〔シャガール・ひびきあう色彩の詩展〕 1992.4.12


 ベラルーシ(旧白ロシア)共和国生まれの画家、シャガールの晩年の連作版画を中心とした作品展。中心は、1967年、画家が80才の時に完成させた「サーカス」という38点の挿絵版画。

 色彩の組み合わせがとても美しく、太い大胆な線と、繊細なゆるやかな曲線状の細い線による描写が、独特の雰囲気を漂わせている。題材は、サーカスの華やかな舞台が中心。馬の上で曲乗りを演じる女性や、空中ブランコや自転車乗り。さらには動物の演技やそれを見る観客たち。スポットライトを浴びた主役たちが、色鮮やかに描かれている。

 そしてこのサーカスの場面を描いた画面の片隅に、かならずといって良いほど登場するものがある。それは、楽団の人々。バイオリン弾きや笛吹きなどを中心に、サーカスの演技を盛り上げる人々が、空中を浮遊するようにして描かれている。1枚の絵の中に、サーカスを取り巻く全ての人々が描きこまれているのである。

 特徴的なことは、この絵の中に出てくる人物全ての表情、とりわけ目が、とても寂しげなことである。たいていは、目を大きく見開いた状態で描かれており、ライトと観客の声援を一身に浴びている主役たちである。なのに、その目はどこか遠くを見ているかのように寂しげである。

 ここに、画家の生涯が反映しているようである。

 1887年にロシア帝国下の白ロシアのユダヤ人労働者の息子として生を得たシャガール。そして第一次世界大戦とロシア革命。ナチスの台頭とユダヤ人虐殺。さらに第二次世界大戦。こうした激動の世界の中にあって、白ロシア─ロシア─フランス─ロシア─ドイツ─フランス─アメリカ─フランスと、まるで流浪のジプシーのように、ヨーロッパ世界を流れ歩いた画家。時代に翻弄される中で生き抜いた者の悲しさが、絵の中のサーカス団の人々の目に表現されているようだ。

 そしてこの人の絵のもう一つの特徴は、人に対する優しさである。サーカスを題材にした作品でも、流浪の生活を送る団員たちへの暖かいまなざしが感じられる。また、最晩年の1980年にかかれた14枚のリトグラフ連作は、人々に対する優しさで満ちあふれている。

 柔らかい細い曲線で縁取られた人物や風景が、淡い色彩の中に息づいている。恋人たち、楽団員。サーカスの人々や母や幼児たち。全てが、美しく、暖かく描かれていた。


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