掲載にあたって


 この「透明な君へ!」はまだ未完の小説です。

 内容は、1997年の神戸の小学生殺傷事件に衝撃を受けて学校を行かなくなり、その後自分自身を問いなおすことを通じて立ち直り、自分自身の道を歩んで行った少女の物語です。そして自分自身を見なおす時に大きな契機になったのが、小学生殺傷事件の犯人である「酒鬼薔薇聖斗」との対話であり、その対話を通じて彼の心と自分の心を見つめて行ったことでした。

 残念ながらこの小説は、事件の翌年の1998年の夏に途中まで書いたのですが、その後は執筆の時間がとれず、今に至っても未完です。ただ結末とそこに至る筋書きはほぼ出来ているのですが。

 未完のままの小説を掲載するきっかけは、2003年7月に長崎で起きた幼児誘拐殺人事件です。またしても犯人は中学生。しかも12才。しかし、マスメディアも社会全体も、犯人の少年の心も闇に迫る取り組みは今だ行ってはいないようです。

 この事件も6年前の事件がそうであったように、全ての人が、自分の問題として考えねばならない事件です。でもまだ多くの人が他人ごとのようにしており、政治家の心無い発言も続いています。

 この小説は、実は、実話に基づいています。あの事件のあと、急に学校に来なくなった女子生徒がいました。中学校2年生の1学期。以来彼女は翌年の3学期の初めまで登校しませんでした。
 伝え聞くところによると、きっかけはあの事件であり、彼女の学校を拒否する決意は固く、周りの言葉は通じないようでした。

 しかし翌年の1月、彼女は突然学校に出てきました。でも授業は、彼女が選んだものだけ。放課後の活動には参加せず、日によっては授業にも参加しませんでした。それでも彼女は選択的に学校の活動をしており、以前とは違った雰囲気ながら、しっかりと自分の道を歩いているように見えました。
 何が彼女にこうさせているのか。直接話したわけではないので、はっきりしたことは分かりません。
 僕は自分なりに想像して、学校を拒否した契機を理解しようとつとめ、それを小説にしてみました。

 この小説が「透明な君へ!」です。

 この時には小説の結末が描けず、途中で終わってしまいました。でも、犯罪を犯した少年の心の中について、僕なりの取り組みの成果は書きこんであります。
 これを今、再び少年による悲惨な犯罪に直面した人々の参考になればと考えて、未完のまま公表することにしました。

 でも終わりの仕方は、モデルになった彼女が示してくれました。
 彼女は学校に行かなかったあいだに津軽三味線に出会い、それを一生の仕事にすることを決意し、この音楽を世界に広げるためには、学校で学ぶ事の中にも必要なことがあると確信し、それで自分の必要な限りで学校を利用することにしたのだそうです。そしてこの事情を知ったある教師が、3年生の秋の文化祭に三味線で個人参加することを勧めました。
 この演奏は見事でした。でも聞いた人はほんの20人ほど。あまりにもったいないので、僕は、文化祭の実行責任者として、管理職や司会進行係りに図った上で、閉会式のオープニングに彼女の津軽三味線を入れました。
 突然舞台から三味線の音が流れると生徒は騒然。でも演奏は、その生徒たちを魅了し、10数分の演奏中は会場全体がぴーんと張り詰めて、すばらしいものでした。
 このことが大きな自信にもなったのでしょうか、彼女は翌年3月の卒業前のお別れ会で、再び演奏しました。しかもこの時はなんと、自分についてと、自分がなぜ津軽三味線を選んだのかということを同じ三年生に語って見せたのです。とても自信にあふれた、そして余裕に充ちた舞台でした。

 津軽三味線との出会いが彼女に自分の道を示したのでしょう。

 この小説はたぶん、この例を参考にして展開すると思います。でもまだ時間がかかります。お楽しみに。

2003年7月13日                                               鯖江 流 記す


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