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 Vol.2

 自称「軽いアルツ状態」


川納戸暗のコラム、第一弾を書いてはみたものの長らく休眠状態が続いておりました。私も年寄りになり、世を嘆き、世間に物申したいことは山ほどあったのですが、最近では更に老化が進み、文句を言う気力が失せてしましました。自称「軽いアルツ状態」で昨日の夜ごはんが思い出せなかったり、駐車場に朝停めた車の位置が夜には分からなくなっていたりと自己嫌悪に陥ること甚だしく、人様にどうのこうのと意見するなどとても考えられません。しかしこのコラムを用意してくれた「まるそう」氏に申し訳が立たず、別の内容で連載出来ればと思い、殆ど、まあ全部ですが趣味のようなコラムで再登場したいと思います。タイトルは「川納戸の九州を歩く」です。コンセプトは「歴史と健康の両立」、新装第一回は、福岡県のほぼ真ん中に位置する冷水峠です。

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 電波時計では20時過ぎてたのに


10月27日に衆議院の補欠選挙があります。何故か今、見ず知らずの土地・久留米に居住しているのですが、久留米は福岡6区という事で選挙カーが朝から晩まで走り回っています。公職選挙法か何かで20時までしか選挙活動が出来なかったと記憶しているのですが、ウチの電波時計では20時過ぎてたのに活動してた候補がいました。電波が狂っていたのでしょうかね。落下傘・鞍替えといった先行イメージがあるせいか、各候補ともいかに地元と縁が深いかを競っています。辟易します。

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 旧長崎街道冷水峠(内野宿〜山家宿間)


江戸時代、豊前国小倉から長崎を結ぶ主要な街道として整備された旧長崎街道は、九州諸大名の参勤交代の道として、また幕末には坂本龍馬や吉田松陰、シーボルトなどが通った道として有名です。冷水峠は、内野宿から山家宿(嘉穂郡筑穂町から筑紫野市)の間に横たわる難所でした。現在では国道200号線とそのバイパスが走り筑豊から筑後、佐賀に抜ける幹線道路となっています。筑豊方面から国道200号線で峠に入ると頂上から20メートル程下った右側に「大根地(おおねじ)神社」の看板と鳥居が見えます。

鳥居をくぐると山の奥に続く小道があり、一部を除きコンクリートの舗装がなされ九州自然遊歩道として整備されていますが、基本的には「大根地神社」まではその参拝路になっています。鳥居入り口に車が2、3台くらい停められるスペースがあったのでそこに駐車して歩いて行くことに。ちなみに山登りのような格好はしておらず、運動靴すら履いていません。所持品と言えば、煙草・携帯電話・携帯灰皿・デジカメそれと缶コーヒーだけで、必要にして十分でしょう。

10月初旬の当日はまさに秋晴れと言っていい快晴で、平地では長袖が暑く感じられるほどだったのですが、歩き始めると杉の木立に囲まれて直接日差しが届かず、空気も冷気を帯びて汗をかくこともありません。道もまだ平坦で普段運動不足の私でも悠々と進んでいけます。僅かに歩いただけで国道を通る車の音も聞こえなくなり、10メートルはあろうと思われる植林された杉の木、その間をぬって時折見せる青空と太陽が美しく、鳥の鳴き声と足音が止むと一瞬にして静寂に包みこまれます。始終あらゆる音が氾濫している世界から訪れた身には、つい不安になってしまいます。

5分も行くとまた鳥居がありました。そこで分岐になっており頂上へと続く道と筑豊方面に下るのであろう舗装されていない一見して足場の悪そうな、所々低い草木が自然そのままに枝を伸ばしている小道とに分かれています。鳥居の側に旧長崎街道についての説明があり、どうやら足場の悪そうな道へ下り降りて行かなければならないらしい。なにぶん始めての場所なのでこの道で正解なのかどうか。気分爽快だった九州自然遊歩道から一転、怪しげな暗がりへと歩みを進めながら、蜘蛛の巣をかぶり、蛇を恐れながら旧街道の痕跡を探していきます。その痕跡はすぐに目の前に現れてきました。

かつて整備されていた街道の名残を留める石畳です。苔に覆われ砂土に埋もれている箇所もありますが、結構立派に残っています。斜面は杉並木、雑草雑木の沿道とが続き、とぎれとぎれの石畳を歩いて分岐点から50メートルほど下りました。この先どこまで続くのか興味はあったのですが、見たところ一段と暗くなっており足場も悪く汚れそうだし取り合えず石畳も見たし、その先はまた今度にとっておきました。しかし、幕末の志士が通った同じ道、同じ石畳を踏んで一寸感慨深いものがありました。山の小道としてかろうじて使われているようで荒れ放題ではないし、とは言え舗装するほど利用者もいないのが今まで残る条件としては良かったのでしょうか。分岐点の鳥居まで戻ります。

ここまで車を降りて30分です。「歴史と健康」を両立するために「大根地神社」まで歩いてみる事にしました。神社に向かう道はずっと舗装されています。道すがら所どころに神社の方向を示す標識が立っていますが、神社までの距離が記されていません。まあ、そんなに遠くはないだろうと思っていたのですが。途中、昭和天皇即位の記念樹や変わった印が刻まれた岩石、壊れた鳥居などがあります。平坦だった道も山頂が近づいてきたのか、角度がきつくなってきました。既に相当歩いた気分になっています。心臓が“休憩しようよ”と言わんばかりの鼓動なのですが、運動不足解消のため老体に鞭打ちながら山奥で心筋梗塞の恐怖と戦っていました。

相変わらず道は舗装されているのですが、短い直線とヘアピンの連続でカーブを曲がっても曲がっても神社の気配が無く、距離も分からないため引き返したい衝動に駆られます。しかし、山頂で吸う煙草は美味かろうとやはり歩き続けることに。ヘアピンをクリアしていくうちに少し上が開けているような雰囲気がします。ついに辿り着いたかと更にヘアピンを抜けるとそこには「大根地神社駐車場」の看板。感じないようにと押さえ込んでいた疲れが暴発しそうです。因みに途中、軽自動車とすれちがいましたが私が端までよけないと通れません。国道から駐車場までかなりあるので離合の事を考えると車で行くのはお奨めしません。でも鉢合わせになる事もあまり無いでしょうね。たぶん。その辺りが難しいところです。駐車場があると云う事は目的地が近いと、誰しもが思う筈です。神社なのでお年寄りの方も参拝に来るでしょうから。結局その考えは甘かったのですが、これは普段全く運動などしていない私が疲労コンパイしただけで多くの人には何てことのない道のりでしょう。

またしても何度かヘアピンを抜けると見晴らしが良くなってきました。高い木が少なくなってきて眼下が望めるようになったからです。ここにきてようやくの神社まで300メートルの標識、もっと下に設置して欲しかったです。晴天に映える朱塗りの鳥居をくぐると道程で一番の急坂に出会いました。立ち眩みがしてちょっと休んでいると後からやってきた、年が同じくらいの男性に追い抜かれてしまいました。彼はずんずん進んですぐに見えなくなりましたが、追い越され際「こんにちは」とお互い挨拶などしてしまいます。平地では知らない人と言葉を交し合うなどあまりないのでしょうが、思わずお互い挨拶してしまう空気は何なのでしょう。胡散臭いです。山は怖いです。2、3分休んで、立ち眩みを治め息も整ってきたので何とか急坂をクリア。するとついに社殿が現れました。鳥居と灯篭が幾本も並び拝殿へ続いています。

人影もないひっそりとした山奥の境内でガラガラと鐘を鳴らしてきました。曰く因縁が説明された看板があり、ちゃんと読んだのですが「軽いアルツ状態」の私はすぐさま忘却の彼方へと押しやってしまい伝えることが出来ないのです。神社の裏手を覗くと「この先眺望良好」と書かれた板切れと山頂に続く山道があります。登りきると撤去された鉄塔の基礎が残っていて座れるので勝手にここを山頂と決め込み持参したコーヒーを飲みながら煙草を吸いました(携帯灰皿持参、コーヒー缶は持ち帰りました)。眺めはまあそこそこでしょうか。苦労した割には、ふ〜ん、という感じで眺望だけをとると近く(車で約10分)の夜須高原展望所の方が良いですね。とは言え遠くに耳納連山が見え浮羽、田主丸、甘木、朝倉、久留米方面が一望出来ます(たぶん)。

眺望は期待外れでも別に良いのです、目的は健康づくりなのですから。車を降りてからここまで約90分の登山でした。九州自然遊歩道だけあって逆側にも道は続いているのですが、勿論来た道を引き返します。帰りはずっと下り、楽過ぎて運動になるのかと思うほどです。約50分で戻ることが出来ました。往復すると約2時間半くらいでしょうか。長崎街道に興味がなければもっと短縮出来ます。距離も約6キロくらいですかね、近場の方には中々良いコースだと思います。運動不足の人も子供も大丈夫です。全く運動をしていない、不摂生の極みの私が大丈夫だったのですから大概の人は問題ないと思います。

最後に、長谷川部長ごめんなさい。あまりに暇だったので先に行ってしまいました。そう言えば、山の名前も分からないままです。

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 バックグランドミュージックです…


ラジオスターの悲劇

バグルス(「まるそう」が流しました)

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