCは老人(マース・キング)・不良学生の孫(プルート・ナイト)・飼い猫(アステロイド・クイーン)という、またしても外したトリオ。しかもアステロイド・クイーンのプレイヤーさんは猫が人語を話せないことに後から気づく。
すったもんだの挙げ句に紫苑君とご対面した一行。戦闘第一ラウンドで、手札が揃った猫プレイヤーが「秘技使いまーす」。えっ《女王の舞い》1に《鉤爪》4で43ダメージい!? …ボスキャラの紫苑君、踊る猫により瞬殺という最短記録を樹立したのでありました。ううむ。
という訳で次回はJGCで会いましょう。
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