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KANAME


世界の厄災を払い、平和を護る−そんな役目を負った青年が見つけた災いの象徴。
封じなければならないのは、自分にとって大切な存在だった…。

 気配を感じ、彼はふと顔を上げた。驚愕に見開かれた瞳に映るのは、空の半分を占める第二天エアと、唯一の浮遊大陸として知られるガイアの小さな影。それを背景にして、その男は立っていた。第一天アクアと第二天エア、双星たるこの2つの惑星の絆を揺るがす“騒”の気を受けた彼は今現在、狩られる立場にあった。
「総…十條…」
 ほとんど声にならない声が彼の最後の言葉。彼等の故郷<ほし>の安定を司るとされる、條家の五人目の宗主にして、歴代初の総位十條。ほんの数ヵ月前、彼は総十條誕生の知らせを、他の者達と同じく、歓喜と共に迎えたというのに。
 何故、このままではいけない?自分はただ、生きていたいだけなのに…。
 それが彼の最後の思い。目の前の男の持つ杖に封じられ、その証として4つ目の星が刻みこまれる。存在は消えた−が、思いは残る…。
「ごめん、な」
金属的な、それでいてどこか柔らかい光沢を放つ銀杖を手に、青年はつぶやく。
「他の方法を、俺は知らない」
 4つ目の思いを感じ、彼は目を閉じた。彼等の思いはどれも同じ。何故、封じられなければならないのか?何故、生きることも許されないのか?人としての当然の感情に応えるすべを、彼は知らない。その思いを胸に刻みこむ以外には。
 まだ年若い彼にとって、それは辛いことだった。だが彼が十條として、彼等の双星の安定を望み、その役目を受け入れた以上、逃げることは許されなかった。
 “騒”の星は後1つ。5つの星を銀杖に封じて初めて、アクアとエアの安定が、例え数百年の間とはいえ、得られるのだ。だがそれは、その5人を犠牲にするのと同じ、そして十條が5人分の命を背負いこむのと同じことである。

 第五代十條にして総位−それが紀<かなめ>の肩書きであった。

 紀は“騒”の主格たる最後の1人の気配を追っていた。
 緩やかな風が、彼のくせのない黒髪をさらりと撫でていった。静かに座していた紀の肩がわずかに震え、閉じられていた瞼がゆっくりともち上がる。その真っすぐな碧の瞳で前方を見据え、彼は傍らに置かれた銀杖に手をのばした。それはいつか現れる総位十條のために、と初代十條が遺したもので、他の條の持つそれよりも容量、力量を共に上まわる。
表面には薄く刻み込まれた4つの星。
 紀は存在を疑わせるほどの静かな動きで立上がり、一気に跳躍した。道を無視して屋根から屋根へと飛び移り、目的への最短距離をとる。相手は移動しているが、この分なら西外れの野原で追いつけるだろうとふんで、彼は急ぐ様子もなく、だが素早く移動し続けた。
 やがて視界がひらけ、町の西外れに広がる野原に出た。そこはただっ広い草原に、土を踏み固めただけの道が一本、真っすぐに通っているだけの所である。そこで2人は、初めて互いの顔を確認した。
「…なんてことだ…」
 どちらからともなくつぶやきがもれる。双方にとって、予期せぬ相手だった。
「秋沙<あいさ>…」
「君が…総十條、だなんて…」
 彼等は親友だった。少なくとも数年前、それぞれの進むべき道を異にする、その瞬間までは。
 片や総十條−彼等の双星の安定の守護を承諾した者、紀<かなめ>。そしてもう一方は、“騒”の気を受けた星として双星の絆を揺るがす−秋沙。皮肉な再会である。
 息苦しさを感じつつも“狩る”立場にある紀と、偶然とはいえその逆、自身の生すら否定された“獲物”の秋沙。彼等は最早交わることのない平行線の上にいた。
 その衝撃から立ち直り行動を起こしたのは、秋沙が先だった。
「てことは…君を、倒さないと、ね」
 秋沙は2、3歩下がって距離をとった。
「僕はもう少し、生きていたいんだ」
 膝をまげ、かまえる。
「封印など−まっぴらだ!」
 声と共に紀に飛び掛かる−その手に握られているのは、硬度に定評のある真性水晶のレイピア。迷うことなく急所を、喉元を狙う。対する紀はとっさに杖でそれを防ぐ。長さは3イーグル−ほぼ腕と同じくらいの長さである。
「なんで…」
 紀の口からつぶやきがもれる。おそらく、無意識のもの。秋沙の目に浮かぶのは明らかな−狂気。紀はそれをはっきりと見た。だがまだ迷いがある。彼等はただ、生きたいだけなのだ−そんなこと、身に染みて知っている!あたかも親友の問いに答えるように、秋沙は口を開く。
「君は…変わらないね、いつでも真っすぐで…」
 その間も手は休めない。叩き付けるようなレイピアと、それを受ける銀杖とのたてる澄んだ音が、薄暗くなり始めたあたりの空気をわずかに振るわせ続ける。
「僕はいつも、憧れていたんだ…」
 その瞬間、秋沙の目の色が変わったと紀は思った。穏やかで、それでいて揺るぎのない−昔と変わらぬ瞳だ、と。
 秋沙<あいさ>はそこで勝負に出た。その瞳に気を取られたすきを、彼は逃さなかった。
積極的すぎる攻撃、そして−・・・
 その身に染みついた感覚が、頭よりも先に体を反応させた。秋沙の胸、心臓の真上に吸い込まれるようにして伸びる銀杖は、今は紀<かなめ>の身長と同じくらいにまで長さを変えている。彼が状況を理解した時には、もう手遅れ。
「なんで…」
 再度、つぶやきがもれる。秋沙の手からレイピアが滑り落ちた。紀は咄嗟に秋沙の体を抱きとめる。
「君になら…」
 紀は唇の動きだけでその言葉を理解し、秋沙を支える腕に力を込めた。
「この…命、無駄に…しない、で…」
 ここにきてようやく紀は秋沙の真意を悟った。この穏やかな瞳の親友は、彼にその命を与えてくれたのだ、と。紀は託された命の重さに気付き、愕然とした。
「なんでっ!」
 涙のために視界が歪んだ。それでも泣くまいと、紀は目を見開いた。
「何でお前なんだよぉ…っ!」
 秋沙の安らかな死に顔が、その存在が、紀の腕の中からこぼれ、消えてゆく。からん、と乾いた音を立てて、5つの星をのみ込んだ銀杖が地面に転がり落ちた。
「ちくしょおー!!」
 膝をつき、その勢いで地面を殴りつける。その反動で涙が地面の上に、いくつかの円を描いた。2度、3度と繰り返し地面に叩き付けられた拳は、皮が破れ血まみれになる。
「ちくしょお……っ!」
 がん、ともう1度地面を力一杯殴りつけ、紀は掠れた鳴咽を押し出した。
紀はその場にうずくまり、鳴咽を押し殺したまま泣き続けた。泣きながら彼は考えた。
何故、よりによって彼−自分にとってかけがえのない者でなくてはならなかったのか。
紀はそれが傲慢な考えであることを知っていた。そして十條を名の以上、決して口に出してはならないことも。できれば、他者の犠牲の上に成り立つ安定など、投げ出してしまいたかった。自分はこんな事など望んでいなかったのに…。
仕方のないことだ、と頭のどこかで声がする。だが紀は、それで自分が救われてしまうことに不安を感じた。自分はそんなに簡単に許されてもいいのか?そうして、この思いまでも忘れて…では、彼等はどうなる?こんな薄情な自分に封じられた彼等は?彼等の思いはどこへ行けばいい?それは紀が生涯抱き続けることになる、自分自身への不信感であった。
「…は…ははははは…」
 自分は許されない、と思い付き、彼はほっとした。そうだ、自分は一生許されないのだ。
永遠に、許されなければいい…。そうして彼は苦しげに笑う。それでも自分は生きてゆくのだ−紀<かなめ>はのろのろと顔を上げた。焦点の定まらない視界の隅に銀杖をとらえ、それにそっと手を延ばす。
 永遠に許しを求め続ける…自分には似合いだな、と紀は口の端を歪めた。
「無駄になど…」
 銀杖を抱きしめ、要は言った。
「お前の命、決して無駄になど、しない」
 顔を上げた時、その瞳には揺るぎのない光が宿っていた。

 紀の死後、5つの星をのみ込んだ銀杖は、ガイアにある十條本家の聖堂に納められた。
それは双状惑星たるアクアとエア、そしてその衛星たるガイアの3星の要として、象徴として存在した。後世、五星の銀杖と呼ばれることになるその杖が次に得た主人とは、第24代十條にして総位、剣<あきら>−それから約千年後の事である。



終わり。