〔伊東深水、全木版画展〕 1992.7.19


 江戸の歌川門下の浮世絵の流れをくむ日本画家、伊東深水の木版画、全144点を一堂に集めた企画展。

 伊東深水が、始めて木版画を発表したのは1916年。以後優秀な作品を多数発表したのにもかかわらず、肉筆画の陰に隠れて、注目をあびてこなかったという。美人画に優れた作家という。

 たしかに、とても鮮やかな色彩で、しかも、浮世絵のような誇張された表現ではなく、とても素直な筆致で、美しい女性が描かれている。

 しかし、会場を歩いていて、印象的だったのは、むしろ風景画の方であった。浮世絵の題材でもあった、各地の名所が、明るい鮮やかな色彩で、描かれている。

 しかし、この鮮やかな色彩の風景画よりも、その中に何点かある、夕暮から夜にかけての風景の中に、優れたものを見たような気がする。特に、闇の表現がすばらしい。闇といっても、夕暮時と夜とでは違うし、場所によっても、闇の明暗は異なっている。この微妙な明暗が、見事に表現されている。色は黒ではない。群青色といった方が適切であろうか。この群青色の青さと黒さが、微妙に違っていて、闇の中に色が微かに見えるという風情が、的確に表現されているのである。

 江戸時代の風景画の中にも、闇が表現された例がいくつもある。しかし、それは、「黒」の表現であったと思う。群青色で描くことによって、闇の中の色彩が浮かび上がってくるようで、この点が新しい。


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