【時評】「生活を守る」保守層の反乱
2009年10月
●自民支持団体内部の構造的変化
私たちはその機関誌にて09年衆院選における自民党の敗北の原因を、「支持基盤の自壊」と性格付けた。この自民党支持基盤の自壊とは、具体的にはどのようなことであったのか。
選挙区ごとの選挙結果を分析した記事を詳しく読んでみて気がつくことは、従来の自民党を支えてきた諸団体の集票力が落ちており、当該団体が自民党候補の支持を決めても、団体末端の構成員まで行渡らないことが指摘されている。そして最も劇的な変化を示した選挙区では、支持基盤の団体そのものが、今回は民主党支持に動いた。
従来の自民党の支持基盤を構成した諸団体とは、農協、医師会、特定郵便局長会、町内会などの地域団体と、建設関係などの企業団体である。
このうちの町内会などは90年代あたりから構造変化を示しており、特に都市部では、従来は一家の長である父親の政党・候補者選択に家族構成員全体が従ってきた構造が崩れ、家族の個々人が、各々の信条に従って投票する傾向が強まっていた。これは諸個人の自立を示す事象であり、これが、支持政党無し層を大量に生み出した背景であり、選挙の度ごとにその投票行動を変えるこの層は、台風の目として意識されてきた。
しかし、今回の自民党支持基盤の自壊現象となった諸団体の集票力の衰退はこれとは性格を異にし、小泉構造改革によって、支持基盤である諸団体を構成する人々の生活が破壊され、このような政治を行う自民党への不信感が醸成されたことに原因がある。
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今次衆院選においては、各地で農協の政治組織である農業者政治連盟が、自主投票などの形で自民党への推薦を見送ったものが相次いだ。その理由は「米価は下がり、減反は強化され、気がつくと所得は半分。農家の政治不信が強く、やっぱり(自民党を)推薦するのはおかしい」ということであった。
農家の自民党離れは、農水省が「4ヘクタール以上の農家支援」を打ち出したことが小農切り捨てとして農家の反発を招き、07年参議院選における地すべり的な民主党の勝利を生み出したところから始まった。
そして昨年秋からの世界的不況は日本の製造業を直撃し、農家の多くが来年の営農資金源として重視している工場への出稼ぎを難しくさせた。派遣切りに見られるような製造業の臨時工切捨ては、ぎりぎりの生活を強いられてきた農家の生命線を断ったのだ。この巨大資本による労働者切捨てに対して自民党政権は無策であり、自民党が選挙公約で「すべての意欲ある農家を支援対象とする」とした所で、信用されるはずはなかったのだ。
こうして全国農協中央会が依然として自民党支持を続け、各県組織が自民党候補推薦を掲げていても、末端の農家はこれに従わずに民主党に投票し、この動きに促されて自らの県組織を動かした人々が居た所では、自主投票という形でこの流れに掉さしたのだ。
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同じ動きは、医師会でも起きていた。
茨城県医師会は全国に先駆けて民主党支持を打ち出し、全国の地域医師会が自民党から離反するきっかけを作った。この医師会が自民党から離反した原因は、後期高齢者医療制度の導入にあったという。
増大する医療費の縮減を名目にして、高齢者だけを切り離して別の健康保険制度を創設し、その財源として高齢者にも高額の保険料を負担させると共に、他の健康保険組合から高額の拠出金を出させ、国が負担する分を大幅に減額した制度である。
この制度が強引に実施されたことで、各地で保険料を払えない高齢者が現れ、それとともに各企業健康保険組合などで、あまりの負担金の多さに解散するところも相次いだ。ところが、その企業健保に加入していた組合員が大量に国保に流入したことで各地方自治体が支えている国民健康保険の財源難が深刻化し、こんどは相次ぐ保険料値上げが保険料を払えない人を大量に生み出し、多くの無保険者を生み出した。
このような医療切捨て政策による地域医療の荒廃を、厚生労働省・自民党政府は顧みることすらしなかった。これが、日本医師会などの中央組織が相変わらず自民党支持を明確にしていたにもかかわらず、各地の地域医師会が相次いで自民党候補推薦を止め、民主党支持を明確にした背景であった。
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さらに、企業の従業員とその家族を丸抱えで自民党支持基盤となってきた企業団体でも、同様な変化が起きていた。
特に自民党の強力な支持基盤であった建設関係の企業団体では、小泉構造改革によって公共事業が大幅に削減されたことにより、公共事業の請負によっても採算が取れず、企業体質が大幅に弱体化していた。ここに世界的な不況が襲った。これでは傘下企業の体力も減退し、選挙に従業員や家族を動員するどころではなかったのだ。
また町内会、特に地方の地域商店街を主体とした町内会の集票力も減退していた。
巨大スーパーなどの出店規制を解除した小泉構造改革によって地方の商店街は衰退し、シャッターの閉じられた商店街が広がった。この状態では、商店会を中心とした町内会が自民党集票に動くわけもなく、農家の自民党離れが進んでいる農村の町内会が動かないのと同様だった。
そして特定郵便局長会は郵政民営化によって自民党を離れ、民営化反対を貫いた国民新党の支持に回り、今次衆院選においては民主党、社民党などと協力して集票にフル回転したことは記憶に新しい。
こうして、小泉構造改革路線の推進によって、自民党の支持基盤を構成してきた諸団体の傘下の人々は、生活を脅かされるに至っていた。しかし自民党と自民党政権が、07年参議院選の敗北にも関らず、次々と総裁・総理の首を挿げ替えて政権の延命を図ることに汲々として、国民の多くの人々が生活破壊の危機に喘いでいる現実を無視したことで、自民党に対する政治不信が醸成された。そして、このことに危機感を持った諸個人が、自民党を支えてきた諸団体の内部で自民党への懲罰行動へと動き、生活を守るために民主党支持へと動いたのだ。
だから今次衆院選における自民党の敗北は、「民主党に風が吹いた」というような一時的な現象ではなく、その「支持基盤の自壊」というべき構造的な変化であった。
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急激に社会が変化して政治的な変革が起きる時には、最初に既存の体制を支えてきた諸団体の内部でこうした動きが起こるものだ。こう考えてみると、今次衆議院選挙は、歴史的な大きな変化の第一段階を示すものと言えよう。
日本医師会では、2010年春の次期会長選挙に、衆院選でいち早く民主支持を出した茨城県医師会の会長が立候補し、医師会としての立場の変更に手をつけるという。今後、このような、自民党を支えてきた既存組織の政治的動向が注目される。
さらに、これまでは政治的な発信をしてこなかった人々の手によってどのような新しい組織が作り出され、政権に対して、彼等の生活防衛のための要求を突きつけて行くのか。このことも、今後の日本社会の変化の方向を占う上で注目に値するであろう。
とりわけ派遣切りに見られるような、労働者を使い捨てにする企業風土に抵抗できなかった労働戦線において、どのような新しい動きがでるのかは、既存の組織の新たな動きとあわせて注目する必要がある。
(K)