| 「以上、7時のニュースは山脇透磁<やまわき とうじ>がお送りいたしました」 ニュースカウンターに座る山脇が軽く頭を下げたとろこで、無事放送中のランプが消えた。 毎日放映しているレギュラー番組とはいえ、やはり生放送が無事終了した瞬間はほっとした空気が流れる。 「お疲れ様」 スタジオのそこここで同じような言葉が飛び交う中、山脇も椅子から立ちあがってスタッフ達に声をかけ、スーツにつけた小型マイクをはずして定位置に戻した。 15分の短い番組だが、通常ドラマ等に振り当てられるゴールデンタイムに枠を持つニュース番組のメインキャスターになってから早一年…山脇は交代することなく、その座を守り続けている。 「山脇さん、お疲れ様です」 「ああ、市橋さんもお疲れ様」 アシスタントの市橋に軽く会釈をしてから、報道室にある自分のデスクへと向かうべくスタジオを後にする。 山脇は元々アナウンサーとしてではなく、製作チームのメンバーとして入社していた。ニュース素材等をまとめてニュース原稿を作ったり、番組のタイムテーブルを作成したりといった、報道室の事務を一手に引き受ける仕事をしていたのだ。放送局に勤めているとはいっても、用事がない限りスタジオには近づかないし、芸能人ともスタジオとのたまの行き来の際に廊下ですれ違う程度。不規則だと思われがちな放送局に勤めながら、残業や休日出勤はあるものの、9時出勤18時退社というサラリーマン生活を送っていた。 そんな山脇が報道番組のプロデューサーの目に止まったのは、番組のプレゼン会議での事だった。 新しい報道番組を作るからと、新人からベテランまでの幅広い層から企画を募り、その中から採用する企画を最終的に決めるための会議だった。山脇はそんな中で、とある新人の企画に資料集めやアドバイスの面で協力していたのだが、当日プレゼンをするはずだったその新人が、車両事故に巻き込まれて取材先から会議の時間までに帰れなくなり、山脇が代理で発表することになった。 結局その企画は採用されなかったが、その席の山脇の穏やかで落ち着いた話し方と、何よりも耳障りの良い柔らかい低音の声が今の番組のプロデューサーの目にとまり、それが異例のアナウンサー採用となったきっかけとなった。 山脇は当然アナウンサーとしての訓練をまったくといっていいほど受けていなかったが、幸いな事に何度か新人アナウンサーの研修等に事務的な面から関わっていた事もあり、基礎はそこそこ出来ていた。今度は自分が受ける側になって、その年の新人アナウンサーに混じって研修を受け、何とか番組の開始に間に合わせた。 結局山脇はこの番組以外、以前とは変わらない仕事を続けている。番組が元々関わってきていた報道関係だということもあるが、勤務時間が後ろに数時間ずれただけである。 「お、お帰り透磁〜」 報道室についた途端、山脇のデスクに座っていた男が振りかえって手を振った。 「お前………」 久しぶりに見る顔に、山脇は呆れたように声を出し、椅子に座って陽気に笑いかける旧友の傍に立った。 「透磁の机はいつ見ても片付いてて綺麗だよな〜」 その綺麗に片付いた机の上にどかりと自分の荷物を置いた男は感心したような声を上げる。 「そういうお前は俺の机で何をやってるんだ…」 山脇は椅子の背に片手を置き、覗き込む様にして小言めいた調子で話しかけた。 「いやぁ、久しぶりに帰国してみたら透磁がテレビに映ってるからさ、驚いて思わず押しかけちまったってわけよ」 肩をすくめるようにして話すのは柚木充<ゆずき みつる>という名のフリーカメラマンだった。 「2年ぶり、か?」 「行ったはいいけど帰ってこれなくてよ」 柚木の隣に空いている椅子を引っ張ってきて、山脇は目線を柚木と合わせて笑いかけた。 「帰って来れなかったんじゃなくて、帰って来なかったんだろう?」 柚木は中東とヨーロッパのちょうど中間に位置する小国に長期取材に出かけ、連絡は定期的にあったものの、知人友人一同の心配をよそにそのまま一年半。 「ま、な。そのかわりいい絵が撮れたぜ?」 「それはよかった。今度詳しく聞かせてくれ」 満足げな友の表情に自然、山脇の表情もほころんだ。 「何?今日まだ仕事か?」 これから飲みに行こうと思っていたのに、と顔に書いてある柚木に、山脇は軽く苦笑してみせた。 「まだもうちょっと残ってるんだ。…30分ぐらい待てるか?」 「ああ、じゃあ下の喫茶店でコーヒーでも飲んでのんびり待ってるよ」 柚木が立ち上がり、入れ替わるようにして座った山脇が、柚木を見送るように軽く手を上げながらスリープ状態にしていた自分のPCを復帰させる。 「じゃあまた後でな」 言い置いて柚木が報道室を出てこうとしたところに、ディレクターと思しき青年が報道室に駆け込んで来た。 「あぁ、山脇さん、ちょうどよかったぁ!」 「名瀬<なせ>?どうしたんだ?」 山脇を見つけてほっとしたような顔をした名瀬の様子に、山脇は立ち上がって傍に寄る。 「実は事故が起きまして、山脇さん、お願いできませんか?」 切羽詰ったような様子に、近くに稼動できるアナウンサーがいないのだろうと判断し、山脇は頷いた。 「判った、行こう。…充、悪いな」 柚木に向かって片手を立てる山脇に、気にするなという風に頷いた柚木は、ふと思いついたように山脇を呼びとめる。 「なぁ、シロちゃん元気か?」 思わず立ち止まった山脇は軽く首を傾げるが、すぐに自分の身代わりにされるのだろうと判断して苦笑した。 「元気でやってるみたいだがな。番号変わってないから連絡してみるか?」 何故か昔から柚木と気の合った弟、史朗<しろう>の顔を思い浮かべながら答えを返すと、再び足を踏み出した。 「あ、俺今携帯持ってねぇんだよ…」 しまった、という顔で額に手をやる柚木をちらりと見た山脇は、半身をひねって、上着のポケットから取り出した自信の携帯電話を放り投げた。 「使え。俺の机の上に返しておいてくれ」 「うぉ!?…っと、ああ、サンキュ。またな」 いきなり自分に向かって放り投げられた携帯を慌ててキャッチした柚木は、山脇を見送りながら、旅行に出る前と変わっていない友人の携帯を、使いなれた様子で操作して早速電話をかけている。 「あ、シロちゃん?俺俺、柚木。久しぶり〜」 そんな柚木の声を背後に聞きながら、山脇は廊下の角を曲がった。 「どういう事故なんだ?」 「それがですね…」 名瀬から概略を聞きながら足早に先ほどまでいたスタジオに向かった。 「原稿、そのまま出ますから」 既に連絡が行っていたらしいスタジオは、一端撤収しかけていたセットを再びセッティングしなおされていた。 「二十秒前です!」 山脇が来るのを待っていたスタッフが、時計を見ながら秒読みを開始した。 山脇は会釈でそれに答え、再びニュースカウンターにつく。カウンターに設置されている原稿の映し出されるモニターである程度の内容を先読みしつつ、放送開始の合図を待つ。 「五、四、………」 無言のまま出された合図に、山脇はカメラを正面から見詰めた。 山脇がゆっくりと口を開くと同時に、スタジオの空気が緊張に張り詰めた。 「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします…………」 山脇の眼差しはレンズ越しにTVの前のそれぞれを見据えるように、まっすぐ前へと向けられていた。 <終わり> |