アリアゼイオン会戦戦闘序列

2116年薄緑月18日、アリアゼイオン会戦に参加した両軍の部隊編成。


ストラディウム軍

西方大本営
西方守護オスレヴェーグ・マバール大公
近衛軍
元帥セルベス・セルトーグ侯
選抜近衛第3軍団4,500
第120近衛国民兵軍団4,000
第121近衛国民兵軍団3,000
第122近衛国民兵軍団3,500
第123近衛国民兵軍団4,000
第124近衛国民騎兵軍団3,000
合計22,000
大陸派遣総軍
総司令官 元帥ディアリムイ・ベミオク伯
参謀長 ドゥアゼンレメルウェ伯
第1方面軍
元帥ディアリムイ・ベミオク伯
第2方面軍
元帥アステノリエ・アレル公女
第3方面軍
ディラム・エンディフォ伯
第21軍団4,000第11軍団4,000第28軍団3,500
第24軍団4,000第16軍団4,000第42軍団3,500
第47軍団3,500第19軍団2,000第111国民兵軍団3,000
第102国民兵軍団4,000第34軍団3,500第113国民兵軍団3,000
第103国民兵軍団4,000第40軍団4,000第131国民騎兵軍団2,000
第36騎兵軍団3,500第33騎兵軍団2,500合計15,000
第130国民騎兵軍団2,000合計20,000
合計25,000
第4方面軍
ルシオン・メランバル伯
騎兵予備軍
元帥ハウレス・ニセイ侯
第43軍団3,000急襲重騎兵第9軍団4,000
第112国民兵軍団2,000第61騎兵軍団3,000
第118国民兵軍団2,000第132国民騎兵軍団2,000
モラムス義勇軍団1,000ラムザス義勇騎兵団2,000
丘小人義勇軍団2,000ギュノロン義勇騎兵団1,000
南西海義勇軍団2,000合計12,000
合計12,000
大陸総軍
総司令官 アルナ・ディアネイス女伯
参謀長 オレギス・ルデラ伯
北西方面軍
アルナ・ディアネイス女伯
第12軍団3,500
近衛第17軍団4,000
第58軍団4,000
第64軍団3,500
マキット義勇国民兵軍団2,500
第76騎兵軍団2,500
合計20,000

総計     
歩兵87,000
騎兵39,000


デュラ軍

沿海戦域軍
ガムダドゥルディ元帥
侵攻軍
総司令官 ガムダドゥルディ元帥
第1軍
グルムベーゼ
第2軍
コル・コライ
第4軍
指揮官不詳
第1ディワイ軍団10,000グム・ズムル軍団8,000第1マザム軍団10,000
第5ヤザム軍団5,000"報復"軍団5,000第4マザム軍団4,000
"流血"狼騎兵軍団3,000ツェグル・ダウ軍団4,000"フェーデの血"軍団4,000
合計18,000合計17,000合計18,000
第5軍
ドラリク
第6軍
指揮官不詳
第7軍
ドム・ゼデッカ
モザーン名誉軍団3,000"ヤペテの子ら"軍団 6,000"黒血"集成軍団10,000
"不死身"集成軍団6,000“三本角”軍団4,000第3ゴルプ軍団9,000
合計9,000ブルンズィフ軍団5,000合計19,000
合計15,000
予備騎兵
指揮官不詳
"黒旗"醜怪甲獣軍団1,000
"血の運命"狼騎兵軍団5,000
ベステ・グノー狼騎兵軍団5,000
合計11,000
南部監察軍
司令官 グスルツェン
予備軍
指揮官不詳
第3軍
グスルツェン
第8軍
指揮官不詳
第9軍
指揮官不詳
"護教"軍団6,000"青肌"集成軍団7,000第1モルガイ軍団8,000
"デュールの恩寵"軍団4,000第4モルガイ軍団4,000"鋭牙"集成軍団5,000
第4狼騎兵軍団1,000"栄光"ガムタット軍団5,000ウリド狼騎兵軍団3,000
合計11,000合計16,000合計16,000

総計     
歩兵132,000
騎兵 18,000


戦闘序列解説

初出:『ユルセルーム拾遺』(1996)

 2115年薄緑月18日、ラウ=アウロン近郊に繰り広げられたアリアゼイオン会戦は、大旗戦争最大の戦いとして知られている。
 戦争の大勢は前年の本島戦役で決したとは言え、人間族の友アウル=アエンダの故地を奪還し大陸沿岸部のデュール派を駆逐した点でその意義はまことに大きかった。
 ここに紹介した戦闘序列は近年発掘された資料に基づくもので、無味乾燥ではあるが戦争最終年における両軍の状況を推察させる好資料となっている。

 資料に見えるストラディウム軍の構成は正規21個軍団と国民兵14個軍団、義勇6個軍団である。
 ストラディウム軍の近衛国民兵軍団は本来、“名誉ある軍団”の退役兵から編成された。しかし大陸奪還作戦が開始された時点でこの要件を満たす兵は少なく、生き残ったベテランの多くは選抜近衛第3軍団と急襲重騎兵第9軍団に補充された。この時期の近衛国民兵軍団は、歴戦の古参兵を将校・下士官とした首都市民兵で編成されたと思われる。
 国民兵軍団は地域守備兵力として遠隔地への出征は想定されていなかった。しかし本戦役に国民兵軍団が多数参加していた事実は、本国戦役で消耗した正規軍団と戦闘経験を積んだ国民兵軍団の間に、さほど質的な差は見られなくなっていたことを推測させる。
 義勇軍団は遠隔地より参戦した同盟国兵やパルチザンから構成され、雑多な装備編成の部隊であった。

 デュラの軍は司令官名で呼称されるのが通例であったが、本会戦では討ち取られた軍司令官しか記録されておらず、総参謀長ドゥアゼンレメルウェ伯の備忘録に従っている。
 28個の軍団名からは明確な命名基準を見出すことはできない。デュラの軍は徴募と兵站の関係上、動員地域を同じくする軍団から編成されるのが通例であるが、ここに見える軍団の名称はまちまちであり、前年まで本島遠征軍への転出と本国からの増援が繰り返されたことを推測させる。また「集成軍団」と呼称されているのは、兵力の激減した軍団数個をまとめて再編したものと思われる。
 つまりこの段階の沿海戦域軍は野戦軍というよりも、予備兵力を兼ねた地域守備軍としての性格が濃厚だった。これが大陸派遣総軍のアウロン上陸に際し、反撃を行えぬまま敗走した理由の一つと推測される。

 資料に見えるストラディウム軍の平均充足率は正規軍が58パーセント、国民兵は49パーセントである。一方デュラ軍28個軍団の平均充足率は53パーセントである。
 一見すると充足率に大差はないようであるが、両軍の組織編成や用兵の違いを考えると興味深い結論が得られる。
 ストラディウム軍の主力は前年の戦いで著しい損害を被った本島の兵力であり、この充足率はむしろ高いと言える。この事実はストラディウム本国が、持てる総力を大陸奪還作戦に投入した事実を物語っている。
 これに対しデュラ軍は、消耗した軍団はそのままに新たな軍団を次々と前線に投入する方式を採用していた。戦力の充実した軍団に乏しいことは、本島遠征の足固めを目的とした沿海戦域軍が、遠征軍壊滅後その意義を失い、帝都グスリダンから放置された事実を物語っていると言えるだろう。中でも騎兵戦力の低下は偵察力の不足をきたし、戦場からの撤収を困難にさせるものであった。
 これらがアリアゼイオン会戦を、典型的かつ空前の分進合撃・包囲殲滅の成功例とした主たる要因であった。


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