〔ブリジストン美術館常設展〕 1994.6.5


 この美術館の常設展は、始めて見たが、興味深い作品が、とても多かった。いくつもあるが、その中から二つあげてみよう。

 その一つは、コローの作品である。その中でも「森の中の若い女」という作品が印象に残った。

 薄暗い森をバックに、右側面から明るい光をうけて立つ若い女。少しはにかんだ美しい顔。その微笑みと表情。これらを、とても繊細な筆づかいと色の微細な組み合わせによって、巧みに表現している。肉体の質感やはだあい、目の表情(ここにはキャッツアイが入っている)などがくっきりと描かれ、まるで生きているかのようである。

 図録の解説によると、この絵が描かれた19世紀後半(1865年の作品)は、産業革命が進展する中で、自然なるものへの憧れと郷愁とが、都市市民層に急速にひろがり、絵画の世界においても、これにこたえる傾向が生まれた。コローに代表されるフランスのバルビゾン派やミレーも、この流れに属するという。そして、このコローの作品も、有名なモデルにフランスの農民の服装をさせて描いたもので、けして、現実の農婦を描いたものではないという。

 しかし、その光の陰影を描く技術は素晴らしいものである。

 二つめは、レンブラントの「ミネルヴァ」である。

 以前、レンブラント展で見て以来である。光と影の対称を見事に描きわけていて、美しくかつくっきりと描かれている。そして、人物の表情が、いきいきと描かれているのである。

 この常設展を見て、レンブラントやコローなど、ヨーロッパ絵画の印象派以前の作品を見てわかることは、事物をありのままに描こうとした時から、ヨーロッパの画家たちの最大の関心事は、光をどう表現するかということだったのではないかということである。現実に存在する事物が、その存在を人間の目に見せるのは、光に照らされて始めて可能な事である。

 そして、その光によって、光る部分と影になる部分ができ、とりわけ、その影の部分に様々な色の諧調があり、それが、事物の存在感の根拠でもある。

 ヨーロッパの画家たちは、この光の織りなす、色彩の光と影の微妙な変化を、ありのままに表現しようとした。この行き着く先に、印象派はあり、その色彩の微妙な変化に、画家の事物に対する印象や思いや思想を仮託して、それを描く事を目的と化した時、抽象画が生まれたのではないだろうか。

 この点は、あくまでも形にこだわった、日本の画家たちとのおおいなる相違点であるように思われる。


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