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メモ10周年凡企画:
世の中にはいくつかの不幸がある。
それはたとえば、この世に『永遠の17歳』など存在しないことである。
ある25歳の女性が、鳴り響く電話の受話器を上げた。
彼女もかつては少女と呼ばれていたはずだ。
「はい、藤崎です」
『あ……もしもし、詩織ちゃん?』
「久しぶりね、メグ。どうしたの?」
『あの……詩織ちゃん。私が事故にあったら、人気出るかな?』
「はぁ? なに言ってるの。今からそっちに行くね」
詩織ちゃん、と呼ばれた女性は受話器を置くと、すっかり暖かくなった気候にあわせて薄手の上着を羽織った。
家を出てしばらく歩くと、『美樹原』という表札を目にとめ、呼び鈴を押す。
「ごめんください……藤崎と申します」
『あ……詩織ちゃん』
先ほどの電話の声が、インターフォンから聞こえてきた。ほどなくドアが開く。
詩織と同じ、25歳の女性が姿を現わす。少しおどおどした態度に、少女の面影が残っていた。
「い、いらっしゃい……」
「もう、びっくりしたよ。変なこと言うから」
詩織のほうは、言いながらも美樹原とは対照的に物怖じしていない。
詩織は美樹原の部屋に通されると、彼女には似つかわしくないと思えるものを見つけた。
「あれ? メグ、ゲームやるんだ」
「うん、最近始めたの」
「ふうん。どんなゲームなの?」
「あのね……ある内気な女の子が、男の子のことを好きになるの。
でも女の子は内気だから、なかなか告白できないの……」
「へえ」
詩織は、眉間にすこし皺をよせた。
「それで、その女の子は、友達の子に頼んで自分を紹介してもらうの」
「どこかで聞いたような気がする話だけど、いいわ。で?」
「その女の子は、樹の下で男の子に告白して、けっきょく付き合うんだけど……」
美樹原は、詩織の口元がひきつっていることに気づいていなかった。
「ちょっと待ってメグ! なによその話」
「し……詩織ちゃん?」
「だいたいね、人様に頼って恋愛成就なんて話は甘いのよ。
そんな甘ちゃんは、せいぜい当て馬になるのがオチだわ!」
「どうしたの詩織ちゃん!? こわい顔……」
「えっ!?」
言われた詩織は、はっと我に帰った。
「それでメグ、電話で事故がどうとか言っていたけど、どういうことなの?」
「ええと……うん、そのゲームの話なんだけど、続きがあるの。
その女の子は男の子と順調に付き合うんだけど、デートの待ち合わせをしているとき、交通事故に遭って……」
「わかった。メグは悲劇のヒロインになりたいんだ」
言うと詩織は、屹然と立ち上がった。
詩織の姿は、いつもどおり自信に満ち溢れて見えたが、しかし、何かが違った。
「し、詩織ちゃん……?」
美樹原は彼女を、慈愛に満ち溢れた、優しい姉のように思っていた。
だが、今の詩織はそんなものを超越した、手の届かない場所に立っているように見えた。
「メグ、車に轢かれるということが、どういうことなのか見せてあげる」
詩織は躊躇なく美樹原の手を引く。
「ちょ、ちょっと詩織ちゃん!?」
* * *
市境を流れる大きな川。そこにかかる橋を渡り、詩織と美樹原はやってきた。
「詩織ちゃん。ここ、ひびきの市……だよね?」
「そうよメグ、あれを見て」
「道路……?」
それは片側三車線もある、幹線道路だった。
「メグ、いい? これから起こることを、よく見るの」
詩織は念を押した。
美樹原はそれに従った。非常に交通量の多い道路である。
「事故に遭いたい」と願ったならば、すぐに実現できるだろう。
しかし美樹原は、あくまで比喩として、自分の人生を装飾するたとえとして、事故という言葉を挙げたのだった。
べつに自分が現実に「事故」という不幸を望んでいるわけではない。
「あの……詩織ちゃん……私ね……」
「目をそらさないで!」
「は、はい」
やむなく美樹原は、流れゆく自動車の群を眺めていた。こんなことに何の意味があるのか。
何分経っただろう。ふと詩織が、遠くの歩道を指さした。
「ほら見て、あの子!」
美樹原はその方向を見た。ひとりの女性が、ふらふらと歩いている。
実に頼りない。もしかしたら、あの子なら本当に交通事故を……。
美樹原が思いかけたとき、一台のトラックが突如縁石に乗り上げた。
「!?」
トラックは、その女の子が存在した空間に突っ込んでいた。
美樹原は言葉を失った。もしやと思ったことが、次の瞬間には現実と化してしまった。
それと同時に、美樹原はとんでもないことに気づいた。詩織はこの事故が起こることを知っていたのだ!
この優しい親友が、どうしてそのようなことを知り得、そして自分に見せようとしたのか?
理解というものが到底及ばない。
美樹原は心の底から、自分の周囲にある、あらゆるものを恐れた。
美樹原は目をつむった。耳をふさいだ。
現実を受け入れたくなかった。
なにかが美樹原の肩を叩いた。おそらく詩織の手だ。
「いや……いや!」
しかし今の美樹原は、それさえも受け入れなかった。
「メグ、見なさい」
詩織は毅然と言った。
美樹原がおののきながら目を開けると、やはり女の子が地に伏していた。
見るべきではなかった。そう思った瞬間。
女の子はよろめきながら立ち上がった。
よかった、という気持ちと、わけのわからない光景に対する恐怖とがぶつかりあった。
美樹原は震える足で、頼りなく歩き始めた。目の前で起こっていることの正体を知りたかった。
女の子の近くまで歩み寄った美樹原は、恐る恐る訊ねた。
「あ、あの……大丈夫……ですか?」
女の子はまるで千鳥足のようであったが、それでも確かに自力で美樹原の方を向いた。
「はにゃ?」
女の子は気の抜けた声をあげた。
「え? え?」
状況を把握しようとした美樹原だったが、女の子の甲高くも拍子抜けした声に気をそがれた。
「ん〜とね〜、美幸はねぇ〜、だいじょうび〜」
そういうと女の子は、右へ左へと揺れながら、歩き去ってしまった。
「……」
呆然と立ち尽くす美樹原の背後に、いつの間にか詩織が追いついていた。
「詩織ちゃん……これはどういうことなの?」
しかし詩織は、質問に答えなかった。
「メグ、あの子に人気があると思う?」
「え?」
「交通事故に遭う女の子に、人気があると思う?」
質問に質問で返され、混乱する美樹原であったが、やがて答えた。
「ううん、思わない。だってあの子、はかないというより、不思議だもの……」
すると詩織の緊張した面持ちは、いつもの笑顔に戻った。
「よかった。メグにはそのことに気づいて欲しかったの」
「詩織ちゃん……詩織ちゃん……」
詩織の優しい様子に、美樹原は安堵した。
「人気なんかより、強く生きることが大事なの。メグにも強く生きてほしい……」
「詩織ちゃああん!」
美樹原は感極まった。詩織の胸に顔を伏し、泣きじゃくる。
「メグ、あなたにも強く生きる素養があるのよ」
「えっ、えっ……」
美樹原には詩織の言葉の意味がわからなかった。ただ、詩織が自分の愛すべき親友であることがわかり、うれしかった。
「今からそれを証明してあげる」
言うなり詩織は、美樹原の右腕をがっちりとつかんだ。
「え……詩織ちゃん、なにをするの!?」
「うぉおりゃああああっ!」
詩織は、渾身の力で、美樹原を投げた。彼女は車道に投げ出された。
そこへ大型トレーラーが迫った。
「ひぃぃっ!!」
それを避ける手段は、美樹原にはなかった。
激突。
頭の中が真っ白になる。
親友だったはずの人間は自分を裏切った。なぜなのだろう。
何が起こったのか理解できない自分を、美樹原は呪った。
意識が戻ったとき、美樹原がいたのは三途の川ではなかった。
アスファルト。もとの道路だ。
自分の体を見回す。美樹原は傷ひとつ負っていなかった。
ふと気になって、自分を轢いたはずのトレーラーを見た。バンパーを中心に、フロントが著しく変形していた。
物理の授業は得意ではないけれど、ニュートン力学から見ておかしい事態であることは美樹原にもわかった。
あのあたりに、自分はちょうど頭から突っ込んだのだ……。
「……素晴らしい」
彼女が最初につぶやいた言葉がそれであった。
大型トレーラーであろうとも、彼女の生命を脅かすことはできない。なんと素晴らしいことであろう。
「我が肉体は無敵なり!」
人気などいらぬ。なぜなら、彼女はもうひとりで生きてゆけるのだ。
あとがき:
『HALO』で敵を轢き殺しながら書きました。
「弾丸の節約になるぜ!」←どこがときメモ10周年なんだよ