西方守護理念
ストラディウム国家と西方守護理念
−−−カエサルよ、死に行く者ら汝に敬礼す
ユルセルーム世界におけるストラディウム国家のあり方は、その特異な軍国主義的伝統に強く規定されている。
大戦による統一王朝崩壊後、再建されたストラディウム公国は国家存立の根拠について改めて自己確認を迫られた。ここから独特の「西方守護理念」とも言うべき理念が提唱されるようになった。
ストラディウム国家は統一王朝の存続を前提とする。その玉座は空位でこそあれ、統一王朝の秩序は存続している。「統一王の正規軍」たる選抜近衛第三軍団を中核とするストラディウム国家は、統一王朝の厳然たる一部として西方における全人間族をまとめあげる、唯一の政体なのである。
西方守護は統一王再臨の日まで西方の統治権を代行し、西方全域に対する最高指揮権を有する。また統一王に下賜された「闇と炎の大旗」の担い手として、全人類を統一王朝の秩序の下に保護する指導権を有する。
この西方守護の臣民である「高貴なる人間族」は、ストラディウム軍法に従う限り統一王朝の秩序に守られ、その保障する平和の下で文化的な生活を享受する。これに属さない民族・種族は、西方守護の下にこそないが同じ統一王の臣下であり、ストラディウムは彼らを保護する義務がある。
このようにしてストラディウム国家が、西方における帝国的覇権を正当化する政治神学が誕生したのである。
しかしながらこの西方守護理念は、ストラディウム国家の支配を全能とみなすものでは無かった。
そもそもストラディウム国家は、人間族の軍隊として統一王朝の一部分をなすのであり、統一王朝の全権能を代替するものではない。全ての「言葉ある種族」の上に君主として立ち、彼らに調和と秩序を約束できるのは統一王だけである。従って西方守護は、他種族や支配地域外の民族に対しては、自己の徳によってのみ従わせることが可能となる。
また全ての政治的軍事的行動は、常に統一王朝の規範に照らしてその妥当性を批判された。強権や独裁は「統一王の調和と秩序」からの逸脱として非難の対象となる。また過去と断絶した「革命」はデュール的概念として退けられる。時代の流れにより改革は避けられないが、それとて「統一王朝の伝統への回帰」が掲げられ、過去との連続性が共通された。
このような「統一王朝の調和と秩序」は、ストラディウムの権力行使に一定の自制と柔軟さを与えることとなった。ストラディウムはその対外関係については常に慎重であった。聖王国ファライゾンを上位に置いて尊重し、またラムザスやモラムスなどの他民族・他種族の国家に対しては、西方守護の対等な同盟者として友好関係を維持した。またナーハンやギュノロンなどの従属公国に対しても、宗主権以上の支配圏権を及ぼすことは無かった
しかしまた、西方守護の権威に対し挑戦がなされた場合、これをデュール派への荷担とみなして一切の譲歩を拒絶し、どのような峻烈な措置も厭わなかった。
西方守護理念はストラディウム戦士階級の精神に、宿命論的な自覚を促すことになった。
統一王の帰還こそ、ユルセルーム世界に秩序が回復される「約束の時」であることは言うまでもない。その時こそ「高貴なる人間族」は初めて剣を置き、統一王の平和の下に安らぐのだとされる。しかしその最終的勝利は、同時に「西方守護」の任務の終焉であり、ストラディウム軍人階級の消滅を意味する。
その勝敗にかかわらず滅亡を約束されたストラディウム軍人階級にとって、自己の生存は問題ではなかった。「闇の中の炎」に象徴されるように、自己の滅亡を世界の再生につなげるための、意義ある死こそ問われるべきであった。
“静の公”グンド・ベレドールが身を持って示したこの態度により「死を生きる者」こそ「高貴なる人間族」に他ならない。そしてこの戦士としての死生観を共有する者であれば、身分や地位にかかわらず、誰だろうとストラディウム国家の名誉ある一員たりえた。ここに「西方守護理念」と「高貴なる人間」の観念はグンドによって統合され、ストラディウム人の自明にして疑いなき大義として確立したと言えるだろう。
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