〔円空─慈悲と魂の芸術─展〕1994.9.23

 円空といえば、荒々しい形相の明王像の仏像しか頭に浮かばない。その特徴は「鉈彫り」といわれる木目を利用した粗削りな所にあると言われてきた。
 しかし、今回彼の作品の実物を数多く見てみると、かならずしも、従来言われてきたようなものではないと思う。
 
 「鉈彫り」といっても、ノミを併用している。特に初期の作品の中には、丁寧に当時の仏像の型どおりに彫ったものも多い。そうでない場合でも、仏像の顔やはだの部分はノミでつややかに仕上げてある。また、荒々しく大まかに彫ったものでも、目・鼻・口・衣のひだは、ノミで丁寧に彫られている。
 
 後期になればなるほど、荒々しく簡略化したものが多いが、それは12万体造仏の願をかけていたからではないだろうか。短期間に数多くの仏像を造ろうとすれば、簡略化せざるをえないのは、あたりまえであろう。
 
 また、円空の彫った仏像のなかで最も多いものは、観音菩薩像である。そしてその表情はとても優しく、常に微笑みを浮かべている。さらに、木端などに彫ったのは別にして、菩薩像とはっきりわかるものは全て、顔はノミで美しく仕上げてある。
 
 彼が12万体の仏像を彫ろうと考えたのはなんのためだろうか。
 彼が「遊行僧」であったことが、ヒントになると思う。「遊行僧」とは、浄土宗の一派である「時宗」の僧侶で、万物救済を祈って諸国を旅し、出会った人々に阿彌陀仏への帰依を説いてまわった僧侶のことである。菩薩とは、この阿彌陀仏の先駆けとして、人々を救済するものであり、円空の彫った仏像に菩薩が多いこともうなずける。
 
 これまでの円空の作品観は、その一部でしかない荒神などのみが、過度に強調されていたのだと思う。

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