15.僕とユウヤの大演説


 翌日のことだ。学活の時間に、文化祭へのクラス参加で何をするかという話し合いが行われた。五組もクラスで参加しようというカッパ大王の提案

に、クラスのみんなが賛成したからだ。他のクラスは体育祭前にクラス参加を決めて、すでに準備に入っているのに、五組は完全に出遅れている。

しかし、クラス参加することが決まっても、何をしたら良いのか、いっこうに案が決まらなかった。

「おい、みんな。劇をやろうぜ。スーパーマジックドラゴンをやろう。もちろん魔縞慎一の役は、おれがやるぞ。」

 ゴジラの声だ。ゴジラは一人でその気になっていて、○○の役は誰で□□の役は誰だなんて、勝手に決めている。

「劇なんかつまらないわ。劇だと誰かが主役で、その人だけがスポットライトに当たって目立つ役で、誰かは裏方。なんか不公平よ。そうよ。みんなで

出来るものがいいわ。みんなで歌をうたいましょうよ。」

 久美子の声だ。

「そんなのつまんないよ。それじゃ合唱コンクールと同じだ。なんか、みんなで作ったらどうだろう。」

 これはアキラの声。

「なんか作るって、何を作るんだ。」

「それは・・。まだ考えてない。」

「作るものを考えないで、発言するな。」

 とこれはナオジだ。

 いっこうに案は決まらず、みんな勝手に自分の意見を言っていて、教室の中はもうおお騒ぎだ。

「みんな。勝手にしゃべってないで、ちゃんと、話し合いをしなさい。」

 司会をしている麻美が、大声でどなった。とたんにみんな、シーンと黙ってしまった。

「ねえ、何かいい案ないの。劇だって二組がやるといってるし、歌じゃ一組や三組と同じ。何かつくるっていっても、案はなし。他のクラスがやらないよ

うな事で、五組らしいことってないのかしら。」

「カッパについて調べればいいんだ。」

 思わず大きな声を出してしまった。

「カッパって?。カッパなんか調べてどうなるんだよ。どこが五組らしいんだ。」

「担任がカッパ大王だからか。それに自分もカッパだからか?。それじゃ、しゃれにもならないぜ。」

「い、いや。そうじゃないんだ。今のは冗談だ。ほかにちゃんと、五組らしい提案があるんだ。」

「じゃあ、冗談なんか言ってないで、ここへ来て、ちゃんと提案しなさい。」

 麻美にどなられて、僕は、みんなの前で話さなければならないはめになった。べつに何かいい案があったわけじゃない。五組らしいことって言われ

て、頭に浮かんだのがカッパ大王だっただけで、五組らしい提案というのは、ゴジラに言い返されて、思わず口から出たでまかせにすぎない。

 黒板の前に立ってみんなの視線を浴びた時、きゅうにあの話しを思い出した。ほら、昨日、麻美と二人で武蔵川水神社にいった時に、神社のおじ

いさんに聞いたあの話し。あのおじいさん、いったい誰だったんだろう。社務所の裏に入ったと思ったのに、気がついたら神社の拝殿の階段に座っ

ていた。まるで狐にだまされたみたい。あれ?。狐。いやそうじゃない。あれは、あのおじいさんは、菅原天神社の神様だったんだ。拝殿の奥っての

は、神社の本殿。つまり、神社の神様が祀られている所。そこからおじいさんが出てきたということは、あれは菅原道真だったんだ・・。

「翔。何してるの。黙ってぼんやりみんなを見回していたって、しょうがないのよ。」

 麻美にどなられて、われに返った。

「あっ、ごめん。えーっ。提案というのはですね・・・・」

「もったいぶってないで、さっさと言え。」

「すみません。えー、僕たちの学校は、武蔵川のすぐそばにあります。でも僕たちは、あの川についてあまりよく知りません。昔は武蔵川で泳いだり、

鮎を釣ったりできたって聞きますが、今じゃもう、川の水が臭くてほとんど誰も遊びにいきません。どうしてこんなに臭くなったのか、調べてみたいの

です。それに、臭いといったって川は流れています。つまり、生きているはずです。今だって、川にはいろいろな生き物がいるはずです。どんな生き

物がいるのか。それは、川がきれいだったころとどう違うのか。それも調べてみたいのです。もしかしたら、カッパだっているかもしれません・・・・・。」

 カッパがいるかもしれないという僕の話しに、みんなはおお笑いしている。でも、僕はそのまま話しをつづけた。あの時おじいさんに聞いた話し、お

じいさんと麻美とが話していた話しが、僕の口から次々と湧き出るようにとび出してきた。こんなに長い話しを人の前でしたのは、初めてだった。まる

で、自分が自分ではないような感覚。誰かが僕に乗り移っていたのかもしれない。

 気がついたら、教室はシーンとしていた。いつのまにか、僕の話しは終わっていた。みんな黙っている。誰もしゃべろうとはしない。僕の提案は、だ

めだったのだろうか。

 その時だ、教室の隅のほうで、小さな人影が立ち上がるのが見えたのは。

 ユウヤだった。

「僕は、翔くんの提案に賛成です。翔くんの提案は、命ってことを考えたいんだと思います。僕たちは、自分一人で生きているように考えがちですけ

ど、そうじゃありません。いろんな人に支えられて生きています。お父さんお母さん兄弟たち友達、そして先生など、いろんな人に助けられて生きてい

ます。僕は前は、たった一人ぽっちだと思っていたけど、今は違います。こんな弱虫の泣き虫の僕だけど、いつも誰かが、僕のことを気にしていてく

れる。クラスでいじめられていた時だって、よく考えてみたら、みんながいじめていたわけじゃない。ちゃんと声をかけてくれたり、遊びに誘ってくれた

人がいた。僕が一人ぽっちだと思っていたのは、僕の思い込みだったんだ。みんなが僕の敵だと思っていた。だから、せっかく声をかけてくれていた

のに、自分のほうで遊ぶのを拒否していただけなんだ。僕が気がついていないだけで、誰かに支えられて、僕はここまでこれたのだと思います。これ

と同じように、僕たち人間は、たくさんの生き物に支えられて生きています。いや、生き物だけではありません。空気や水やその他いろいろなものに

支えられて、僕たちは生きていると思います。なのに僕たちは、そのことを忘れています。

 武蔵川の自然を調べるってことは、僕たちに、その事を思い出させてくれるのではないでしょうか。ちょうど川波先生が僕たちに、人と人との心のつ

ながりの大事さ素晴らしさを思い出させてくれたように。

 だから、僕は、翔くんの提案に賛成です。みんなで、武蔵川と人間との関わりについて、調べてみたいと思います。」

 すごい演説だった。僕の話しなんか、霞んでしまった。ユウヤの演説のあと、教室は一瞬、シーンという緊張した空気に包まれた。でもそれは、ほ

んの一瞬だった。すぐに割れんばかりの拍手がおこり、満場一致で、武蔵川と人間との関わりについてクラスで調べて、文化祭に発表することにな

った。

 そして麻美の提案で、みんなで武蔵川にいって、いったいどういう所なのか、どういう生き物がいるのか見てくることになった。あれこれしゃべってい

ても、実際の武蔵川にいってみなくては何もわからない、というのが麻美の提案だった。

 授業があるのにそんなことできるのか、って言うおチャメの心配は、カッパ大王の一言でふっとんでしまった。

「よし。今度の土曜日。朝から昼まで、武蔵川の観察をしよう。ちょうどいいことに、二時間目は体育で三時間目は道徳だから、一時間目の社会だけ

もらえば、うまくいく。社会科の中嶋先生なら、こういうの好きだから、授業をくれると思うよ。」

「でも、勝手に授業を組み換えて、武蔵川なんかに行ってだいじょうぶかな。学年主任の久保田先生や相田校長先生から、文句がでるんじゃないで

すか?。」

 おチャメのやつは、あいかわらず心配性だ。しつこく、カッパ大王を問い詰めている。

「それは先生にまかせとけ。大船に乗った気で、待っていろ。」

 この一言で、決まりだった。


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