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見上げた視界が捕らえたのは、涙で歪んだ月だった。それを見ながらぼんやりと考えてみた。 −この町が永遠に、俺の物になればいいのに…。 ここは砂漠の地。豊かな水源を持つ、オアシスの町。 −そうなったらきっと、見返す事ができる。両親が余所者だからと、肌が違うからと、見下し、蔑み続ける彼等すべてを。 考えて、そっと目を閉じる。だからその時、天上の月が放った奇妙な光に気が付かなかった。気まぐれな月が、その曖昧な『願い』をかなえてくれた事を、知らずにいた。そうして次に目を開けたとき、彼は王となった。 自らが望んだように。誰一人いないオアシスの町の、唯一人の住人に…。 乾いた風、容赦なく照りつける太陽、岩と砂だらけの大地。そして夜ともなると気温は氷点近くまで下がり、昼夜の寒暖差は三十度を越す。それが大地の風化を助長し、何もかもを砂粒へと変えてゆく。 だがそれも、わずかに点在するオアシスでは別の話。昼の灼熱を、夜の極寒を、地下より湧き出る清水が緩和し、植物を育み、他の生命を引き寄せる。だが例え緩和されたとはいえ、一日の気温が二十度近い幅を持つ気候は、住環境として快適とは言い難い。人々は灼熱をもたらす昼よりもまだ過ごし易い夜を、苛酷な生を強要する太陽よりも安らかな死を招くとされる月を、より崇拝するようになっていった。 オーサと呼ばれる大砂漠のほぼ中央に位置するヒカの町も、そんなオアシスの一つだった。そのヒカの町から男が一人、西へ向かって出発した。夜明け間近の薄闇の中、見送りらしき人影は一つとして見つけられなかった。 −ここは、どこだろう? 彼は夢うつつで考えた。 それまで乗っていた駱駝は、途中で出くわした砂嵐で失くしてしまった。そのまま行けばその日のうちにどこかの町へたどり着けた筈だったが、砂嵐で少し飛ばされたのか、自分の位置が分からなくなってしまっていた。かろうじて数日分の食料と荷物は無事だったが、水は後半日分も残っていなかった。荷物は近くに散らばっていてすぐに見付けられたのだが、口が緩んでいたらしい水袋は、乾いた大地に中身の大半を御馳走してしまった後だったのだ。そんなわけで彼は、何としても一両日中には水場を見付けなければならなかった。 彼は日除けのフードの隙間から空を見上げた。そこにあるのは雲一つない青空と、ぎらぎらと突き刺すように照り付ける太陽だけ。はるか前方に水場らしき空気のゆらぎが見えたが、それがはたして本物なのか、それともただの逃げ水なのか、ここからでは判断が付かない。それでもわずかな可能性に賭けて進むしかなかった。 まわりを包むのはわずかな水気をも奪い尽くす高温の大気と、太陽に思う様熱せられた不毛の大地。触れるものすべてが高い熱を伝えてくる。それらを遮ってくれるものは、見渡す限りどこにもない。 −水が、欲しい…。 それっきり、彼は何も考えられなくなった。 |