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メモ10周年凡企画:

しおりんとめぐ 2004


 世の中にはいくつかの不幸がある。
 それはたとえば、この世に『永遠の17歳』など存在しないことである。
 ある25歳の女性が、鳴り響く電話の受話器を上げた。
 彼女もかつては少女と呼ばれていたはずだ。

「はい、藤崎です」
『あ……もしもし、詩織ちゃん?』
「久しぶりね、メグ。どうしたの?」
『あの……詩織ちゃん。私が事故にあったら、人気出るかな?』
「はぁ? なに言ってるの。今からそっちに行くね」

 詩織ちゃん、と呼ばれた女性は受話器を置くと、すっかり暖かくなった気候にあわせて薄手の上着を羽織った。
 家を出てしばらく歩くと、『美樹原』という表札を目にとめ、呼び鈴を押す。
「ごめんください……藤崎と申します」
『あ……詩織ちゃん』
 先ほどの電話の声が、インターフォンから聞こえてきた。ほどなくドアが開く。
 詩織と同じ、25歳の女性が姿を現わす。少しおどおどした態度に、少女の面影が残っていた。
「い、いらっしゃい……」
「もう、びっくりしたよ。変なこと言うから」
 詩織のほうは、言いながらも美樹原とは対照的に物怖じしていない。

 詩織は美樹原の部屋に通されると、彼女には似つかわしくないと思えるものを見つけた。
「あれ? メグ、ゲームやるんだ」
「うん、最近始めたの」
「ふうん。どんなゲームなの?」
「あのね……ある内気な女の子が、男の子のことを好きになるの。
 でも女の子は内気だから、なかなか告白できないの……」
「へえ」
 詩織は、眉間にすこし皺をよせた。
「それで、その女の子は、友達の子に頼んで自分を紹介してもらうの」
「どこかで聞いたような気がする話だけど、いいわ。で?」
「その女の子は、樹の下で男の子に告白して、けっきょく付き合うんだけど……」
 美樹原は、詩織の口元がひきつっていることに気づいていなかった。
「ちょっと待ってメグ! なによその話」
「し……詩織ちゃん?」
「だいたいね、人様に頼って恋愛成就なんて話は甘いのよ。
 そんな甘ちゃんは、せいぜい当て馬になるのがオチだわ!」
「どうしたの詩織ちゃん!? こわい顔……」
「えっ!?」
 言われた詩織は、はっと我に帰った。
「それでメグ、電話で事故がどうとか言っていたけど、どういうことなの?」
「ええと……うん、そのゲームの話なんだけど、続きがあるの。
 その女の子は男の子と順調に付き合うんだけど、デートの待ち合わせをしているとき、交通事故に遭って……」
「わかった。メグは悲劇のヒロインになりたいんだ」
 言うと詩織は、屹然と立ち上がった。
 詩織の姿は、いつもどおり自信に満ち溢れて見えたが、しかし、何かが違った。
「し、詩織ちゃん……?」
 美樹原は彼女を、慈愛に満ち溢れた、優しい姉のように思っていた。
 だが、今の詩織はそんなものを超越した、手の届かない場所に立っているように見えた。
「メグ、車に轢かれるということが、どういうことなのか見せてあげる」
 詩織は躊躇なく美樹原の手を引く。
「ちょ、ちょっと詩織ちゃん!?」

* * *

 市境を流れる大きな川。そこにかかる橋を渡り、詩織と美樹原はやってきた。
「詩織ちゃん。ここ、ひびきの市……だよね?」
「そうよメグ、あれを見て」
「道路……?」
 それは片側三車線もある、幹線道路だった。
「メグ、いい? これから起こることを、よく見るの」
 詩織は念を押した。
 美樹原はそれに従った。非常に交通量の多い道路である。
「事故に遭いたい」と願ったならば、すぐに実現できるだろう。
 しかし美樹原は、あくまで比喩として、自分の人生を装飾するたとえとして、事故という言葉を挙げたのだった。
 べつに自分が現実に「事故」という不幸を望んでいるわけではない。
「あの……詩織ちゃん……私ね……」
「目をそらさないで!」
「は、はい」
 やむなく美樹原は、流れゆく自動車の群を眺めていた。こんなことに何の意味があるのか。
 何分経っただろう。ふと詩織が、遠くの歩道を指さした。
「ほら見て、あの子!」
 美樹原はその方向を見た。ひとりの女性が、ふらふらと歩いている。
 実に頼りない。もしかしたら、あの子なら本当に交通事故を……。
 美樹原が思いかけたとき、一台のトラックが突如縁石に乗り上げた。
「!?」
 トラックは、その女の子が存在した空間に突っ込んでいた。
 美樹原は言葉を失った。もしやと思ったことが、次の瞬間には現実と化してしまった。
 それと同時に、美樹原はとんでもないことに気づいた。詩織はこの事故が起こることを知っていたのだ!
 この優しい親友が、どうしてそのようなことを知り得、そして自分に見せようとしたのか?
 理解というものが到底及ばない。
 美樹原は心の底から、自分の周囲にある、あらゆるものを恐れた。
 美樹原は目をつむった。耳をふさいだ。
 現実を受け入れたくなかった。
 なにかが美樹原の肩を叩いた。おそらく詩織の手だ。
「いや……いや!」
 しかし今の美樹原は、それさえも受け入れなかった。
「メグ、見なさい」
 詩織は毅然と言った。
 美樹原がおののきながら目を開けると、やはり女の子が地に伏していた。
 見るべきではなかった。そう思った瞬間。
 女の子はよろめきながら立ち上がった。
 よかった、という気持ちと、わけのわからない光景に対する恐怖とがぶつかりあった。
 美樹原は震える足で、頼りなく歩き始めた。目の前で起こっていることの正体を知りたかった。
 女の子の近くまで歩み寄った美樹原は、恐る恐る訊ねた。
「あ、あの……大丈夫……ですか?」
 女の子はまるで千鳥足のようであったが、それでも確かに自力で美樹原の方を向いた。
「はにゃ?」
 女の子は気の抜けた声をあげた。
「え? え?」
 状況を把握しようとした美樹原だったが、女の子の甲高くも拍子抜けした声に気をそがれた。
「ん〜とね〜、美幸はねぇ〜、だいじょうび〜」
 そういうと女の子は、右へ左へと揺れながら、歩き去ってしまった。

「……」
 呆然と立ち尽くす美樹原の背後に、いつの間にか詩織が追いついていた。
「詩織ちゃん……これはどういうことなの?」
 しかし詩織は、質問に答えなかった。
「メグ、あの子に人気があると思う?」
「え?」
「交通事故に遭う女の子に、人気があると思う?」
 質問に質問で返され、混乱する美樹原であったが、やがて答えた。
「ううん、思わない。だってあの子、はかないというより、不思議だもの……」
 すると詩織の緊張した面持ちは、いつもの笑顔に戻った。
「よかった。メグにはそのことに気づいて欲しかったの」
「詩織ちゃん……詩織ちゃん……」
 詩織の優しい様子に、美樹原は安堵した。
「人気なんかより、強く生きることが大事なの。メグにも強く生きてほしい……」
「詩織ちゃああん!」
 美樹原は感極まった。詩織の胸に顔を伏し、泣きじゃくる。
「メグ、あなたにも強く生きる素養があるのよ」
「えっ、えっ……」
 美樹原には詩織の言葉の意味がわからなかった。ただ、詩織が自分の愛すべき親友であることがわかり、うれしかった。
「今からそれを証明してあげる」
 言うなり詩織は、美樹原の右腕をがっちりとつかんだ。
「え……詩織ちゃん、なにをするの!?」
「うぉおりゃああああっ!」
 詩織は、渾身の力で、美樹原を投げた。彼女は車道に投げ出された。
 そこへ大型トレーラーが迫った。
「ひぃぃっ!!」
 それを避ける手段は、美樹原にはなかった。
 激突。
 頭の中が真っ白になる。
 親友だったはずの人間は自分を裏切った。なぜなのだろう。
 何が起こったのか理解できない自分を、美樹原は呪った。

 意識が戻ったとき、美樹原がいたのは三途の川ではなかった。
 アスファルト。もとの道路だ。
 自分の体を見回す。美樹原は傷ひとつ負っていなかった。
 ふと気になって、自分を轢いたはずのトレーラーを見た。バンパーを中心に、フロントが著しく変形していた。
 物理の授業は得意ではないけれど、ニュートン力学から見ておかしい事態であることは美樹原にもわかった。
 あのあたりに、自分はちょうど頭から突っ込んだのだ……。
「……素晴らしい」
 彼女が最初につぶやいた言葉がそれであった。
 大型トレーラーであろうとも、彼女の生命を脅かすことはできない。なんと素晴らしいことであろう。
「我が肉体は無敵なり!」
 人気などいらぬ。なぜなら、彼女はもうひとりで生きてゆけるのだ。


あとがき:

HALO』で敵を轢き殺しながら書きました。
「弾丸の節約になるぜ!」←どこがときメモ10周年なんだよ


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