〔第29回神奈川県美術展〕 1993.10.25


 月館さんの作品が美術奨学会賞に入賞したので、見にいってみた。

 入賞作品「六月の風」は、今までの作品と少し違う。

 今までは、若い女性一人か数人の若者を主題にしていたが、今回は年齢層の様々な人々の群像となっている。そしておもしろいことにその人々の視線が、皆違った方向を向いているだけではなく、それぞれが違った事をしているのである。

 画面中央には、健康なはち切れんばかりの肉体を持った若い女性がすっくと立ち、その髪をそよ風がなびかせている。背景は、陽光をあびた草原で、その向こうには青い海と白い大きな吊橋、そして大きな客船。とてもさわやかな明るい光景である。

 でもそれだけだったら、なんの変哲もない作品だろう。この若い女性と背中あわせに、若い男性がすっくと立っている。恋人同士のようでもあるが、なぜ正反対の方向を向いているのだろうか。

 恋人といえば、画面左はしに、暖かい陽光を浴びた草原を歩きながら、仲よく手をつなぎ、語らう二人がいる。画面正面の二人とは対照的である。

 そして画面の一番手前に、きれいな花柄の服を着た老婦人が花の咲くくさむらに座り、遠くの海を見ている。子供を育てあげ、老境のゆとりを感じさせる姿である。さらにもう一人老婦人がいる。画面中央奥に、アイスクリーム売りのおばさんが一人。周囲の空気の流れの中にひっそりとたたずんでいる。毎日公園で、そっとたたずみ、様々な生を見ながら、アイスクリームを売って生活費を稼いでいる老婦人。これも対照的な二人である。

 その向こうに小さな女の子の手をひいた母親が海を眺めており、画面手前には、この母親と同年配の、明るいピンクのスカートを風になびかせた女性がひとり。じっと遠くの海を眺めているのである。

 画面に登場する人物は、このように対になっており、それぞれが、違った雰囲気を漂わせているのは何故だろうか。興味深い。

 これは何かを象徴しているに違いないと思う。

 月館さんの今までの作品は、若者を描くことを通して、未来をどのように思い描くのかという、その内面の格闘を描いてあったように思う。この流れからいうと、「六月の風」という作品は、「寄り添いながらも、けして同じ未来への希望を持てない、現代」を象徴しているかのように思える。といって、画面は淋しくはなく、むしろ、明るい暖かい雰囲気につつまれている。

 むしろ、様々な生き方があると言った方が良いのかもしれない。作者自身が、未来に暗い予感を持ってはおらず、明るい暖かいまなざしで、現実と接していることの反映だろうか。

 この点から考えると、画面前面に、互いに背を向けて立っている若い男女を、下から見上げている一匹の犬がいる。この犬の表情はとても穏やかであり、まなざしは暖かい。

 この犬が、作者自身の姿の投影と言ったら言い過ぎであろうか。たぶん、そうなのだと思う。

 「六月の風」という作品は、今までのものと較べ、主題に深まりがある。それは前の作品から2年たち、父の病気看護とその死をみとり、30代への入口に立った作者自身の、人生への共感を深めた人間的成長といって良いのかもしれない。


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