13.夜中の公園で麻美と二人


 家を出てからは、麻美とはほとんど口をきかなかった。麻美のやつ、やっぱりいつもと違う。くちびるをぐっとむすんで、何ごとかを考えているよう

だ。途中で心配になってきたので、おい、麻美ってよんでみた。そしたら麻美ったら、いきなりぎゅっと僕の手を握ってきたので僕も握りかえしたら、

ぴたっと身体をよせてきて、あとはまた何も言わなかった。そのままでしばらく歩いた。

 麻美の家は、僕の家の前の坂道を少し登っていき、二百mくらいさきの角で左に折れて、そこの坂をまた下る。しばらく行くと小さな公園が見える。

そこからは、すぐ目と鼻の先だ。

 麻美の家が見えてきた。アパートの二階の角の部屋だ。まだ明かりがついていない所をみると、おじさんやおばさんたちは、まだ帰っていないらし

い。

「ねえ。翔。ちょっと、つきあってくれる?。そこの公園でさ。」

「いいけど。けど、どうしたんだい?。」

「なんだか、一人でいるのが寂しいの。」

 僕たちは、麻美の部屋の見える、公園のブランコに座った。二人がけのブランコだ。麻美のやつ身体をよせてきて、そのうち麻美の頭が、僕の右

の肩に押しつけられてきた。僕は思わず右手で麻美の腰を抱きよせた。麻美も、左手を僕の腰にまいてきた。

 二人でそのまま何も言わず、ただブランコをゆっくりゆっくり動かしていた。

「ねえ。翔。聞いてる?。」

「ああ。だいじょうぶだ。聞いてるよ。」

 麻美が、頭を僕の右肩に乗せたままで、話しかけてきた。

「親子っていいわね。」

「なんだい。急に。」

「さっきの翔とおばさんのやりとりを見ていて、そう思ったのよ。けっこう乱暴な言葉のやりとりをしているようでいて、なんだか、暖ったかいものが感じ

られるのね。」

「いつもはそうじゃないさ。でも、今日はなんだか違うんだ。」

「どこが?。」

「母さんのやつ、いつもなら、ぽんぽんと僕の悪口を言ってくるんだけど、今日はそれが少ない。それになぜだか優しい。どうして急にかわっちゃった

のかな。」

「それは、翔が変わったからじゃない。」

「僕が変わったって?。」

「ええ。そう。翔ったら、いつもとしゃべりかたまで違うもの。」

「しゃべりかたがか?。」

「そうよ。いつもならお母さんのことは、おばはんって呼んでいて、どっかばかにしたような言い方なんだ。でも今日は違う。お母さんとか、母さんとか

って呼んでいる。」

「あれっ。そうだっけ。」

「なあーんだ。自分では気がついていないの?。」

「いつからかな。母さんって呼んでいたのは。麻美。わかるか?。」

「洞窟で、小さな女の子に出会ってからよ。あの時はっきり、母さんって言ったもの。」

 いつのまにか麻美は身体を起こし、身体を少し横に向けて、僕をじっとみつめている。

「おばさんの態度が変わったというより、翔の受け止めかたが変わった、といった方がただしいと思うわ。」

「なぜ、そう言える?。」

「それはね。おばさんが翔の悪口を言い出した時、いつもの翔だったら、何も言わずにうつむいてしまうのに、今日はきちっと言い返すもの。それに

その時の言い方にとげがなくって、なんだか優しいのよね。翔のほうが親で、おばさんのほうが子供って感じがしたわよ。」

「そうかなあ。」

「そうよ。人間って、その人をやなやつだと思っていると、ささいなことでも、すごく厭味なことを言われたように感じるものよ。でも、相手のそんな所を

許してあげられれば、あまり腹もたたないし、優しくうけとめられるから、向こうもだんだん態度が変わってくるんじゃないの。でも、やっぱり親子ね。

血がつながっているっていうのか、そういう気持ちの変化が、すぐ伝わるっていうのはいいわねえ。うらやましいわ。」

 やっぱり、今日の麻美は変だ。いつもなら、こんな言い方はしない。僕の家族をうらやましがるなんてことはない。

「何いってんだよ。麻美の家族のほうがずっといいぜ。おばさんもおじさんも、うちの父さんや母さんよりずっと優しいし、兄さんや姉さんだって、麻美

のことをいつも気にかけてくれるじゃないか。」

「そこがいやなのよ。優しすぎるのよ。何んか私だけ除け者っていうか、私だけ別あつかいなのよね。優しくしてあげなくてはいけないっていう、気を

つかっている感じが、ありありとわかるの。それっていやじゃない?。みんなから、自分だけが特別あつかいされているのって。」

「それは、麻美のことが可愛いからじゃないのかな。みんな、麻美のことを愛しているんだよ。」

「そうじゃないわ。愛しているからじゃない。哀れんでいるのよ。あたしのこと。あたしにはわかるわ。あたしを愛するわけがないもの。血のつながりな

んてないんだから。」

 麻美は、むきになって怒っている。こんな麻美は初めてだ。

「血のつながりがないって?。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 麻美は下を向いて答えない。ブランコをとめて、じっと自分の足先をみつめている。

 そのうち、うっという声とともに、麻美は顔を手でおおって、泣きふしてしまった。僕は、麻美を元気づけようと思うのだが、僕の手はまるで海中をた

だようワカメかコンブみたいに、ただ麻美の身体の上を、フワフワウヨウヨと宙をまっているばかりだった。

 ようやく心を決めて、麻美の両肩に手をかけた。

「麻美。どうしたんだ。何があったんだ。僕でよかったら話してみろよ。少しは、気持ちが晴れるかもしれないから。」

 ワッとさけんで麻美は、僕の首にすがりついてきた。あんまりギュッと抱きつかれたので、息がしづらくて苦しかったが、今はがまんをした。

 麻美はそのまま、しばらく僕の胸で泣いていた。

 どれくらいたってからだろう。麻美が泣きやんだのは。涙をふきながら、麻美は小さいが、はっきりした声で話しだした。僕はビックリした。心臓が裏

返しになるかと思えるほど、ドキドキして、苦しくなった。

 それは麻美の家族に関する話しで、僕が、予想だにしなかった内容だった。


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