〔ジョルジュ・ルオー展〕95.8.10


  ひさしぶりにルオーの版画を見た。今回は1930年代の色彩版画が展示の中心であり、前回見た時には色彩版画には感じなかった感動を覚えた。

 1934年から35年にかけてつくられた「流れる星のサーカス」17点。5年前につくられた初めての色彩版画作品「サーカス」に較べて、色彩が一段と美しい。一つ一つの色が透明で澄んでいるという印象を受ける。

 そしてルオー特有の太い黒の輪郭線。これが前作「サーカス」よりもよりくっきりと力強く、躍動感あふれるものになっている。前作では黒の輪郭線が、適当に描いたという印象を受けるくらいに雑であったが、この作品では、その線の太さや濃さが、計算されつくしているという印象を受ける。さらに、前作とおなじテーマの作品が幾つもあるが、対象の形がより大胆に変形・強調されて、人物の姿がより強い印象を受けるようになっていると思う。

 それにしても彼の作風である、対象の形を大いに変形したり強調したりするもの、そして太い黒い輪郭線。これはどこからきたのであろうか。ドイツ表現主義派のブリュケにも一脈通じるものがあるが、それとも違う。太い筆でさっと描いたような大胆な線。ほとんど毛筆の線といってよい。その線が柔らかく暖かな雰囲気を絵に醸し出しているのである(ブリュケでは鋭利で固い雰囲気である)。

 1935年から36年にかけてつくられた「受難」という作品。これは前作の「流れる星のサーカス」以上に対象の事物が抽象化されている。人物の姿や顔の陰影、そして風景の陰影すらもが、まるで色彩の塊のように描かれ、それが一つの光景を見せてくれるのは、色の間に挿入された黒い太い線があるためである。抽象化されたとはいっても、かえって作者の表現しようとした感情は、よりストレートに伝わって来る。

 この点が同時代の他の画家たちの抽象画の傾向とは違う点である。ルオーの作品はつねに描かれたテーマがはっきりしており、それが見るもののこころにまっすぐ伝わってくる。そしてその作品から受ける印象は、とても温かく穏やかなものであり、同時に力強いのである。

 力強いという点で、彼の作品は同時代のたとえばシャガールとは違う所である。シャガールはも黒い太い描線を特徴としていたが、後期になるとそれは消え、柔らかな流れるような絵に変わっていった。

 ルオーの絵にあるこのような特徴はどこからきているのであろうか。

 それはやはり、彼の絵の背景にある「キリストへの信仰」ではあるまいか。激変する時代の中にあって、社会の腐敗と貧困を打ち、そこから脱却・救済を、当時の多くの優れた画家たちと同様に求めながらも、最後までその画風に「明るさ」と「暖かさ」と「わかりやすさ」を失わなかった。その背景には、信仰の世界があったと思う。第一次世界大戦後の代表作「ミゼレーレ」以後、ルオーの一貫したテーマは「キリストによる世界の救済」であった。

 ルオーが現実世界を批判的に見ながらも、常に絶望やペシミズムに陥ることなく、かわらない未来への希望を断固として主張しつづけられたのは、キリストによる世界の救済という確信があったからだと思う。ここに同時代の多くの画家たちとの違いの根拠があるのではないか。


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