〔知られざるヘルマン・ヘッセの世界・水彩画展〕95.12.23


 詩人・小説家のヘッセが、1919年から37年までの間に描いた水彩画。

 20年代初頭までは、ほとんどメルヘンの世界。当時彼が住んでいたのがスイスアルプスの山中の村ということもあろうが、南ドイツースイスの古民家の点在する美しい自然が描かれている。それも、その風景の形を図像化し、場合によっては幾何学文様化しながら、美しい原色の透明な水彩絵の具で描く。

 世界大戦による思想的な痛手と、妻の精神病・息子の難病・自身のノイローゼに苦しんでいたヘッセ。その心を癒してくれた自然の中での日々を髣髴とさせる。

 この時期の絵の中に、黒い太枠で事物をふちどる傾向が見られる。ブリュケ派表現主義の傾向。しかし、色彩はあくまでも美しく透明であり、対象の変形もどぎつくはなく、むしろ愛らしい。

 20年代後半から30年代の絵は、色彩が暗く、そして事物に陰影をつけるようになる。画面に深いシワが刻まれているよう。度重なる結婚・離婚の繰り返しの日々の中で、傷ついた心が見えるよう。

 30年代後半には、もう一度透明な美しい色彩にもどる。この時期、アルプスの山々を描いた絵は美しい。

 描かれているのは、いずれも何気ない自然な風景ばかり。絵を描くことで、自身の心の内を見つめていたのかもしれない。

 ヘッセの手紙の一節に、「何を描いたのかが問題なのではない、描くことで自分を深く見つめる時を得たことだ」というのがある。

 私生活でも、文学上でも行き詰っていたヘッセが、自分を見つめ直す行為として、絵を描いていたことが想像される。

 絵を見ている時、しきりと心の中をマーラーの交響曲の一節が流れていた。彼もまた、音楽を書く中で、自分の心を見つめていた。この場にぴったりの雰囲気であった。


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