〔ルオー名作版画展〕  1992.3.21


 フランスの画家、ジョルジュ・ルオーの版画作品展。約190点の版画作品が展示されていた。会期末の土曜日の午後。かなり混んでいることを予想して行ったのだが、館内はガラガラ。当日は春の雪が降っていたこともあったろうが、「宗教版画」と宣伝されたことに、原因があったのではなかろうか。

 代表作の「ミゼレーレ」。「ミゼレーレ」とは、「憐れみたまえ」という意味。内容は、イエス・キリストの生涯と受難・復活を描いたもの。題材としては宗教的であるが、そこには、キリストの生涯を借りて、画家の生きた時代とそこへの画家の思いが描かれている。宗教は生きた人の心を現すものであるゆえに、そこには、時代が生きている。

 この作品が描かれたのは、1922年〜23年。作品を着想したきっかけは、世の中の片隅でひかえめに信心深く生きてきたピアノの塗装職人であった彼の父の死(1912年)と、1914年の第一次世界大戦の勃発であったという。

 この作品は「ミゼレーレと戦争」と題して出版される予定であったという。つまり、イエス・キリストの生涯と受難に、20世紀初頭のヨーロッパ社会の腐敗と苦しみを重ねあわせ、時代の悪を告発すると同時に、キリストの死の後の復活を見る者に期待させることで、現実の世の中を建て直すことへの希望を託したものという。

 白黒の陰影のはっきりした骨太の線を多用した力強い表現。後に、同じ題材で、多色刷りの作品も作られているが、この白黒の作品の方が、画家自身の時代への怒りと悲しみとが、強烈に表現されていて、感銘はむしろ深い。


美術批評topへ HPTOPへ