〔富嶽三十六景展〕 1993.1.24


 葛飾北斎の代表的作品。富嶽三十六景の全作品46点の展覧会。

 全作品を通覧してみて気がつくことが幾つかある。

 一つは、その色彩の鮮やかさである。

 とりわけ藍色の使い方の素晴らしさ。同じ藍でも濃淡様々であり、色調も様々。この藍の色があってこそ、他の色が生きてくるというもの。北斎が「藍の芸術家」と言われる所以であろう。しかし、それも、ヨーロッパで発明された人工顔料「プルシャンブルー」があったればこそではあるが。

 二つめは、その構図の多様さである。

 ヨーロッパの遠近法を効果的に使ったかと思えば、伝統的な鳥瞰図・俯瞰図的なものもある。逆に平面的な描き方をしていて、中心になるモチーフだけが、大きく描かれているものもある。その絵の主題に応じて、さまざまな技法を使って、大胆な構図を作っていることに感心した。

 三つめは、北斎の絵が、見たままの風景ではないということが、よくわかった。

 あるはずがない光景を、見てきた風景のいくつかの要素を組み合わせて、より効果的な光景として作り上げている作品がかなりある。しかも、その形や色を、かなり主観的に変形していることも面白い。同時代のヨーロッパの印象派の画家達が、北斎に注目した所以である。

 四つめは、有名な「凱風快晴」(赤富士)と「山下白雨」(黒富士)の特異さである。

 他の46枚の絵は、単なる富士を描いた風景画ではなく、「浮世絵」として人々の生活の様子を生き生きと描いている。しかし、この2枚は、純然たる風景だけ。しかも、富士を画面一杯に構成し、その色彩の変化だけを鮮やかに描いたということ。北斎が浮世絵師の域を脱して、純粋に光の織りなす色彩の変化だけに注目していた点は、同時期のモネのルーアン聖堂の一連の作品を連想させる。


美術批評topへ HPTOPへ