ヘリアの学院
エンターブレイン刊『ローズ・トゥ・ロード』(新ローズ、Rローズ)のワールドガイドにはいくつか割愛された記述がある。その理由については判然としないが、なかでも問題となるのがヘリアの学院であろう。本稿ではこのヘリアの学院について考察を試みている。
ユルセルーム世界についての情報は西方に偏りがちで、東方地域についてはその知名度と裏腹に資料が乏しい。そうした情報のひとつに、ヘリアの学院をめぐるものがある。
エステイファ湖南部(四王国期におけるシリネラ湖のほぼ中央)に浮かぶ小島ヘリアは水龍によって守護され、その許可を得ずして上陸することを禁じられている。ここに設けられた学院はユルセルーム世界にあまねくその盛名が知られ、島に集う学匠は「ヘリアの賢者」として知られている。ユルセルームにおける賢者とはすなわちヘリアの学匠のことであると言ってよいであろう。
ヘリアの学院についての記述はほぼ上記に尽き、その成り立ちや実像はほとんど知られていない。しかし周辺の情報を検討すると学院についてある姿が浮かびあがってくる。
問題となるのが学院の成立時期である。ヘリアのある旧シリネラ湖は大戦末期の「シリネラ湖畔の戦い」によって生じたものである。この戦いで開放されたという「スィーラの破壊石」の効果の詳細は不明であるが、デュラの大軍を消滅させ巨大な湖水を生じた威力から見ても、湖畔中央部に位置するヘリアが無傷であったとみなすのは困難である。従ってヘリアにおける学院の歴史は大混乱期を上限とせねばなるまい。
このことはヘリアにおける学院の創建ないし移転が、大戦終結後の混乱を受けてのものであることを示すと同時に、その動機を推測させる手がかりを与えている。
水龍に守護されるヘリア島は、防御施設の有無にかかわらず立地条件としては難攻不落の水城であり、周辺湖水を制する要衝である。ここに学院が置かれたという事実は、設置が戦略的判断によるものであること、にもかかわらず武力ではなく魔術その他の知識こそが要地確保の条件であったことを暗示している。
その理由は王都エンダルノウムの破壊にあると見てよいだろう。ヘリアは陥落した王都エンダルノウムから救い出された学芸を保護すると同時に、廃都に座する"骨の商人"グドルの魔術的脅威から聖都を守護する、最前線の出城としての使命を期待されたのではないだろうか。
"ヘリアの賢者"に寄せられる信望の意味も、ここにあると考えられる。彼らは象牙の塔に篭る浮世離れした研究者でもなければ、金銭と引き換えに知識や技術を伝授するソフィストでもない。ヘリアの賢者はユルセルーム世界の守護という使命を担い、ために世俗の権力から独立した人々なのである。(*)
このように推測すると、学院がいわゆる大学のような教育機関ではないことが首肯されよう。
知識や技能の教育も行われているであろうが、副次的なもので学院の本質ではないと考えられる。知識や技能はヘリアの学院でなくても修得できるであろうし、ユルセルームの魔法はカリキュラム教育によって修得する類のものではないからだ。
乏しい資料からはヘリアのありようを孤絶せる少数者の僧院として描くことも、多数の学生がたむろする学芸都市として描くことも等しく可能なのだが、いずれにせよヘリアの賢者を賢者たらしめているのは単なる知識や技能以外の点にあると考えられる。
その具体的な例を大旗戦争の時期に活動した二人の賢者、“至高の霊”メストメッド・イクスティリオと"氷の炎"ガイルドゥア・モルオライネに見ることができる。世界の本質が善であるか悪であるかを議論した両名は誓約を成し、それぞれ善と悪の追求者となった。しかも彼らは善と悪を見出すのではなく、それを生み出すことをもって証とし、遂にはその誓約に殉じた。
二人からうかがえるヘリアの賢者の特質は、魔術その他の具体的な技芸や知識の有無ではない。転変する世界の本質について洞察し、人々に助言をなすことで物事に働きかける能力である。
このような賢者を生み出すヘリアの学院の本質は、思索と瞑想を通してかかる哲学的な洞察力を深める場ということではなかろうか。だとすれば、やはりそれは制度ではなく個々の人格に負うことの大きいものだろう。敢えて想像するなら、賢者になるということは、特定の課程を修了して取得する資格ではなく、他の賢者たちから賢者と認められるということではなかろうか。
その意味で学院とは「賢者の集う場」なのであり、それ以上でも以下でもない、ということができるのかもしれない。
(*)ヘリアはファライゾンとは別の地域として記載されることが多く、聖王国から独立した一個の政体として存在していることをうかがわせる。その法的根拠や財政基盤が何であれ、ヘリアは外部から一種の自治共和国として扱われていると見てよいだろう。
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