1.夢


「おいで・・・おいで。翔。おいで。」

また誰かが僕を呼ぶ声がする。

かすれたのどを絞ったようなかすかな声だが、僕を呼んでいる。

「おいで・・・おいで。翔。おいで。」

これでもう七日目だ。このところ毎晩床についてしばらくすると、決まったように僕を呼ぶ声がする。

「おいで・・・おいで。翔。おいで。」

あまり何度もしつこく呼ぶので、

「誰だ!」

って叫んで、飛び起きると、とたんに目がさめてしまう。

そう。これは夢なんだ。

どうしてこんな夢を見るのだろう。なんだか気味が悪い。いったい誰が僕を呼んでいるのだろう。今日も飛び起きると夢からさめてしまうのだろうか。

「おいで・・・おいで。翔。おいで。」

なんだか急に声が大きくなって、僕のベッドのすぐそば、足もとに来たみたいだ。それに真夏だというのに足に冷たい風があたる。

『窓でも空けっぱなしにしたんだろうか。それともクーラーのタイマーの消し忘れかな。それにしてはこの風、なんだか魚みたいなにおいがする。』

変に気になったので、そっと目をあけてみた。

『な、なんだ。あれは・・・・・』

ベッドの足もとの壁際に背の高い人の影のようなものがユラユラゆれている。

「おいで・・・おいで。翔。おいで。」

壁際の影がだんだん大きくなり、ぼんやりとしていたのが形がはっきりして、その影が僕に向かって手まねきしている。

「おいで・・・おいで。翔。おいで。」

『わっ。幽霊?。・・・でも幽霊なんかいるわけないよな。あんなのはただのお話しなんだ。これはきっと夢だぜ。大きな声を出して飛び起きれば、目が

さめる。』

「だれだ!!僕の名を呼ぶのは!」

『ん。なんだ。影が消えないぞ。ほ、ほんとに幽霊なのか?』

とたんに影がすっと横に動いて、僕の横にきて、その姿がはっきりと目にはいった。

すらっと背が高く、手足は長くて細い。長い首の上の顔は小さく、口は大きく、なんだかとんがっているみたいだ。目はぎょろっとしていて、その上の

頭は、まっすぐで短い毛がまわりをぐるっととりまいている。まるで小さい子供のおかっぱ頭だ。

『おかっぱ??・・・・。えっ・・・・』

その人影はまっすぐ僕を見すえ、目が青白く光っている。

「おいで。翔。私についておいで。」

人影は手まねきしたかと思うと、すっと向きをかえ、スタスタと壁に向かって歩きだし、ふわっと姿を消した。

おもわず僕もベッドから飛び降りて、後を追いかける・・・・・・・・・。     気がついたら、まっくらやみの外に、裸足で僕は立っていた。

『僕の寝室にいるはずだったのに・・・』

まわりを見回しても家の影も見えない。なぜだか今夜は道路の街灯も消えていて、月すら出ていない。

ウロウロしているうちに目が暗がりに慣れてきて、すこし物の形が見えるようになってきた。

僕はうっそうと繁った森の前の、鳥居の前に立っていた。

鳥居の先には、白い石で葺いた道が、ずっと森の中へと続いていた。道は少しずつ下っているようだ。

『どこだ?ここは。家のそばには森なんかなかったぞ。』

まわりをみまわしても家など一軒もない。

『家のそばじゃない。ん。どこかでいつか見たような森だ。前に来たことのある神社かな?』

まるで夢を見ているようだった。僕が追いかけた人影すら見えない。

『どこだ、ここは!。どうしたら、いいのだろう?。』

いきなり、僕の心を見透かしたように、前の白い道の先に、見おぼえのある人影が浮かびあがった。

「おいで。翔。私についておいで。」

さっきの声だ。毎晩、僕を呼んでいたあの声。影は僕に手まねきをしたかとおもうと、くるっと向きをかえ、すたすたと森の中へと坂道を下っていっ

た。

僕の足はひとりでに動きだし、その影の後を追って、森の中へ・・・・。しばらく白い道を下って行くと左手に床の高い建物の影。建物のまわりに突き

出した廊下にはぐるっと欄干が張り出している。

『どうやら、舞台のようだ。』

僕の前を行く人影は、舞台と右側の建物の間を抜け、少し先の背の低い建物の前を右に折れ、建物の間を抜ける白い道にそって、すたすたと音も

なく、奥へ奥へと進んでいく。ちょうどその時、ちらっと月の光がさしたのか、あたりがちょっと明るくなり、だいぶ先を行く人影の後ろ姿を照らしだし

た。

『うっ。甲羅・・・。背中に甲羅があるぞ。いや?。甲羅みたいな模様の服を着ているのかな?』

その人影はちょっと変わっていた。何か大きな楕円形の物を背中に背負っているみたいで、長い細い足でがにまたで、ちょっと前かがみに歩いてい

く。頭のてっぺんには、帽子をかぶり・・・。

『ん?。帽子?。白い小さな帽子・・いやあれは、お皿だ・・・・。』

「あっ!。カッパだ!。カッパだ!。」

とたんに足ががくがく震えて力が抜け、おもわずその場にへたりこんでしまった。

「カ、カ、カッパ。な、な、なんでそんなものが・・・・・」

急にあたりが薄暗くなり、もわっと生臭い風が顔にあたった。

いきなり僕の目の前にカッパが立っていた。それも僕の背丈の二倍くらいもある背の高さのカッパで、細長い足と胴と長い首の上の小さな顔から、

青白い大きな目がじっと僕をにらんでいた。

おもわずその目を見つめると、青白い光を放つその目が急に大きく間近に迫り、ぐわっと僕を青白い光が包んだかと思うと、とたんにあたりは真っ

暗闇になった。

『どこだ?ここは?』

手探りしてみるが、指先に触れるのは冷たいぬれた岩でできた床だけ。手探りで床をはっていくと、岩の壁にぶつかった。水にぬれた壁を触りなが

ら立ち上がり、高さを確かめてみる。

『とどかない。この壁は僕の背丈よりもずっと高いところまで続いているみたいだ。』

反対側にはっていっても同じこと。そこも限りなく高い壁になっている。どうやらいつのまにか洞窟の中に入ってきたようだ。

『ここはいったいどこだ。カッパはどこへ行ったんだ。』

とたんに暗闇の一角がぼわっとほのかに青白い光に包まれ、その中に小さな人影が浮かび上がった。息をつめ目をこらしてじっと見つめると人影

がはっきりと目に浮かんできた。どうやら小さな男の子らしい。赤いTシャツで胸の所に白い小さなクマのマーク。水色の短い小さな半ズボンをはい

て。足は裸足だ。

「えーん。えーん・・・・えーん。」

男の子は時々しゃくりあげながら、目から大きな涙を流していた。目のくりっとした鼻の低い、口がちょっととんがった顔は、もう涙でぐちゃぐちゃだっ

た。

「えーん。えーん・・・・えーん。」

『どこかで見たような顔だな。いったい誰なんだろう。どうして泣いているんだこの子は。一人ぼっちなんだろうか。』

遠くでかすかに名前を呼ぶ声がする。

「○○○・・・・○○○・・・・」

はっきりとは聞き取れない。でも確かに人の名を呼んでいる。女の人の声のようだ。

・・・ ・・・・」

とたんに男の子の泣き声がぴたっととまり彼が顔をあげてこっちをみた。

『こっ。こ、こ、これは・・・・・』

これは僕の顔だった。それも二つか三つの時の。アルバムで見た小さな時の僕の顔だったのだ。

「しょう。しょう。しょう。しょう。」

女の人の声はどんどん大きくなってくる。 「しょう。しょう。・・・しょう。」


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