ユルセルームの農業
ユルセルームの農業
注記
本稿は『イニアの花迷宮 Vol.2』(1991年)を初出とする。
本稿の論旨ならびに結論は、原作者が最も強く否定したものの一つだが、筆者としては気に入っている論考なので再公表に踏み切った。
ようするに「旧スタッフの情報や考察を、全面的に信用してはならない」一例である。
ユルセルーム世界における社会経済を考察するにあたり、その基盤となる農業形態の考察を欠かすことはできない。しかしながら『Bローズ』のワールドガイドに記載されている情報を検討した限りにおいて、筆者は従来抱かれていたユルセルーム農業に関する見解は大幅に修整されるべきと考える。
ユルセルームにおける農業の常態を麦作と牧畜に求める限り、説明のつかない事象が存在するのだ。
自然環境
ストラディウム公国は湿潤温暖気候である。また大陸における最古の国家ファライゾンも湿潤温暖気候であり、年間降水量は年間1,000mmを越える。両者の気候は年間800mm以下であるヨーロッパと異なり、むしろアジア多雨地域に著しい類似性を示す。年間降水量400〜900mmを適地とする小麦の成育には、不利な地域と言えよう。
ユルセルーム最古かつ「スィーラの恩恵なみなみならぬ」ファライゾンに発生したユルセルーム文明に対して、その自然環境に相応しからざる作物を神々が授けるであろうか? むしろ、湿潤温暖な気候に適した作物こそ、ユルセルーム文明圏に一般的な農業のありかたではないだろうか?
暦法
立春を起点とする現行のイーヴォ暦によれば、蒔種祭はグレゴリウス暦に換算して3月20日頃、収穫祭は9月20日頃に行われる。
しかしながら小麦は秋に蒔かれ、晩春に収穫されるのが通例である。『金枝篇』に列挙されたヨーロッパ農耕儀礼を確認する限り、それらは春・夏に重点が置かれ、新嘗祭を最重要とする日本とは反対である。さらに植物と縁の深いメディート祝祭日は、グレゴリウス暦換算で5月第1週に行われる。
ユルセルーム世界の農業は、この暦法に一致する作物を中心としなければなるまい。
それは稲作以外に考えられないのである。
図像資料
最後に、上記の推測を裏付ける有力な図像資料を挙げたい。Bローズの解説本『実践RPG講座』(BNN刊)は、原作者自身の監修による、Bローズの簡略版とも言うべき信頼性の高いものであることは周知の事実であるが、その巻頭にユルセルーム各国の様相がカラー口絵で説明されている。
この中にファライゾンの田園風景が掲載されているが、耕作地は透明感のある薄い水色で彩色されている。これこそ、ユルセルームにおける水田耕作の明らかな物証である。
以上の三点から、ユルセルーム世界の主要作物が小麦ではなく米であることは立証されよう。
無論、稲作が唯一の農業形態であるわけではない。乾燥した大陸中央部および大陸北部においては麦作と牧畜が中心となっているであろうし、南方でも小麦はそれなりに重要な地位を占めているであろう。また南西諸島からの根菜文化の伝播も考慮しなくてはならない。
しかし、以下の結論だけは確かなことと思われる。
ユルセルーム世界のお姫様は、茶碗と箸で白米を食っているのだ。
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