水の華・淡水赤潮の基礎知識
【水の華・淡水赤潮の発生と被害例】
(1)水の華について
水の華は英名の『water bloom』の日本語訳で、淡水域において広く起こる植物プランクトン
による水の着色現象を指す言葉である。具体的には藍藻類による『アオコ』、珪藻類による『水の華』、
黄色鞭毛藻類による『淡水赤潮』、渦鞭毛藻類による『淡水赤潮』、ミドリムシ藻類による『水の華』、
緑藻類による『水の華』などがある。このように、『水の華』と呼ばれる現象には狭義の意味での
『水の華』と『アオコ』、『淡水赤潮』がある。これらを少し定義しなおすと以下のようである。
アオコ・・・・・・・藍藻類の異常増殖による水の藍緑色現象
その他水の華・・・・緑藻類等の異常増殖による水の着色現象
淡水赤潮・・・・・・渦鞭毛藻類等による水の赤褐色現象
これらの定義が一般には明確にされておらず、水に異常を発見すると何らかの言葉で表現される例がし
ばしばである。即ち、『水の華』は淡水域で発生する単細胞藻類の異常発生による水の着色現象である
と定義される。従って、糸状藻類の大発生や水酸化鉄による水の着色現象は水の華現象には該当しない。
(2)被害の種類と範囲
水の華の原因生物は浮遊性の単細胞生物であるため、これらの持つ生理・生態的特徴と人間活動が
衝突する場面において被害が生じることになる。被害の範囲は@公衆衛生上の問題、A産業上の問題、
Bその他に分けられるが、一般の池沼で発生するアオコ・水の華やダム湖で発生する淡水赤潮の大半
は見過ごされていたり、逆に異常に問題視されることがあるが、本来の意味で問題があり、被害が生
じる例は限られている。
わが国における水の華の被害の大半は水道水の浄化過程における砂ろ過槽の閉塞と異臭味である。
この内、ろ過槽の閉塞はダム湖に発生する珪藻類によることが多い。ろ過閉塞はその性質上水の華が
発生しなくても発生する。この時、細胞が破裂することによって水に異臭味を付けることが多い。実
例を挙げればきりがないので、ここでは特に取り上げない。次の異臭味の問題は特にカビ臭が問題に
なる。水道水のカビ臭ではジオスミンと2MIBが同定されている。カビ臭の発生に特に関係深い藻
類としてはPhormidium, Oscillatoria, Anabaenaの3属が挙げられる1)。
直接的な人体被害例はないものの、水の華生物の中には有毒種または株が認められている。最近注
目を集めているものに『ミクロキスチン』がある。ミクロキスチンには様々なタイプがあるが2)特に
毒性の面からミクロキスチン−RRとミクロキスチン−LRが注目されている。何れも肝臓肥大を起
こす急性毒性がある以外に慢性毒として発癌誘発作用があるとされる3)。現在、ミクロキスチンを生
産するとされる生物は藍藻綱に属するAnabaena flos-aquae , Microcystis aeruginosa ,
Oscillatoria agardii var. isothrix , Oscillatoria agardiiが確認されている3)。
上記藍藻類以外では淡水赤潮に分類される渦鞭毛藻類 Peridinium polonicumによる魚毒性赤潮の発
生例がある。これは1960年代に神奈川県の相模湖で起こった事件で同種の発生に伴って魚が斃死したと
されており、当時の研究によりグレノデイニンと言う毒物が同定されている4)。
(3)発生原因
(1)に述べたように、水の華現象は淡水域に広く起こる水の着色現象で、その原因となる生物群も
大きく異なる。一般的には富栄養化を指摘する声が多いが、実験的にこれを再現しようとしても任意生
物の水の華の再現は不可能に近い。広い視野に立ち、共通性を並べると以下のような特徴がある。
@ 藍藻類を原因とするアオコ
窒素・リンに加え、有機物の負荷が高い水域で発生しやすい。家庭雑排水が流入するような公園
の池での発生が典型的な例である。この外、畜産排水や堆肥の流入する水域の例が多い。従属栄養
細菌との相互関係に由来する可能性が強い。
A 珪藻類を原因とする水の華
水温が比較的低く、上下層の対流が起きやすい構造の水域で発生しやすい。珪藻類は低〜中温(5〜15℃)
を好むものが多い。細胞壁は厚く珪酸質が多いため、静止水域では沈降してしまう。このような理由
で低温・混合水域に発生するものと考えられる。別の言い方をすれば、このような条件が整わないと
大増殖できないことになる。
B 緑藻類を原因とする水の華
無機栄養が豊富な水域では緑藻類が限って優占する。一般にアオコと呼ばれる現象の大半は緑藻に
よる水の華である。発生時期は中温〜高温(15℃以上)で、季節は春から秋である。防火用水などが
典型的である。
C 渦鞭毛藻類を原因とする水の華
水の華現象中最も説明が難しいのが渦鞭毛藻類の異常増殖現象である。一般には山間部の貧栄養
〜中栄養のダム湖に発生することが多く、窒素・リンの流入原因説では説明がつかない。わが国では
1970年代から頻繁に発生するようになったとされ、精力的な研究が行われてきたが5)、その原因を合
理的に説明した説は見当たらない。
1)生嶋功編(1987)水の華の発生機構とその制御.東海大学出版会,東京.
2)楠見武徳・柿沢寛(1992)飲料水の危機 はびこる"水の華"−アオコ.化学,No.121,43-52.
3)渡辺信(1989)アオコの毒性に関する研究の現状と課題.水質汚濁研究,12(12),750-756.
4)HASHIMOTO Y., OKAICHI T. et al.(1968)Glenodinine , an icthyotoxic substance produced
by a dinoflagellate , Peridinium polonicum . Bull.Jap.Soc.Sci.Fish.,34(6),528-534.
5)小野田義輝(1990)淡水赤潮の問題と発生例.環境と測定技術,17(7),52-55.