〔青春のシャガール展〕95.10.8


 1920年。革命後の自由な空気の中で、首都モスクワに「ユダヤ劇場」が完成した。長い間、ひっそりと独自の文化を継承してきたユダヤ人が、公にその文化の独自性を主張できる日がきた。

 33歳のシャガールが、この事の歴史的意義に興奮しながら、ユダヤ劇場の壁に描いた7枚の壁画。これが、今回の展覧会のメインである。この壁画は、その後のスターリン治世下で劇場が解体された時、壁から剥がされて巻き取られ、大切に保存されてきたという。壁に直接描いたのではなく、カンバスを貼って描いたのが幸いしたという。

 この絵を見て、改めて実感したことがある。幻想的なシャガールの絵が、実は強烈な思想的立場の主張であることを。ユダヤ主義といってよいのであろうか。絵の一つ一つのモチーフに、それぞれ意味がある。それも、ユダヤ教の教義にてらして初めて意味のわかるものだ。晩年(1970年代)の、だれにでもわかるものではない。

 ユダヤ教に基づいた彼の主張は、絵の部分部分にどのような事柄が象徴されているのかがわからなければ、理解できない。日本との文化的伝統の差を感じる。

 日本人は、晩年のシャガールを称賛する。たしかにそれは幻想的で夢と愛に満ちている。若い時のそれはやはり幻想的ではあるが、より構成の固い、しっかりとした主張が行われている。どちらが良いとかいうことではないと思う。どちらも一貫して、彼の思想的な主張が込められている。若い時のものは、強烈な民族主義の理想主義の主張。晩年のものは、それが破れたあとの、より普遍的なものといえようか。

 こんなことを考えさせてくれた作品であった。しかし、壁画というのは、なんとも迫力のあるものである。


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