9.再び洞窟の中へ


 再び菅原天神社の裏にある、武蔵川の淵の前に立っていた。今日は前に来た時と違い、太陽は最初から真上にあったので、淵の周りは薄明る

く、白い鳥居もカッパの石像もはっきりと見分けることができた。

「あら、いいところね。」

 麻美の声がはずんでいる。

「水の色がとってもきれい。ふかーい緑色っていうのかな、青みがかった緑っていうのかな、神秘的で落ち着いた水の色。いいな。それにもう真昼時

だっていうのに、空気もひんやりとしてて気持ちいい。あっ。あれが翔が言ってた白い鳥居ね。」

 麻美はスタスタと駆けていって、カッパの石像を見上げている。

「へええ。ほんとにカッパ大王によく似ていること。これじゃ生き写しってやつね。そしてここが武蔵川水神社ってわけか。」

 麻美は、白い小さな石の鳥居の真中にかけてある額の文字をみつめていた。麻美に言われて気がついたわけだが、そこには水神社と消えかかっ

た文字があった。

「水神社って、川の神様を祀ったものでしょ。なぜカッパの石像があるのかな?。」

「知らねえよ。そんなの。おおかたカッパが水の神様だからだろ?。」

「それは違うわ。カッパは水の神様じゃないもの。」

「どうしてわかる。麻美に。」

「いいこと。カッパの石像はこの白い鳥居の前に立っているのであって、鳥居の後ろにあるのではない。」

「それがどうだっていうんだ。」

「もうっ。翔ったらなんにも知らないんだから。鳥居というのは神様の社、つまり神様がおられる所の前に立てるもので、元々は神の使いである鳥の

とまる木だったのよ。だから神様は鳥居の後ろにいらっしゃるというわけ。それが証拠に、鳥居の後ろに小さなお社があるじゃないの。カッパが水の

神様だったらそのお社の中にいるはずでしょ。」

「はあ。そうなんだ。じゃ、水神さまってのはなんなんだい?。」

「たしか、蛇だって聞いたことがあったような気がするわ。」

「ヘビか。なんでヘビが水神なんだよ。」

「ヘビって湿った所に住んでいるし、よく川を泳いでいるっていうじゃない。だからでしょ。」

「ふーん、よくわかんねえや。ところで神様がヘビなら、カッパはなんなんだい。」

「あたしにもよくわからないの。ところで翔。洞窟なんてどこにもないじゃないの。」

「そうなんだ。やっぱりな。」

「やっぱりって?。」

「うん。この前きた時だって、カッパ大王と話していて、気がついたらこの鳥居の前に立っていたというわけ。その時も、洞窟なんてどこにもなかった

んだ。」

「じゃ、どうやって入ったの?。」

「入った時はさ、朝まだ早かったものだから、真っ暗に近くてさ、手探りで鳥居の所まで来て、鳥居の後ろの崖を触っていたら、いきなり洞窟の中に

いたっていう具合さ。」

「そう。真っ暗な時に手探りでか。じゃ、その前に、夢の中でこの洞窟に来たことがあるって言ってたわよね。」

「うん。その前の晩だ。」

「その時の様子を教えて。特に大事なのは、その時まわりの明るさがどんなだったかっていうことよ。」

「うーんと。たしか真っ暗に近くて、そうだ。カッパだって分かったのは、月がちらっと姿を現したからだから。」

「なるほど。じゃ、この洞窟は、まわりが暗くないと、きっと見えないのよ。」

「暗くなると見えるのか?。」

「それもよくわからない。」

「じゃなんだよ。麻美。はっきりしろよ。」

「もしかしたら、ただの夢だったってこともありうるわけで・・・・・。」

「おいおい。僕が夢見てたってのかい。あんなにはっきり覚えていてもか?。」

「最初にここに来たのは、夢の中だって言ってたわよね。」

「そうさ。しょう、しょうって呼び声が聞こえたかと思うと、母さんの呼ぶ声で、いきなり目がさめたんだ。」

「でも、はっきり覚えていたんでしょ。この神社のことも。小さい時のあなたに会ったことも。カッパ大王に会ったことも。」

「そうさ。だから、翌朝、その記憶をたどってここにきたんだもの。」

「はっきり覚えている夢もあるってわけよ、その話しでわかったでしょ。」

「そうか・・・・。」

「でもね。夕方になって、暗くなるまで待ってみましょうよ。わたしもカッパ大王、つまり本当のカッパの大王に会ってみたいし、あなたの話しを聞いて

ると、ウソとも思えないしね。少し待ちましょ。」

 そうして、何時間か鳥居の前に座って二人で過ごした。なんだかんだと話しているうちに、だんだん薄暗くなってきて、麻美の顔もはっきりとは見分

けられないくらい暗くなってきた。

「麻美。怖くないかい?。」

「大丈夫よ。でも、ちょっと不安ね。翔。私の手を握っていてよ。」

 やっぱり麻美も女の子だ。身体も大きくて、いつもは男っぽい言葉を使って、強そうにしているけど、手を握ってみると、麻美の身体が震えている振

動が伝わってきた。

「ねえ、洞窟見えてきた?。」

「いや、見えない。」

「鳥居の後ろに行って、崖を触ってみたらどう?。」

 二人でそっと立ち上がって、鳥居の後ろにまわってみた。片手で岩肌を触ってみても、ただひやっと冷たい少しぬれた岩があるだけで、洞窟などど

こにもない。

「やっぱり夢なのかなぁ。」

「もうあきらめちゃうの。翔は。」

「そういうわけじゃないけどさ。」

「ないけどって?。」

「だんだん自信がなくなって来たな。」

「自信が?。」

「そう。カッパ大王に会ったのも、三つの僕が、母さんと兄さんにいじめられて泣いていたのに出会ったのも、みんな夢の中だったような気がするん

だ。きっと僕が、昔の僕の事を知りたいっておもったから、そんな夢をみたんだよ。」

「えっ。知りたいっておもったの。」

「うん。夢の中で見た、小さい頃の自分のことが気になってさ。それで、この神社に学校さぼってきたわけだし、洞窟の中に入って何も見えなかった

時もさ、なんだ、カッパ大王も小さい時の僕も夢だったのかって思ったんだ。そしたらいきなり、あたりが青白くなって、小さい時の僕が見えたんだ

よ。きっとこの鳥居の前にきて、眠ってしまったんだね。僕は、毎晩夢にうなされてよく寝てなかったから。」

「翔。今日はなんでここに来たの。カッパ大王に、聞きたいことがあるって言ってたわよね。たしか。」

「うん。でも、それは麻美にも言いたくないな。」

「そう。じゃいいわ。でもそれを心の中で強く念じてみてよ。強く。」

「僕が知りたい、聞きたいってこと、心の中で念じるのか?。」

「そう。やってみて。きっとね。ここのしかけってのは、翔、あなたが何かを強く念じないと、動かないんじゃないかな。」

「そうかな。」

「そうよ、きっと。そしてね。あなたが心の中で念じたことが充分満たされてしまうと、しかけが動いて、外に出されてしまうのよ。そうに違いないわ。

翔、やってみて。」

 半信半疑だったけど、とにかくこのままではどうしようもないので、やってみた。心の中で、僕が知りたいことを強く念じてみた。カッパ大王教えてく

ださいって。

 いきなり目の前が真っ白になったかと思うと、また再び真っ暗になっていた。しかも、しっかり握っていたはずの麻美の手がない。


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