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しおりんの厨房
〜 伝説の合宿所で 〜
これまでのあらすじ:
やめて、ワルワルはかせ!
↑ロングって呼ぶの禁止
8:
「そこの女子! ちゃんと話を聞かんか!」
毒島さんの怒号が詩織を貫かんばかりに響いた。
「……はい?」
詩織はいきなり話を振られ、すっとんきょうな返事をした。が、
「昭和三十五年の夏に私立きらめき高校と市立煌高校の主要な運動部が共同合宿をしたら集団食中毒が起きたんですよね?」
と返す。よどみなく。
「む、むう……そのとおりじゃ」
「それで、食中毒の後なにが起こったんですか?」
先ほどと違って詩織は丁寧に、にこやかに毒島さんを見つめた。
完全に調子を外された毒島さんは、仕方なく淡々と話を続けた。
「ん、お、おほん。……食中毒に倒れた生徒たちじゃったが、翌日には回復した」
毒島さんの話は、またもや俺たちの合宿と符合した。
どこまで同じなのだろうか? 俺は気になって仕方がなかった。
「それで、食中毒の原因は?」
「伊集院家の厨房は清潔安全、食中毒など起きようはずもなかった。が、責任を感じた料理長は自ら伊集院家を去っていった」
「ちょっと気の毒な話ね……料理長さんのせいじゃないんですよね?」
詩織が本当に同情しているのか、単なる社交辞令なのか。ともかく、毒島さんの独演会から解放された詩織の態度は明らかに前向きだった。
「結局、食中毒の原因は分からずじまいじゃった。公爵は料理長の味を大層お気に召してたのじゃが……」
「それなのに、どうして?」
「責任感が強かったのじゃろう、それに生徒たちへの示しもある。料理長は屋敷を後にしたきり帰ってこなかった」
ますます分からなくなった。料理長が責任をとって事をおさめたのなら、なぜ両校の関係は今のようになったのか?
「しかし……それでは終わらなかったんですよね?」
「そうじゃ。料理長が去って程なく、今度は公爵が食中毒で亡くなったのじゃ」
詩織は反射的に両手で口を押さえた。
伊集院公爵――伊集院レイの曽祖父――が故人であることは周知の事実だ。が、その死が今回の話にからんで来ようとは。
「公爵は亡くなってしまったが、生徒たちと同じく原因ははっきりしなかった。それでも、両校の間を気まずくするには十分な話じゃ」
伊集院家がきらめき市内で多大な影響力を持っていることは誰もが知っている。とはいえ、このような影響まであったとは。
「来なさい、見せたいものがある」
ハンティングキャップを被った毒島さんに連れられ、俺たちは川原を上流へ歩いていた。
陽は傾きかけていたが、まだ暑い。知り合ったばかりの老人に連れられ、きらめき高校の方向へ戻る。なんだか妙な話だ。
痺れを切らした詩織が、毒島さんに尋ねる。
「あの……どちらへ?」
「伊集院邸……」
「!?」
「の傍にある、お墓じゃよ」
「……」
伊集院の家――というには巨大過ぎる、大邸宅だ――は、きらめき高校よりもさらに川上の高台にある。
俺たちは、きらめき高校の敷地脇を抜け、伊集院邸の敷地脇を抜け……雑草に覆われた、妙な土盛りの前にたどりついた。
「これが、お墓?」
「墓というより、古墳って感じだな」
その正面には小さな、慎ましやかな入り口のようなものがあった。それを見つめる毒島さんが、言った。
「……伊集院廟じゃ」
土地の名士を葬る墓。それにしては人目をはばかるようであった。
「本当にこんな穴倉が、伊集院家の墓なんですか?」
「入ろう」
毒島さんに続いて、俺と詩織は暗い穴の中に入っていった。
入り口には、鍵はおろか、鉄格子も扉も何もない。これが金持ちの墓というものなのか?
「……かつては、伊集院公爵を慕う多くの人間が参っていた」
俺の疑問に答えるがごとく、毒島さんはつぶやいた。
暗がりの通路は長く感じられた。が、奥へ行くにしたがって、ほの明るくなった。
「見たまえ、伊集院公爵じゃ」
とうとう通路が終わり、広間に出た。
広間の奥、大きなガラスの向こうで、ひとりの老人が横たわっていた。
(つづくのかねコレ?)
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