【書評】「ネオコンの論理」:ロバート・ケーガン著・光文社03年5月刊

★ 軍事力学主義的世界観の虚妄★

―新保守主義派の虚構の世界認識を読む―


▼新保守主義派の世界認識を写す鏡

 本書の原題は「楽園と力のために―新たな世界秩序におけるヨーロッパとアメリカ―」であり、著者が昨年の春に、スタンフォード大学のシンクタンクの機関誌「ポリシィ・レビュー」に発表して注目を浴びた「力と弱さ」という論文の増補改訂版である。
 本書の前の論文が注目をあびた理由は、著者がアメリカのブッシュ政権の政策に大きな影響力を行使する新保守主義派の思想的支柱であることがまずあげられる。著者のロバート・ケーガンは、レーガン政権時代に国務省に勤務し、国務長官の政策立案スタッフであった。そして現在は、新保守主義派のシンクタンクである「アメリカ新世紀プロジェクト」の責任者である。
 本書の主題は、この間イラク戦争を通じて明らかになったアメリカとヨーロッパの対立という現象を解き明かすことである。つまり本書は、ヨーロッパとアメリカの対立という事態に対する新保守主義派の側からの現状認識と提言という性格をもっていることが、注目される第一の理由である。
 そして第二の理由は、著者がこの対立の根源をヨーロッパが世界の現状を誤って認識していることにあり、「ヨーロッパはもはやアメリカのパートナーではない」と言いきっているからである。
 それゆえ本書の元になった論文はヨーロッパの外交関係者に深い衝撃を与え、プローディー欧州委員会委員長が、EUの全官僚に必読文献として回覧したそうである。

▼ 武力だけが世界秩序を守ることができる

 では著者はどのような現状認識を持っているのだろうか。この点については、本書に解説を寄せている慶應大学の福田和也氏が的確な要約をしているので以下に引用する。
 『この論文において、ケーガンが主張していることを一言でいえば、「ヨーロッパは、もはやアメリカのパートナーではない」に尽きる。ヨーロッパが、そしてアメリカ自身が、アメリカとヨーロッパが協議の上で、国際社会のなかで重要なことを決めたり、動かしたりできると考えるのは幻想であり、この幻想にとどまる弊害は、日々強まる一方、ということ。
 つまり、アメリカの超大国としての地位は隔絶したものである。その地位を率直に認めることをしなければ、ヨーロッパの地位はますます低下していくばかりだろう』
 『しかも、ケーガンは、アメリカとヨーロッパの格差の原因をただただ軍事力の差に、あるいは軍事力にかかわる考え方の差にあるのだ、と言う』
 『ケーガンに言わせれば、冷戦後の世界は、世界平和の理想が花開く「楽園」ではありえない。むしろそれは、よこしまな意図をいただくさまざまな国や集団が、少しでも自らの力を拡張し、勢力を広げようとする、野蛮な全面的闘争の世界なのだ、と。ゆえに世界秩序を守ることができるのは、武力だけである。圧倒的な武力を用いて、秩序をかく乱する勢力を除去する力と決意だけが世界平和を維持することができる。そのような「強さ」を持っているのは、アメリカだけであり、国際的な話し合いで無駄に時間を過ごすことしかできないヨーロッパは、アメリカを規制しようと考えるべきではないし、実際できはしないのだ、と。』 
 『強い軍事力をもつアメリカともたないヨーロッパが世界についての共通認識などもてるはずがない。力こそが、世界観を形作る。ヨーロッパは、その軍事的能力の欠如ゆえに外交的な成果を何もあげていない。ヨーロッパ諸国が、諸国間の協調による永遠の平和という「楽園」の夢にふけっていられるのは、アメリカの「力」のおかげなのに、そのことをまったく理解していない。アメリカが一国でやっていけない、などというのは希望に基づく浅薄な決り文句にすぎない。現在問題があるとすればそれはむしろアメリカが一国でやっていけるということなのだ。もはや「欧米」などというものが存在しているかどうか疑問だ。』と。

 本書の中で著者は、ヨーロッパがいかに危機からアメリカの力によって守られてきたかを具体的に示している。いわく、冷戦期においてソ連・共産主義の脅威からヨーロッパを守ったのは誰か。ヨーロッパ統合を危機に陥れる可能性があったユーゴ危機を軍事力の行使で救ったのは誰か。ヨーロッパはその周辺にすら軍事力を展開する力をもっていないではないかと。
 だからこそ弱いヨーロッパはフセイン・イラク政権の大量破壊兵器の脅威と戦おうとはせず危険が過ぎ去るのを待とうし、時間かせぎをしようとするだけなのだと論断する。
 そして以上の論理はすべて、日本にも即当てはまる。ケーガンの主張のヨーロッパを日本に起きかえれば、それはそのまま読むことが可能となる。
 ソ連や中国の共産主義の脅威から日本を守ってきたのは誰か。そして今朝鮮民主主義人民共和国の大量破壊兵器の脅威から日本を守っているのは誰かと。
 この新保守主義派の論客の論理は明快であり、現代世界の現状をリアルにとらえているかに見え、それゆえ説得力がある。

▼アメリカは軍事力ゆえに強いのか?

 しかし本当にそうであろうか。アメリカの軍事力がヨーロッパを、そして日本や世界を共産主義の拡大から救ったのだろうか。
 冷戦期におけるソ連が共産主義を世界に広める意図がなかったことは、今では自明の事実である。ソ連がその周辺諸国に自国の防波堤のように人民民主主義国家を作っていったのは、帝国主義諸国の侵略の脅威から身を守るためであった。ソ連邦の官僚にとっては、革命時の帝国主義諸国による介入やナチスドイツの侵略の再来こそが、大きな脅威だったのである。
 ソ連が共産主義を世界に広めようとしているというのは、アメリカの産軍複合体に基礎を置いた保守的政治家たちの嘘である。第二次世界大戦後も巨大な軍隊を維持し、莫大な軍事予算を維持するために、そして勃興しつつある植民地における民族革命を阻止し、旧植民地を資本主義の市場に止め置くために、アメリカが戦後も世界中で戦いを継続することを戦争に疲れたアメリカ国民に納得させるための政治的なうそであったこともまた、多くの研究者によってあきらかにされている。
 また新保守主義派の人々は、ソ連はアメリカの軍事力の包囲によって崩壊したとしばしば発言する。そしてその一つの根拠がソ連のアフガン侵攻とそれに対してイスラム聖戦を組織して軍事的に消耗させたアメリカの戦略が、ソ連を崩壊させたのだという。
 しかしソ連崩壊の引き金はアフガン戦争ではなく、皮肉なことにゴルバチョフのペレストロイカによるソ連邦の改革であった。
 ソ連にとっては、帝国主義諸国の軍事力以上に怖い存在があった。それは強大な資本主義の経済的成長力であり、その傘下の国々の国民に豊かな生活を保障できる豊かさであった。その豊かさが国境を越えてソ連に入ってくるとき、「社会主義社会の実現」というソ連官僚のスローガンは虚妄であることが白日の下に晒され、大衆が離反していくことは必定であった。それゆえ貿易は国家統制し、外国資本の投資もさせず、外国の情報からも国民を遮断し、周辺に従属的な諸国を設立して資本主義のこうした脅威から身を守っていたのである。
 しかしペレストロイカという政治的な民主主義の導入と経済における市場原理の導入が資本主義の強大な力を流入させ、大衆の目覚めと、資本主義国の優れた製品の大量流入による経済の混乱とを招き、同じ流れによる東欧の民主化=共産党独裁の崩壊という政治的な事件の衝撃を直接の引き金として、ソ連は崩壊したのである。
 そして世界の多くの植民地における民族革命が資本主義の下に止まったのは、アメリカによる莫大な経済援助を基礎にした、この国々の資本主義的開発に基礎があったことも今では明らかである。
 したがってアメリカの軍事力がソ連の共産主義の拡大から世界を守ったという論理は、虚妄である。ソ連を崩壊させ、共産主義の拡大を防いだのは、戦後のアメリカ的な資本主義経済の強さであった。アメリカは自国民を世界一の豊かな生活にいざない、なおかつかつての敵国であった日本やヨーロッパ、そして多くの植民地諸国をも豊かな世界に再組織化することも可能なほどの、豊かな経済力を持っていたからこそ強かったのである。

▼アメリカは一国でやっていけるのか?

 アメリカの軍事力が世界とヨーロッパを危機から守ってきたという新保守主義派の論理は虚構であった。しかし彼らの論理の虚妄さは、これに止まらない。
 ケーガンは、アメリカは一国でやっていけると主張する。たしかに他国に軍事力を行使する上でアメリカは一国でやってゆける。
 イラク戦争におけるイギリス軍の存在が「アメリカの意図を理解する同盟国も戦争に参加している」ということを示す看板にすぎないことが、そのことを物語っている。
 だがその軍事力の基礎となる経済を見てみると、その様相は一変する。アメリカは世界なくしてはやってゆけないのである。
 よく知られているように、アメリカ経済は三つの赤字に陥っている。貿易における巨額の赤字。資本収支における巨額の赤字。アメリカは世界一の債務国なのである。そして連邦政府財政における巨額の赤字。
 さらにはアメリカ産業の多くは、一部のIT関連やバイオなどの先端産業を除いて、国際競争力においてはヨーロッパや日本に遅れをとり、中国や韓国などの新興国の産業にすら遅れをとっている始末である。世界市場の大部分をアメリカ産業が占有しているというのは、30年以上前の歴史的な過去に属するのことなのである。
 この産業の衰えた世界一の赤字国がどうして世界一の生活水準を国民に保証し、なおかつ巨額な資金をもって軍隊を養い、他国へ攻撃をしかけることができるのか。
 このしかけは、資本収支における巨額な赤字にある。世界市場支配力を失ったアメリカの産業に息をつかせているのは、政府の巨額な公共投資による需要の創出であり雇用の創出による購買力の強化である。そしてこの政府の公共投資を支えているのが、ヨーロッパや日本、そして新興国がアメリカ政府の発行する国債を大量に購入していることであるのもよく知られている。
 貿易で巨額の利益をあげた諸国が、新たな産業投資をせずにアメリカ国債の購入に走るからくりは、1970年代以来続く国際競争の激化による市場の狭隘化と不断の過剰生産による投資市場の狭隘化であり、他方ではドルが唯一の世界通貨の役割をもっているがゆえに、貿易による巨額な黒字が莫大な余剰ドルの集積となるという構造にある。
 そしてさらにアメリカは、1970年代以降旧植民地の諸国を国際銀行や世界貿易機関などの力を駆使して大量のドルを投入して資本主義的に開発し、これらの諸国の貿易収入もまたアメリカ工業製品の購入によってアメリカに還流する構造を世界的に広げた(以上の構造については、マイケル・ハドソン著「超帝国主義国家アメリカの内幕」徳間書店刊にくわしい)。
 こうして衰えつつあるアメリカは、世界の富がアメリカに還流するように世界を組み替えたのである。
 この文脈でケーガンが時代遅れの「楽園」と罵倒するヨーロッパ統合を見るとどうなるだろうか。ヨーロッパ統合の柱である通貨統合と巨大な単一の市場の創造が、アメリカの影響から独立した単独の世界通貨と市場の創出という自衛的な動きでもあることが見えてくるであろう。そして同じことは、この間急速に現実味をおびつつあるアジア経済共同体構想とアジア通貨の問題にも言える。
 今やアメリカは、世界なくして成り立ち得ない。アメリカ経済の豊かさは世界あってのことなのであり、世界を搾取することで成り立っている。そしてこのことは、今回のイラク戦争の戦費すらが、諸外国のアメリカ国債購入でまかなわれたという事実にも示されている。
 アメリカは一国では行動できないのである。

▼世界を不安定にさせるアメリカ

 新保守主義派の世界認識は多くの虚構によって成り立っている。基本的にそれは、経済の問題、資本主義のありかたの現状について黙して語らないことによって成り立っている。
 最後に一つ、ケーガンが語らないことをあげよう。それは彼が新たな脅威がなぜおこったのか、その原因と性格を決してかたらないということである。
 いわゆる「ならずもの国家」やテロ組織がなぜ生まれたのか。この21世紀における「新しい脅威」と戦って世界秩序を守るのがアメリカの使命であると語っておきながら、これらの国家や集団が生まれた原因を、彼は決して語ろうとしない。まるで自然にそこに危機が生まれたかのようにして、彼はヨーロッパの多国間協調派を論難するのみである。
 ここにも虚構がある。
 そしてこの脅威がアメリカ自身によってつくられたものであることについては、すでに多言を要しないであろう。
 イラク・フセイン政権を生み出したのは冷戦期におけるアメリカのイラン援助政策に対抗したソ連の援助であり、フセイン政権を強化したのは、イランのイスラム革命勃発以後のアメリカのイラク援助政策であったことは周知の事実である。またアルカイダなどのイスラムテロ組織を生み出したのは、アフガンにおける対ソ連イスラム聖戦を企画援助したアメリカの戦略であり、その大衆的支持基盤を生み出したのは、旧植民地諸国をアメリカ資本主義的に開発したグローバリズムという世界のアメリカ化という戦略と、その結果生まれた、これらの地域における文化的社会的伝統の破壊であることは言をまたない。
 そして朝鮮民主主義人民共和国による大量破壊兵器開発危機も、この国もまた冷戦期における共産主義封じこめというアメリカの戦略により生まれた歪な国家であり、今、東欧に遅れること10年にして、東アジアおける冷戦構造が崩壊し始めた現象なのだということを考慮するならば、ここにおいてもまた東欧におけるような民主化が可能であることがわかるだろう。クリントン政権の対北朝鮮政策は、この道筋に沿ったものであった。
 とすればこの北朝鮮指導部の暴走による危機は、ブッシュ政権の単独行動主義にこそその淵源があることは明らかであろう。

 新保守主義派の世界認識はほとんど虚構の上に成り立っている。彼らは世界資本主義経済の歴史と現状に目をつぶり、その歴史を軍事力学主義的にしか見ていない。それが意図的なものなのか、それとも彼らの視野が狭いことによるのかはわからないが。
 ともあれ、新保守主義派の理論的支柱であるロバート・ケーガン氏のこの小論は、彼らネオコンの世界認識を率直に物語っており、それゆえその論理的ほころびもよく見えるものである。
 ブッシュ政権の単独行動主義による世界のさらなる不安定化を阻止しようとする人々にとって、本書は、その戦略を組み立てる上での大いに参考となろう。
 是非、自分の目で、新保守主義派の論理の虚妄さをたしかめていただきたい。

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