ずれずれ雑草子

ここはKawakyonが何か思いついたときに書くページなりけり。
いろいろ世間とずれているところはゆるしてたもれ〜。

ぽえむ&みそひともじエセ?エッセイ「恋愛について私が語ろう」

ぽえむ&みそひともじ

ここにおいて よもや世間とつながれり ネットで戯言 恥ずかしげもなく

ある晴れた日に

ある晴れた日に


お部屋の窓から外を見ていると、新緑がとてもきれいです。
春のやわらかい陽差しをうけて、山ではいろんな抹茶色がぽこぽこしててかわいい。
うちの庭の若葉たちは、春のやさしい嵐をうけて、ゆらゆら。

なんという透明感。
葉脈も見えるよ。

そして水彩画のような青空がとてもきれい。
今日の朝、大きな刷毛で一塗りしてやった。



この青空はだいすき。
春の風に揺れるたんぽぽも、せせらぎの中でひそやかにエラ呼吸してる魚や、
わたしはさわったことないけど、ひたむきな瞳をしているカエルたちもだーいすき。

だいすきなものごとは、どうして、こう、もどかしいのだろう?
守りたいのに、大切にしたいのに。

いつも言葉たらずで、ごめん。
変なこと言い過ぎるときもあるし、ごめん。



何を誰にどう伝えたいのか分からずに書いてたら、
やっぱり、変になってしまった。



愛は、すぐそこにあります。
ころころ落ちてるから、拾って、なでてあげてね。
埃をはらってあげましょう。


(04/04/17)

エセ?エッセイ

でんでんタウンへレッツゴーみなさんもお試しあれ計量カップの達人玄米ライフ
松の木の話芸術の秋ということで初めてのレッスンMyマリンバを求めて | 昭和63年5月8日

でんでんタウンにレッツゴー〜自作他作コンピューター作成記録

〔プロローグ〜なんでパソコンを作ろうと思ったのか〕
 昨年の年末も押し迫った頃のことだった。リビングからマイルームに戻ろうとしたら、なんでだか、階段のあたりに黒煙が漂っている。部屋に近づくにしたがって煙は濃くなっていく。
「もしかしたら・・・私の部屋、火事になってる?」
「そういえば、ストーブ(ファンヒーターではない。上でお湯を沸かせるれっきとしたストーブである)をつけっぱなしにしてたから・・・?」
「どうしよう!119番?」
そんな思いを駆けめぐらせながら部屋に入る。すごい。黒煙だらけ。部屋中真っ黒!
「・・・・・・・・・・!!!」
呆然としてしまった。だが、火は燃えていない。どうやらストーブが不完全燃焼を起こしていたようだ。でも部屋中すすだらけ。
「あ!そうだ!私の部屋にある電化製品、使えるのか?!」
ちょっと心配になり、CDデッキを鳴らしてみたり、パソコンをさわったりしてみた。デッキは問題なく鳴った。
 さて、パソコンである。部屋を出たときには電源を入れたままだった。そして今、部屋に帰ってきたら、動作していない。これはもしかしたら大変なことなのかもしれない。スイッチを何度も入れてみる。電源コードを何回も抜き差ししてみる。ケーブル類も何回も抜き差ししてみる。一応、パソコン本体のカバーを開けてみる。開けても何もわからない。 ということで、困ってしまった。メーカーに修理を依頼しようかとも思ったが、数年前の代物なので、依頼するにも気が引ける。どうしようか・・・。
 悩んだ末に、パソコンについて詳しい友人Nちゃんのお世話になることにして、電話をかけた。彼は快く(?)応じてくれたのでよかった。
 そして、いろんな道具を持って現れたNちゃんであるが、
「ソニーのパソコン開けたのは初めてなんでうれしいですね〜」
など言いつつ、ケースの中のケーブルをつないだり、はずしたり、いろいろ試してくれたのだが、結局うちでは原因は分からず、お持ち帰りして調べてもらったところ、「電源部分のみが壊れている」とのことだった。新しい電源だけを買ってきてもケースに入らない(ケースはソニー製なのでソニー純正部品を使わないときっちりとケース内に収まらないとのこと)。なので、新しいケースも必要ではないか・・・などの話を聞いているうちに、
「じゃあ、新しいパソコン、自分で作るわ!!」
など、大それたことを、発言してしまった。まあ、自分で作ったら安上がりやろし、適当に作れるもんなんだろう。そんな甘いことを考えていた。


〔パーツを買いに行こう!〕
 「じゃあ、でんでんタウンに買いに行きましょーか。」
ということで、東の秋葉原、西のでんでんタウン、パソコンパーツのメッカに足を運ぶことになった。パーツだけではない、ありとあらゆる電脳グッズが大集結しているでんでんタウンだ。そんなところに足を運べるとは。私は大変うれしかった。
「これでオタクの世界の一部を垣間見れるのね!!」
本当にそのとおり、大阪の地下鉄日本橋駅から地上に上がったときに街並みを歩く人たちを見て思ったことは、色合いが地味、ということだった。他の繁華街ならいろんな色でにぎわっているのに、ここは黒、茶色系でにぎわっている。それも大変なにぎわいぶりだ。オタクの世界はにぎわっているんだ。妙に感動してしまった。
 さて、買い物だが、張り切って自作するなんて言っておきながら、全然勉強もしてなかった(というか『格安自作セット』みたいなのがあるんだと思ってた)。それで、ケースだけはちょっとこだわりつつ、あとの部品は何がなんだかよく分からないので、Nちゃんのおすすめのままに購入することにした。
 それにしても、大変だ。あれだけ同じようなものを売る店がひとつの街に集結していたら、見て歩くだけで、脳がパンクしそうになる。オタクの人たちはすごい。この電脳グッズあふれる街から自分にとって必要な情報や物を手に入れ、自分ワールドを構築しているんだ。私にはそれがどんなものか分からないけれども、尊敬だ。

〔さて、作る?作れる?〕
 とにかく、箱、箱、箱・・・。開封しても、何がなんだかわからない。ちゃんと作り方を覚えておこうと思って、ひとつひとつのパーツを順番にカメラで撮っていったのだが、覚えきれるわけがない。組み立て方の紙が同封されていたのだが、それを見ても、まず、単語が分からない。私の頭の中が混乱していることをNちゃんは悟ったらしく、すべての作業を長時間にわたって手伝ってくれた。じゃなくて、全部やってくれた。以前、日記で“パソコンを作ったことを詳しく書きたいと思います”など書いていたが、“作った”のではなく“作ってもらった”ので、組み立て方については、もう、記憶の彼方どころか山のあなたどころか、記憶にございません。故に、自作ではなく、他作パソコン、ということだ。
 組み立ててもらっている間、私は何をしてたかというと、一応、作り方を見ておこう、今後役に立つかもしれないから覚えておこう、と作業の様子をじっと見ていた。しかし、部品が苦手な私は(機械全般にわたって苦手というわけじゃないんだけど…)どうも記憶しきれないし、見ててもよく分からない。何が分からないのかも分からない。いちばん興味を持ったのは、組み立てに熱中しているNちゃんの様子だった。それは、ものすごかった。ものすごく楽しそうだった。うまくケーブルが接続できるともちろんいいんだけど、うまくいかないときもある。私がすごいなと思ったのは、うまくいかなかったときに、じゃあ、次はこれかな?あれかな?とものすごく試行錯誤してる姿だ。うまくいかなければうまくいかないほど、熱中していく。驚くべき探求心。本当に感動した。自分にない部分、例えば今回の場合、理系な部分や根気強さとか、試行錯誤して考え行動することなど、そういう部分をまざまざと目の前で見せられると、本当に素直に感動するもんなんだなぁと、しみじみと思った。
 さて、そういうわけで、私のPC環境は快適になりました。その後もいろいろお世話になってますが、どうもありがとう。Nちゃん!いつも感謝してます!
(03/11/16)

みなさんもお試しあれ

夜中、リビングに飲み物を取りに行くと、
猫が「にゃぁーん」とかわいい鳴声でついてきた。
かわい猫ぶっているときは、大抵外に行きたいかご飯が食べたいとき。
今回はご飯が食べたかったようなので、
キャットフード(ドライ)をお皿に入れてあげた。
しかし、眺めているだけで食べようとしない。
どうも、ツナみたいなのが食べたかったみたいで、
それを入れたとたん、がつがつ食べていた。

さて、皆さん。
キャットフード食べたことあります?
キャットフードはねぇ、おいしいですよぉ。
1袋50円くらいで売っているツナ缶みたいなのは、
あっさりしてておいしい。
人間向けシーチキンより、味がやわらかい感じがする。
サラダとかにも、十分使えると思う。
そして、ドライフード。
これも、塩分控えめだし、栄養分もバランスよく作ってあるし(ま、猫にとってだけど)、
テレビを見ながら、お酒を飲みながら、ぽりぽりといけるのではと思います。

無理して、食べる必要はないですし、
もし食あたりしたときには、当方責任もてませんのであしからず。
くれぐれも自己責任でよろしくお願いします。

計量カップの達人

 半年ほど某Sクロレラ社のクロレラドリンクとウコギドリンクを飲んでいる。瓶詰めのドリンクで、1日30mlずつ、専用の計量カップで計ってからごくっと一気に飲む。高額ドリンクでもあることだし、こぼしては大変、入れすぎても大変、と、普段がさつな私なのだが、これを飲むときだけは結構気を遣いながら、ちょびちょびと丁寧にカップに注ぎ飲んでいた。
 しかし、3、4ヶ月を過ぎたころから、その注ぎ方が変わってきた。すんなり注げるようになったのだ。そして、なぜか30mlのところで必ずスッと手が止まる。注ぎすぎや足らなかったという失敗はほとんどない。
 この事例を通して、人間は毎日のちょっとしたトレーニングで、能力が高まっていくんだなーと実感したのであった。もちろん、年齢が高いから、子どもだからできないとか、そんなハードルはなくて、その人のできることより、ちょっと難しいことをねらってみる。今回の場合、計量カップで30mlゆっくりしか注げなかったことが、毎日のトレーニングによりスムーズに注げるようになった、ということである。
 そして、約5秒くらいの余裕の時間ができた。たった5秒。少ないと感じるか、十分な時間だと感じるか。そこはそれぞれの人の持つ時間への感性の違いによると思う。で、私はたとえ5秒でも早くできたことで、「なんだか私もまだまだやれることあるじゃん?」と、ちょこっと自分への自信みたいなものを感じることができた。めっちゃ、ささやかな、私の自信である。でも、このささやかな自信が、仕事もがんばろうかな〜とか、新しいことをちょっと始めてみたいなあ〜、というような気力にもつながっていった。いい話だ。
 ところで、この文章を書いていて、教職員採用試験でよくお見かけする「ヴィゴツキー氏」の「最近接領域説」を思い出したです。
 で、以下:どっかのページに落ちてた文章を拾ってみた。

人間の認知機能は社会的・文化的なものを媒介として発達すると考え、認知の発達は以下に示す3段階で発達すると考える。

(1)認知発達の段階
    1)対象的行為の段階
     直接、対象に働きかけることによって発達する段階。
    2)精神間機能の段階
     大人とのコミュニケーションを通して発達する段階。
    3)精神内機能の段階 
     個人が独力で内的に行える段階。

(2)最近接領域
  発達水準には、子供が独力で解決可能な水準と大人あるいは集団の援助によって解決可能なレベル(最近接領域)がある。この領域に大人や他人が働きかけることによって、個人の成熟を待たずに認知的なな発達が遂げられると考える。

(3)最近接領域説の特徴
    ・認知の発達は、大人との社会的相互作用を通して行われ、それが次第に個人の中で行われるようになる。
    ・認知発達には言語機能が重視される。
    ・教育によって認知の発達は促進される。

玄米ライフ

無性に玄米が食べたくなって、うちから徒歩1分のアルプラに行ってみた。
(アルプラというのは、滋賀県を中心に点在するスーパーのことである)
(ちなみに略さずにいうと、アルプラザ平和堂野洲店)
(ついでにアルプラザというのはall plaza…何でもそろってる店だよ〜という意味らしい)
ずぼらな私はもちろんレンジでチンしたらすぐ食べられるのを探してました。
ありましたよ。1種類だけだけど。
わーい。すぐにうちに帰って食べました。
でも、なんか違う。お米がふやけてる感じがした。

断食体験から帰ってから、自分で料理できないくせに、
毎日の食生活について、すんごい違和感がある。
これまでもあんまり自宅での食事っていうのはなじめなかったんだけど、
(小さい頃から外食が好きだった)
さらに外食にも嫌気がさしてきた。

ちょっと前には残留農薬の問題が取り上げられてたよなー。ぶつぶつつぶやき、
お店にあるすべての食物に不信感を抱きつつ、店内を練り歩いてきた。
きっと、ぼけーっとふらふらぐるぐる同じところを歩いてる私はすごく怪しい客だったであろう。

の割には、Mクドのマークが目に入ると、
ジャンクフードが無性に食べたくなったりもする。
一貫性のない、嗜好である。
というか、これまで培ってきた条件反射だと思う。
だって、マクドって言ったら、ご馳走!みたいな時代もあったのだ。
(そんなことを思っていたのは子どもだけかも)
今でこそ、マクドって手軽に買えて、でもちょっと添加物心配〜な物でしょう。
でも、そのマクド=ご馳走の概念は、民俗学における「ハレとケ」に勝るとも劣らない、
数十年前の中流家庭の悲喜こもごもをうつし出すような、イメージなのです。私の考えによれば。

安全で信頼できる食材を使って、おいしく楽しく毎日の食生活を送る。
自給自足か。人間として基本だと思うけど。
この世の中には、いろんな専門職が世の中にひしめいていて、
「食」にこだわったり時間をかけたりするのは、かなり難しい。
いろんな情報も飛び交うし、
(同じ料理が載ってけど作り方が違う本を比べて、どうしたらいいのぉ〜?と考え込んでしまってつくる気が失せたり)
しかも、怪しい団体も存在するし。
(某Mountain shore ism・・・)

私がおいしく楽しく、ごはんを食べられるようになるには、どうしたらいいの?
あ、やっぱり自分で作れって??精進しますぅぅ。
(2002/11/18)


松の木の話

 隣の松の木は立派な木だった。それに気づいたのは、うちを建て増しして、新しく建てたほうの部屋に越してからである。それまで松の木の下を通ることはあっても、上方を見ることはあまりなかったもので。
 同じ家の中でも、こんなに風景が変わるものかと、この部屋から松の木を見たときに思ったものだ。松の高さがちょうど部屋の窓におさまり、私はその松の木を見ることができた。春には花(なのかな?)が大きく膨らみ、旺盛に松の新芽が繁ってきた。私はその様子を見て、生命力や美しさに感動してばかりいた。とてもきれいでさわやかな緑。雄雄しく、勢いに満ちた松だった。
 が、あるときから全体が赤茶けてきた。松くい虫にやられたのだ。時すでに遅し。あとから薬をつけても、松はあの緑色に戻ることはなかった。  
 そして、今日の伐採、となった。朝からうちの駐車場にクレーン車がやってくる。(うちの駐車場がクレーン車を操縦するのにちょうどいい立地にあった。)なんせ家の壁すれすれにそびえたっているので、壁が傷つかないように、ちょっとずつ切っては下ろし、切っては下ろす、という作業を数回繰り返す。松に登っているのは地下足袋を履いた造園業のおじさん。さすが、職人。高い木の上もひょいひょいと移動しては、電動のこぎりで木を切っている。電動のこぎりって重いものだと思うけど、見ているとまるで身体の一部のようだ。木が切れるとクレーンが動く。クレーンを操縦する手も慣れたもの。やはり、職人。すがすがしいスカイブルーの空をバックに、もう生き返ることのない赤茶けた松の木が落ちていく。静かに、松の木の生涯に幕が下ろされた。
 これから、窓の外の風景が少しさみしくなる。
(余談)
 昨日うちの父が私に、駐車場の車を移動させておくように、と伝えた後ボソッと言った。「こないだ隣のおじいさんの葬式やったもんなぁ。」
 そうだった。今はやっている“おじいさんの古時計”のように、あの松の木はおじいさんと一緒に、時を重ねてきたのかなぁ、とも思う。
 いつも憎まれ口ばかりたたく私だが、「じゃあ、うちの松の木が枯れたら、うちのおっさんの葬式やな。」とは言わなかった。ちなみにうちの松の木は貧弱だし、父は中年らしく成人病のデパートのような人だ。冗談が冗談でなくなる可能性も非常に高い。うちの松の木には、これからも細く長く樹齢を重ねていただこう。そして庭の手入れ。これまで全然したことなかったけど、やってみようかな。

(2002/9/24)

芸術の秋ということで

 今日は邦楽の演奏会に出かけた。うちの母がずっとお筝をしていて、今回の演奏会にも出るということで、見に行った。(なんか、音楽ネタばっかりやねえ)これまで、何回か演奏会には行っているけれども、今日はいつもよりグレードが高かった。出場するメンバーが全員師範などの免状保持者、ということもあるし、なんと言っても今回一番のふれこみは人間国宝に指定された山本邦山先生の記念演奏会、ということである。第1部が合奏。毎日母が練習していたフレーズが、合奏になると「あぁ、こんな曲なんだ〜」と納得。ステージの20人くらいの中で弾いている母を見ると、なんとなく、うれしくなる(一応母は大師範)。お筝は本手、変手、十七弦や尺八、三味線、といろんな音が重なって、ひとつの曲になる。ステージにいる全員が、心を込めてひとつの曲に仕上げるって、素晴らしいなぁ、って思ったりする。
 さて、第2部。「化転」というタイトルで、邦山先生の尺八、ゲストで三味線の本條秀太郎先生、鼓の藤舎呂悦先生という大御所の先生の3人で、セッション風なステージだった。
 最初に登場したのは鼓。ピアニッシモ(小さい音)ではじまり、「なにかな?」と観ている人を引き付ける。「いよーぉぉぉっ!」ポンッ!!いい感じに盛り上がると、邦山先生登場。尺八の音色を存分に聴かせてもらったところで、三味線の本條先生登場。今度は三味線の音。それからは、セッション(かけあい)のように、音楽が進んでいく。私はあんまり邦楽に関して詳しくはないけれども、すごくすごく音がよかったように思った。とにかく音色に惹かれる。気がつけば身を乗り出して聴いていた。それぞれの音がすごく上質やなぁ、と思った。なかでも、邦山先生の尺八は、しっとりと甘いテイスト。高音もやわらかな音色で、いまどきの言葉で表現するなら、癒される、という音色。尺八をしていた父に言わせると、「高音は出しやすいんや」。だが、どの楽器でも高音はきつくなりがちになるなかで、あそこまでやわらかなやさしい高音を出せる人っていないよ、と私は思ったのでした。それは本当に、才能に恵まれているだけでなく、普段の練習や音楽への思いの深さや、いろいろな私のわからない感覚を体験して、その上で、到れる境地、みたいなものなのかなぁ?この音への魅力について、あとで母と話しているときに「人間的にも魅力がある」という話題になり、やはり、音にはその演奏している人間自身の魅力がそのまま付加され表現されるんだろうなぁ、とことでお互い納得しました。
 もともと、虚無僧が吹いていた尺八。虚無僧はどんな気持ちで尺八を吹いていたのかな?邦山先生の尺八には、音色の甘さだけでなく、うまく表現できないですが、はかなさ、無常観、が加味されているんやろなぁというような気もします。息遣いによって、そういう思いも表現しておられるのでは、という感じも受けました。きっと、むかしの虚無僧も、頭を籠で隠して、世の無常観を甘くて物悲しい音色で表現しながら流浪の民として、存在していたのではないでしょうか?
 芸の世界は奥深いです。
(2002/9/23)

初めてのレッスン

 毎度おなじみマリンバネタである。今日は初めてのレッスンであった。中学高校時代に吹奏楽で打楽器を担当していたので、難なくスタートできるかと思いきや、そんなことはなかった。マレット(バチのことね)の持ち方からのスタート。常に自分の中心位置でたたけるように、身体全体でリズムをとりながら、足を移動させる。マリンバは横に大きいから、音に合わせて身体を移動させなきゃならないのである。あたふたする私。「ああっ!リズム取れない!」「足が動かん!!」「バチの位置がおかしい!」極め付けは“左手”。左手が弱すぎる。1拍目が左手だと拍子が取れなくなるくらい、ぼろぼろになってしまう。「私ってやっぱり下手だったのねぇ〜。」しみじみ、感じた。
 でも、練習の後はすごく気分爽快!久しぶりに大きな音が鳴らせたってことや、ちょっとずつでも、「なんだか、うまくなるかもよ?」という感触がつかめたような感じがして。ここ数年、努力という言葉と無縁だったような気がする。でも、今日は「がんばったらその分むくわれる」というような気がした。これから張り切って練習していこう。久しぶりに前向きな気分。こういう気持ちで、毎日の生活を送りたいものだ。

(2002/9/19)

Myマリンバを求めて

 今日は、こおろぎ社にお邪魔した。
 ずいぶん前から自分のマリンバが欲しくて、近所の楽器屋さんに、尋ねたりしていたのだが、あまりよい返事が返ってくることもなかった。
 それならば、と思い、ネットで検索したら、ヒットしたのがこおろぎ社。
早速「趣味でマリンバが欲しい」という旨のメールを送ったところ、電話がかかってきた。「滋賀県から近いですし、一度見に来られますか?」というお誘いであった。ちなみにこおろぎ社は福井県鯖江市周辺である。
 もちろん現地にたどり着けるまで、無防備な走りで、大変時間がかかったのは言うまでもない(国道365号を走った。すごい山道。そのうえ、道を間違え反対方向に走ってみたり)。
 しかし、時間をかけて行く価値はあった!工場内見学をさせてもらったのだが、かなり、びっくりすることが多かったのだ。
 こおろぎ社はマリンバ作りの全工程を自社工場で作っているということで、鍵盤はもちろん、パイプ部分も工場内で作っている。(マリンバの構造がわからない人ゴメン)もちろん、塗装もあるし、いろんなことをこの工場内でやっているということに、感動してしまった。また、深みのあるマリンバの音色を求めて妥協を許さない、鍵盤の作り方にもプロの心意気というものを感じた。
 まず、木を買い付けて、何年か倉庫で寝かし乾燥させる。それを切って加工していくのだが、案内してくださった方が、置いてあった木の棒をコンコンと地面に当てて、「これで、この木がいいか悪いかわかりますね」と。またその木を乾燥する機械に入れて、さらに乾燥させ、形状を整えていく。調音をしながら、鍵盤の裏を削ったり、再び寝かしたり、しながら、出来上がった鍵盤は、最終的に、音階どおりに並べられていく。しかし、音の最終チェックが待っていて、ここで、いい音を出さない鍵盤ははねられてしまうのだ。
 実際、最終チェック中のマリンバ(高級品!私なんてこれまでさわったこともない!)をたたかせてもらったら、「あれ、この音響かないぞ」と思える鍵盤もあったりする。マリンバが高価なのは、やはり「木のよしあし」。輸入した木材の半分以上が実際には使われないそうだ。
 見学させてもらって、ここには本当にマリンバが大好きな人たちが、いいマリンバを作るために、集まっている職場なんだなぁー、と、つくづく思った。
 私も、このマリンバ作りの心意気に恥じないように、練習して、いつか、Myマリンバを買おう!と、心に誓ったのでした。(しかし、練習嫌いのKawakyon、有言不実行にならないように、ね!)

おまけ
 往路の途中で、「蝉丸の墓」という、大学時代は国文学科という私の興味を引いてやまない遺跡があったのだが、結局見れずに帰る。残念なことであった。(だって、帰り道、暗かったし)
 しかし、蝉丸、いつか君のもとへ行こう。「これやこの〜」と詠いながら…
(2002/9/11)


昭和63年5月8日(17歳の私)

 私は今、自分のやりたいことがない。勉強はしなくてはならない。しかし、これは私のやらなくてはいけないことなのに、わたしのやらないくてもよいことのような気がする。私は廃虚のようだ。空気の抜けた風船みたい。大きな手応えのある何かが欲しい。それは昔の部活動みたいな?でも今は違う。私はみんなの心がぱらぱらと離れていってるようでつらい。そういいつつ、自分自身も離れようとしている。私は音楽が好き。技術は二の次としてだけど、やっぱりいいなと思うのは芸術…。これから自分が離れるとしたら?考えられないなー。高校生活で栗吹(栗東吹奏楽団)などで大切な人と知り合えた、という糧を大事に守っていきたい。
 私はいっぱい夢を見ている。とりあえず努力すれば為せそうなものが、外国行き。なるべくヨーロッパorアメリカに行きたいけれど…。留学っていう形ならmore betterなんだけれどね。でも、やっぱり何か大きいもの、手応えのあるものを握りしめたいっていうのは、どうなるかなぁ?形がないから自分でもよく分からないけど、今、私は大切な心がちょっとグロッキー気味だから、いまいち不安定です。自分の好きなPercussionに向かって走っているMさんが羨ましいくらい。年をとるごとに、夢がなくなるのは悲しいです。私は私の個性を生かせることをしたい。私だからできるっていうもの。有名になるとか、そういうものでもなくて。まあ、夢のためには、こういうスランプも必要なんだね、と思ったりもする。運命を切り拓くのは自分なんだから、思いっきり私のやりたいように…やりたい!!もっと素直に、感じるままの生活を送ってみたいなぁ。あこがれの17歳に何もないままっていうのはさみしい。18歳にはなりたくない。このまま自殺しようかー。私は、やれることがいっぱいあるはずなのに、それに全部手が届かないまま…。哲学の世界に入り込みそうだ。


 最近my roomから出土したノートの最初の1ページに書いてあった日記。続きはなし。さすが、1日坊主。3日以下。
 それにしても今と全然変わってない心持ちというのは何なんだろう?しかも、文章の書き方も今と変わってない。この頃はヨーロッパに憧れていたらしいが、今は、世界中どこにでも、と、スケールが大きくなったかも?
 なんてなんて、16年前の恥を晒してしまいました。
(2004/8/27)

「恋愛について私が語ろう」

《序章》
 今日、サブタイトルに惹かれて、つい、アンアンを買ってしまった。アンアンと言えば10代から20代の私の愛読雑誌だった。でも、何か書いてあることが嘘っぽく感じる30代からは読まなくなった。だいたい、書いてあることは信じてはいなくて、いろんなダイエットや恋愛のことを実現させずに、雲の上の存在として、ふわふわ〜っと読んでいた感じだ。だから、書いてあったことはあんまり覚えていない。が、突如、宮沢りえのヌードが話題になったとき、素人さんたちが「篠山紀信に写真を撮ってもらえる」とかいうふれこみで、若くて弾けていて、やらしくないハダカの写真を特集していたなぁ。懐かしいなぁ。あのとき、密かにミーハーな私は応募しようかと悩んだものだ。しかし、みんなでハダカになるのは、楽しそうだった。海岸で笑いさざめきながら、あの娘たちは二度と戻ってこない、若い身体をフィルムに焼き付け、何かを得たのだろうと思う。
 そして、今日買ったアンアンの特集。1:「sexについて」2:「失恋について」
 おお!今日から作ろうと思っていたコンテンツにぴったりじゃあないですか。うん。どうせたいしたこと書いていないと思うけど。
 これから、つまらないことをたくさん書き散らしていきますんで、いろ〜んなご意見をもらえたらいいなっ!
(2004/8/27) 


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