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| その日、亡くなった祖母の遺品を整理していた木原葉子は、押入れの中から人形を見つけた。 祖母のかなえは子供達が独立し、夫である葉子の祖父に先立たれてからずっと、田舎の家に一人で暮らしていた。末の息子である葉子の父親はかなえを呼び寄せ、一緒に暮らそうと誘っていたが、思い出のたくさんつまった家を離れたくないというかなえの強い希望に、気になりつつもそのままになっていた。足腰も丈夫でしっかりしていたので、どこか安心していたというのもあっただろう。 そんなかなえはつい先日風邪をこじらせて寝つき、そのまま帰らぬ人となった。 急なことに親戚一同がその知らせを聞いて驚き、慌てて葬儀を行ったが、葉子などはまだ信じられない気持ちが残っている。 特にこの祖母の家にいると、台所からひょっこり顔を出した祖母が笑いながら声をかけてきてくれるような気がしてならなかった。 49日も過ぎて、かなえの息子達とその家族が集まって、かなえの遺品を整理することになり、葉子もかなえの家を訪れた。 「おばあちゃん、こんなの持ってたんだ…?」 伯父や伯母、従兄弟達は庭にある小さな納戸の中を整理しに行っていて、開け放った縁側の向こうから微かに声が聞こえいる。 その声を聞くともなしに聞きながら、葉子は押入れの奥から見つけたその箱を引っ張り出した。蓋を開けると、一瞬、まるで本物の子供が眠っているかと思ったほどに精巧に作られた人形が横たわっていた。 「ビスクドール…?」 それはビスクドールと同じ位の、腕に抱えられるほどの大きさの人形で、だが、触ってみると陶器で出来ているはずのビスクドールとは手触りが明らかに違う。体温こそないものの、まるで赤ん坊の肌を触っているようにさらさらと心地よかった。 「これ、何でできてるんだろう…?」 人形の頬の辺りをゆっくりと撫でながらしばらく眺めていると、背後から声がかかった。 「葉子ちゃん、ちょっと休憩しようって……何見てんの?」 その声に振り向くと、納戸の整理をしていたはずの一番年上の従兄、祥一が立っていた。 「祥兄ちゃん…。うん、押入れの中から出てきた。おばあちゃんのかな?」 「へぇ…初めて見たな」 祥一は葉子の隣に座りこんで、箱の中の人形を覗きんだ。 「伯母さん達、何かしらないかな?」 「さぁ、どうだろ?聞いてみる?」 葉子が頷くと、呼んでくるからと祥一が立ちあがって居間へと歩いていった。 「あれ…これ、なんだろ?」 待っている間に再び人形に目をやった葉子は、箱と人形の隙間に紙が挟まっているのに気付いた。その紙を取り出して、二つ折りになっていたそれを広げて字を追った。 「預り証…高城時計店。…時計屋さん?」 なぜ時計屋?と首をかしげているところに、祥一が自分の母親である雅代を連れてきた。雅代はかなえの一番上の子供にあたる。 「どうしたの、葉子ちゃん…まぁ、これ、お父さんの人形だわ。懐かしい…」 近づきながら箱を覗きこんだ雅代は人形を見ると懐かしそうに声を上げた。 「おじいちゃんの?おばあちゃんのじゃないの?」 人形だから、てっきり祖母の物だと思いこんでいた葉子が驚いたように尋ねる。 「ああ、これはね、お父さんとお母さんが結婚した時に、おじいちゃんから…ああ、貴方達のひいおじいちゃんね、お祝いに貰った人形なんだって。」 人形に手を伸ばして懐かしそうに髪を撫でながら、雅代は説明してくれた。 「この人形はおひなさまみたいに対になってて、こっちがお父さん、もう1体がお母さんなのよって良く言っていたわ。…もう1体なかった?」 言われてみれば、昔写真で見た祖父の若い頃に良く似ているような気がする。感心したように頷いていた葉子は、伯母の言葉に押入れの奥を覗きこんだ。 「うーん、これ1つだけみたい。他のは着物とかじゃないかな?たとう紙に包んであるし、平べったいから」 「ああ、そうね、人形ならそんなに平たくないものね。…じゃあどこにいったのかしら?」 二人してもう一度押し入れの中を覗いていると、雅代を連れてきた後、もう一度居間に戻っていた祥一が手に冷えた麦茶のグラスを片手に一つずつ持って戻ってきた。 「はいお茶。で、何か分かった?」 二人の隣にしゃがみこみ、進展はあったのかと話し掛ける。 「それがねぇ、2体あるはずなのに1体しかないのよ」 雅代にあらましを聞いた祥一は、うーん?と少し首をひねってから指を立てた。 「へぇ、そりゃまたずいぶん古いのに綺麗なまま残ってるなぁ。…じゃあ、1つ、売った。1つ、誰かにあげた。1つ、壊れたから修理中。1つ、盗まれた、のどれかとか」 笑いながらの言葉なので、半分冗談交じりだとわかったが、その中の一つにあ、と葉子が声を上げた。 「さっき預り証って見つけた!これなんだけど…」 どれどれ、と、3人で、先ほど葉子が見つけた紙片を覗きこむ。 「てか何で時計屋?」 先ほどの葉子と同じ疑問に突き当たった祥一が首をかしげる。 「そうよねぇ、人形屋さんとか質屋さんとかならまだわかるけど…。あ、もしかして」 息子の疑問に同じように首を傾げていた雅代が、何かを思いついた風に紙片に見入る。 「やっぱりそうだわ、この時計屋さん、確か修理もやってくれるのよ」 どうやら預り証の住所を確認していたらしい雅代は、確信を得た様子で頷いた。 「時計屋さんなのに?」 不思議そうに顔を上げた葉子に、雅代はそれがね、と言葉を続けた。 「ここ、多分お母さんの実家の近所にあった時計屋さんだわ。お母さんが小さい頃からあって、そこのご主人が手先が器用な方でね、最初は時計の修理だけだったらしいんだけど、ご近所から持ちこまれるもののほとんどを直してくれてたんですって。まだあるね、あのお店」 その言葉に若い2人が再び預り証に目を落とす。 「あ、結構最近の日付だよ。この日以降に受け取りに来てください、って…今日?」 そこに書かれていた日付は、ちょうど今日。 「偶然だろうけど、なんか今日見つけたのって意味があるって感じしない?」 葉子の言葉に3人はひとしきり笑い合い、その後で葉子が切り出した。 「ねぇ、伯母さん、これ、私が貰っちゃだめかな?」 これだけ保存状態のいい古い人形だから、ひょっとしたら値打ち物かもしれないと思ったが、葉子はどうしてもこの人形を手元に置いておきたいと思った。 「そうねぇ、孫の中でも女の子は葉子ちゃんだけだし…いいんじゃないかしら」 少し考え込んだ後に雅代は言い、その代わり、と笑って付け加えた。 「もう1体を迎えに行ってあげてくれる?それから、ちゃんと2体そろって飾ってあげてね」 「ありがとう!」 その後他の兄弟達に雅代が確認を取ってくれ、その人形は葉子が貰いうけることになった。そしてもう1体を引き取りに行くのに、免許を持っていない葉子の足として祥一が付き添ってくれることになり、次の日曜日に二人は預り証の住所を頼りに高城時計店を訪ねることになった。 |