〔シャガールの傑作版画展〕96.2.11
ひさしぶりに、シャガールの版画を見た。はじめて見るものもあり、とても興味深い。
@「聖書」
めずらしく、白黒の銅版画。旧約聖書の物語を丹念に図化している。エッチングの細かい描線により、立体的かつ柔らかな描写。他の作品とは異なり、旧約聖書の世界ーシャガール自身の内面を形成している世界ーにひたりきった作品である。
1930年代のこの作品の中に、すでに晩年と同じモチーフがあることに興味をひかれた。98番の「エルサレムの救い」。この作品の中に、愛し合う二人が抱き合ったまま空を飛ぶ場面が描かれていた。このモチーフが、愛による救いを表すものなのであろうか。
A「千一夜物語からの4話」
シャガールが初めて手掛けたカラーリトグラフの作品。後年の「ダフニスとクロエ」や「サーカス」に比較すると、色使いがまだ少し硬い。しかし既に、色による感情表現は確立されているようだ。このうちの第一話の1〜4の作品が特に美しい。
B「ダフニスとクロエ」
色彩による感情表現が見事に使われている作品。シャガールの版画作品の中で最も美しいものである。
C「サーカス」
この作品群には、ただの一枚も赤色のみで描かれた作品がないのが特徴的。はなやかなサーカスのショーの場面ですら、赤色の中に黄・青・緑がまだらになっている。一見派手に見えるサーカス団の人々の、笑顔の裏の悲しい境遇が表現されているに違いない。
D「ポエム」
シャガールにしては珍しい木版画。木版はどうしても線が鋭利になり、絵がくっきりとしたものになりがち。また色彩の面も濃淡が出しにくく、シャガール特有の色の濃淡や明るさの変化にうよる表現がしにくいようである。
しかし、自作の詩に絵をつけたこの作品群には、おもしろいものが多い。
E「オデッセイア」
晩年の大作リトグラフ。上の作品群に較べて、表現が大きく異なる。なんといっても色彩がずっと淡くなっており、淡白な静かな表現になっていること。その分だけ、事物の輪郭を表現する細かい複雑な黒い線が目立っている。
絵が表現する情熱みたいなものは、やはり「サーカス」や「ダフニスとクロエ」の方が数段勝っていると思う。
それにしても、凄い作品の量である。会場の狭さゆえに、作品が上下二段に並んでいるのが惜しまれる。やはり、もっと大きな美術館で展示すべきである。