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檻 −4−


一人砂漠をさまよう青年が辿りついたのは、とあるオアシスの町。
月が見守る中、出会いも別れも、全て砂の中に埋もれていく…。

 日に日に元気を取り戻してゆくイリシャに、クィールは自分の決心を話すことにした。  
「イリシャ、僕はここを出て行こうと思うんだ」                   
「え?」                 
寝耳に水、とばかりにイリシャは驚いたが、看病に来ていたイズは、むしろほっとしたように頷いた。               
「そうだね、その方が良いよ。何だかこの所、村の皆の様子がおかしいんだ。あたしゃ何だか嫌な事が起こるんじゃないかって、気になって仕方がないんだよ」          
「イズおばさん、そんな…」        
「いや、本当の事だよ」          
イリシャは反論しかけたが、実際、村人達の態度はよそよそしい物に逆戻りしている。
誰もが目を逸らし、クィールに声を掛けようともしない。それは仕方のない事だとクィールは思う。人間は異質な物には敏感にできている。それは防衛本能に根差していて、異質な物を排除する事で自分達の暮らしを守ろうとする。人間とは、そういった生き物なのである。今のクィールにとっては悲しい事だけれど…。   
三人は押し黙ってしまったが、やがてイズが再び口を開いた。             
「けど、あんたが自分から出て行くって言い出してくれて、本当に助かったよ」     
「おばさん、何を言い出すの?クィールは私の事を助けてくれたのよ!?」        
「だってこのままじゃ、イリシャ、あんたまで変な目で見られかねなかったんだよ。でもあんたはそんな事言いやしないだろうから、あたしがクィールに言わなきゃいけないと思ってた」                 
そこでイズは一つ、思い溜息を漏らした。  
「きつい事を言うようだけど、クィール、あんたはここにいちゃいけないんだよ。周りを不幸にするだけで、良い事なんて一つもありゃしない。それじゃあんただって、幸せになれないと思うんだ」            
「そうですね…」             
クィールには反論することができなかった。イズはイリシャが可愛くて仕方がないのだ。 
「イリシャ、この前話したナクヤムさんの話、覚えているだろう?」           
イズが納得できないでてるイリシャに話し掛けた。                  
「あの、不老不死の人の血を飲めば、って話?」                   
「ああ、そうさ。そうすれば自分も不老不死になれる、って。病気の方が本当だったろう?だから皆ナクヤムさんの話しを信じちまってるんだよ」               
イズは嘆かわしい、とでも言うように首を振った。                  
「もし本当に不老不死になれたとしても、急に金持ちになったり、幸せになったりする訳じゃないんだ。そんな甘ったるい話が、そう簡単に転がってる訳がないんだよ…」    
だからこそこういう言い方になる。けれど冷たいように聞こえても、これがイズに示せるクィールへの精一杯の優しさだという事もまた、彼には理解する事ができた。      
「いつ、行くんだい?」          
泣き出してしまったイリシャに変わって、イズが尋ねた。               
「今晩にでも、と」            
「そんなに早く?」            
イリシャが顔を上げた。イズがそっと、席を立って部屋から出て行く。         
「ああ、なるべく早い方が良いと思って…それに今、ナクヤムが用事があるとか言って村にいないだろう?今のうちに出て行かないとまた変な騒ぎが起こりそうだから…」    
イリシャは泣き顔のまま頷いた。      
「…あのね、昔僕のいた町ではね、好きになった人に指輪を贈る習慣があるんだ」    
クィールはイリシャの細い手を取りながら言った。その指には母親の形見だという、飾り気のないリングが嵌まっていた。      
「僕は、できる事なら…」         
クィールは一瞬の逡巡の後、続けた。    
「できる事なら君に、指輪を贈りたかったよ…」                   
 蒼空は徐々にその色を変え、太陽が沈みかけているのを人々に知らせようとしていた。 
                     
 支度を整えたクィールは、扉を出た所で呼び止められた。              
「クィール、これを持ってお行き」     
イズは彼に小さな袋を手渡した。袋の中には小さな、黄色い透明の石が入っていた。   
「イズ、これは…こんな高価な物」     
それは月光石といって、この地方の守護神である月の神の加護が得られるとされる、砂漠では最高の守り石だった。         
「いいんだよ。あんたはイリシャを助けてくれたんだ。そのお礼だよ」         
それだけ言うとイズは、照れたようにクィールに背を向けた。             
「ありがとう」              
クィールは、彼女の背中に向かって頭を下げた。                   
「イズおばさん…」            
イリシャも嬉しそうにその背を見送った。  
「じゃあ…元気で」            
クィールとイリシャは、握手を交して別れた。
「気を付けて…」             
イリシャの声が、背後から風に乗って追いかけてきた。クィールは口元に笑みを浮かべてそれに応えた。              

 数日後、行き合った旅の商人からその話を聞いた。                 
 一つの村の滅亡…。飢餓、水不足、もしくは戦いに巻き込まれて−理由は様々でも、それはそんなに珍しい事ではない。しかしそれがほんの数日前までいた村の話だと知れば、 そうも言ってはいられなかった。      

その商人は、かなり詳しく話してくれた。 
『ほら、今の王様ってさ、何か不老不死に凝ってるって噂、あっただろ?その村に不老不死の男がいる、って情報を王様に売った商人がいたらしいんだ。で、それを聞いた王様は、そいつを差し出せと村に命令したんだとさ』         
急いで引き返したそこは一面、無慘な焼け跡と化していた。              
『でも、その男は村を出た後だった。だけど村には、その男の血を飲んだっていう娘がいたんだ。で、変わりにその娘が差し出された−村のために犠牲にされちまったんだな、かわいそうに…』     
子供達の駆け回っていた道も、女達が話に花を咲かせていた井戸端も、人々の暮らしていた家々も、すべて。            
『けどその娘は不老不死の男の血を飲んだだけで、その血は普通の人間と変わらない物だった−王様が求めていたような効果なんて何も無かったんだ。当てが外れた王様は怒って、その場で娘を殺しちまった』                
何も無かった。ただ、人々の暮らしていた痕跡だけが、風に晒されて残っていた。    
 『だけど王様はそれだけじゃ飽き足らず、村ごと焼き払っちまったそうだ』    
クィールは茫然と立ちすくんだまま、動く事ができなかった。             
 『まったく、お偉方ってのは一体何を考えてるんだろうな。不老不死だなんて、そんなおとぎ話みたいな話のために村一つ潰しちまうんだからよ…』       
声すら出せず、ただ信じられない思いで見つめる事しかできなかった。         
                     
 足元にキラリと光を弾く物が落ちていた。屈み込んで拾ってみると、それは指輪だった。
熱のために変形し、煤でくすんでいたが、それは確かに彼女の、イリシャの指に嵌まっていた物だった。母親の形見だと寂しそうに笑っていた、あの…。            
 手にとったそれが、不意にぼやけた。気付かないうちにクィールの頬を伝った滴が、渇いた大地に黒い染みを描いていた。     
 やがてここも、砂に覆い尽くされて行くのだろう−すべての物がそうであるように…。 
 ああ、やはり自分はあそこから出るべきではなかったのだ。犠牲者ならもう充分すぎる程出したと、あの時死ぬほど思ったのに…。それでも自分の弱さのために、外に−人のいる場所に行かざるを得なかった。人恋しさに狂ってしまったこの心を、あの湖と無人の町は慰めてくれはしないのだから。      
 後何百年経てば、この罪は終りを向かえるのだろうか…。              
                     
 孤独な王は今日も無人の町で、夜空に浮かぶ月を見上げる。唯一つの救いを、求めて。 



終わり。


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